第二章 消えた光 エピソード5
エメリーは足を止めたまま、通路の奥を見ていた。
さっきの床の違和感は、もう確かめようがなかった。踏んでも、叩いても、今はどこも同じ反応を返す。
ランドンが肩をすくめる。
「こういうのは追いかけると消えるんだよな」
アシャが軽く笑う。
「じゃあどうする?ずっと床踏んで歩く?」
エメリーは首を振った。
「下を見る」
その場にしゃがみ込み、手のひらを床板に当てる。
深く息を吸って、ゆっくり吐く。
指先に集中するのではなく、腕、肩、背中まで感覚を広げる。力を込めるのではなく、抜く。
そして——
細く、まっすぐな光を一本だけ走らせる。
床板の隙間に沿って、針のような細さで。
その光は広がらない。分岐もしない。
ただ一直線に、下へ落ちていく。
エメリーは目を閉じた。
光が通る“道”だけを追う。
周囲の流れは感じない。ただ、自分が通した一本の線が、どこを通るかだけを見る。
「……分かれる」
小さく呟く。
ランドンがしゃがみ込む。
「何が?」
エメリーは目を開けない。
「下で、二つに分かれてる」
アシャが眉を上げる。
「分かれるって、流れが?」
「違う」
エメリーは短く言う。
「同じ場所から、別の方向に行ってる」
レイブンが静かに言う。
「合流は?」
少し間が空く。
エメリーの呼吸が一瞬だけ止まる。
「……戻ってる」
目を開ける。
ゆっくりと立ち上がる。
「二手に分かれて、別の場所でまた一つになってる」
ランドンが顔をしかめる。
「そんな流れ、聞いたことないぞ」
アシャが口元に指を当てる。
「ショートカット?いや、それにしても……」
エメリーはすでに歩き出していた。
「行く」
通路を進むにつれて、光苔の明かりは一定の間隔で並び続ける。壁の補修も均一で、見た目に異常はない。
だが、さっき通した光の線は、はっきりとした“分岐点”を示していた。
数分ほど進んだところで、エメリーが止まる。
通路の真ん中。
何もない場所。
ランドンが周囲を見回す。
「ここか?」
エメリーは頷く。
アシャが床を見る。
「……普通だけど」
板の継ぎ目も、釘の打ち方も、他と何も変わらない。
レイブンが壁に触れる。
「光苔も同じ」
エメリーはその場に立ったまま、さっきと同じように手を下ろす。
再び、細い光を落とす。
今度は、目を開けたまま言う。
「ここで分かれてる」
ランドンが一歩踏み出す。
その足が、床に触れた瞬間——
沈んだ。
踏み抜いたわけではない。
板は壊れていない。
だが、足が床の“中”に入る。
膝まで、一瞬で。
「っ、待て——」
ランドンが体を引こうとする。
だが、下から引かれる。
強くではない。
一定の速さで、まっすぐ。
アシャがすぐに腕を掴む。
「引け!」
ランドンの体が止まる。
しかし足は抜けない。
レイブンが反対側から支える。
「動かないで!」
エメリーはその様子を見て、迷わず同じ位置に手を伸ばした。
指先が床に触れる。
そのまま、手が沈む。
感触はない。
押し返す力も、抵抗もない。
ただ、空間が“そこにある”。
エメリーはランドンの腕を掴む。
「離す」
ランドンが一瞬だけ躊躇う。
「いいのか?」
「引くと崩れる」
アシャが歯を食いしばる。
「崩れるってなんだよ」
エメリーは短く言う。
「形が持たない」
一拍。
ランドンが頷く。
「分かった」
アシャとレイブンが手を離す。
次の瞬間、ランドンの体が一気に引き込まれる。
エメリーも同時に踏み込む。
床は何も変わらない。
崩れない。
音も立たない。
ただ、二人の姿だけが通路から消えた。
一瞬遅れて、アシャが舌打ちする。
「行くぞ」
レイブンは迷わない。
二人は同じ位置に足を踏み出す。
床に触れた瞬間、視界が落ちる。
着地の衝撃はない。
足は固い地面に触れる。
暗い。
だが完全な闇ではない。
上を見上げると、さっきの通路が見える。
そのままの形で。
ただ、距離が遠い。
ランドンが低く言う。
「……なんだここ」
周囲は、通路と同じ素材でできている。
だが構造が違う。
壁でも床でもない面が、斜めに重なっている。
箱の中でも、洞窟でもない。
エメリーは周囲を見回す。
さっき通した光の線が、ここで合流しているのが分かる。
「ここで戻ってる」
アシャが周囲をぐるりと見る。
「戻るって、どこに?」
エメリーはまだ答えない。
ただ一点を見ている。
その先で、流れがまた分かれている。




