第49話 コード
「カイル、大丈夫――怪我しているじゃない!」
駆け寄って来た皆に支えられながら立ち上がるも、肩の怪我を見たリゼさんに「動かないで!」と言われてしまう。
「マリィ!」
「ええ」
鞄から瓶を取り出したマリィさんは、豪快に口でコルク栓を引き抜く。
そして、傷口にその液体をぶっかけた。
「いっっったぁぁぁ!!??」
「沁みますよ」
言うのがワンテンポ遅くない!?
「カイル、どうなっているんだ? この状況を説明できるか?」
ジンジンと痛む肩にヒーヒー言っていると、殿下が真剣な顔で問うてきた。
「実は――」
僕は知り得た情報を全て皆に語った。
今、マリューさんと戦っている彼女は『コンキスタ・ドール』と呼ばれる存在であること。
教会が消滅しているのも彼女の仕業で、彼女の狙いは僕を殺すことということも。
「……アレテイア・ホルダーを殺す存在?」
彼女という存在に対し、殿下は眉間に深い皺を寄せる。
「はい。魔術行使も僕やマリューさんと同じく魔術式の構築を必要としません」
加えて、魔法と同等だと思われる術も行使できること。
リゼさんやマリィさんからは「嘘でしょ……」と声が漏れる。
「状況は理解した。彼女が脅威であることも。しかし――」
殿下は彼女と戦うマリューさんへと顔を向ける。
「ふむ。魔術式を構築せんのか」
僕からの情報を得ていないマリューさんだが、その戦いっぷりは実に冷静。
魔術式を構築しない相手を見ても一切の動揺はなく、迫り来る血のツララをヒョイヒョイと避けてしまう。
それどころか、相手がツララを投げた瞬間にカウンターの風魔術を放つのだ。
「このッ! やっぱり、長く生きてるエルフは厄介ね!」
マリューさんは余裕たっぷりに避けるも、相手はギリギリで避けるのが精一杯に見える。
その証拠に風の矢が彼女の体に何度か掠り、フリルのついたスカートの一部がボロボロになってしまっている。
「ああ、もう! うざったい!」
矢の応酬に苛立ちを隠せない彼女は、血のついた指で描き始める。
次の瞬間、彼女の前には金色の文字と数字が並んでいく。
「あれは……! マリューさん! 気を付けて!」
魔法と同種のものであることを伝えると、チラリと僕を見たマリューさんが小さく頷く。
「くたばれ!!」
文字が光ると、巨大な血色のツララが生成される。
放たれたら躱しようがないサイズだ。逃げるにも時間が掛かるし、避ければ街に被害が出るのは必至。
どうすれば、と焦っていると――
「ふん。所詮は小娘よ」
マリューさんは杖を軽く振る。
たったそれだけだった。
「あッ!?」
その瞬間、相手の腕が上に大きく跳ねる。
巨大な血のツララは真上に放たれ、マリューさんも街も被害を受けることはなく。
「伊達に長生きしておらんからの」
そして、無防備に隙を晒す彼女へ風の矢を連続発射。
「クソ、クソ、クソッ!!」
相手は走りながら風の矢を避けつつ、再び血のついた指で何かを描く。
またしても大技の準備に入ったのかと思いきや、今度は長方形で金色の盾が生成された。
「はぁ、はぁ……。ああ、もう、うざッ! うざ、うざッ!!」
体力の限界を察したのか、彼女は防御する方向に転換したようだ。
マリューさんの技術が圧倒的すぎて、技量の差がありすぎるという現実も認めた証拠。
ただ、生み出した金の盾も凄まじい。
「……全て防ぐか」
マリューさんが放つ魔術を全て受け止めるも、金の盾が消滅する気配がない。
むしろ、風の矢を吸い取って輝きが増しているような……?
「あー、もう最悪! 服も破れちゃってるし!」
金の盾を展開した彼女は服の状態を気にする余裕まである。
対し、マリューさんは何度魔術を放っても盾を突破することができない。
「お返しね」
彼女は盾を展開したまま血のツララを放ちだし、今度はマリューさんが避け続ける状況に。
「…………」
ただ、マリューさんもマリューさんで何かを狙っているように見える。
状況が動いたのは血のツララの応酬が数分続いた後だ。
「さっさと死んじゃえってばッ!」
彼女が血のツララを放った瞬間、マリューさんの姿がその場から消える。
一体どこへ行ったんだ!? と目で探すと……。
「後ろはどうじゃ?」
相手の後方に姿を現し、杖の先端にある緑色の宝石を背中に向ける。
宝石が輝き、魔術が――いや、あれは魔法! 微かに煌めきが見える!
マリューさんの口に注目すると、既に詠唱を始めているのが分かる。
次の瞬間には魔法陣が構築されるだろう、と思っていたのだけど……。
「残念」
それよりも速く、マリューさんの影から血のツタが出現した。
「チッ!」
捕まるまいと大きく後ろに飛んでツタの拘束を回避するも、途中まで続いていた詠唱は中断されてしまった。
「魔法って不便よねぇ」
「面倒な小娘じゃ」
ニマニマと笑う彼女に対し、マリューさんの表情は……ブチギレていらっしゃる。
「……このままでは決着がつかないか?」
殿下が小さく漏らす。
あるいは、どちらかが魔力切れになるまで続くか。
「相手に魔力切れという概念はあるのだろうか? カイルのように無尽蔵である可能性もある」
カーク君が指摘し、殿下は突破口を探すために思案を始めるが。
「…………」
あの盾をどうにかすれば勝てる。
手っ取り早い結論としてはこれだ。
魔術を吸い取って維持しているのかは不明であるが、とにかく魔術に対して絶対的な防御力を誇っている。
あれを消滅させてしまえば、体力的にも数的にもこちらが有利になることは間違いない。
じゃあ、どうにかできるのか。どうにかするにはどうすればいいのか。
その疑問を頭の中に浮かべると、もう一人の僕が囁く。
『できる』
しかし、魔法を使ってじゃない。
『コードを使え』
相手と同じ力を使って、だ。
「…………」
どうしてそれが可能なのか、と自問自答するが答えは出ない。
初めてコードを見た時に垣間見た記憶が関係しているのだとは思うけど、決定的な答えにはならず気持ち悪さだけが残る。
ただ、そんなことを言っている場合じゃないのも確かだ。
この状況を脱するに使える手は何でも使わないと。
「……みんな、僕を信用できますか?」
僕は皆にそう問うた。
「出来る」
「ああ」
「出来ますわ」
「もちろん」
皆、即答。
……また泣きそうになってきた。
「何か手があるのか?」
カーク君に問われ、僕は皆に作戦を提示する。
「やろう」
殿下が即決すると、皆も大きく頷いた。
「初手は私が」
そう言ったのはマリィさん。
「自分が先。ゼインは次だ」
カーク君の提案に殿下は静かに頷き、腰から剣を抜く。
「ゼインの後、二秒後にやりますわ」
リゼさんは土属性の魔石を両手に握る。
「よし、やるぞ!」
殿下の合図と共に皆が準備に入り――
「マリューさん!!」
僕が叫ぶことで作戦がスタート。
「燃え盛る炎の槍、穿てッ!!」
スタート直後、マリィさんは第三階梯攻撃魔術『ファイアージャベリン』を放つ。
放たれた炎の槍が相手に向かって突き進む中、マリューさんはその場から大きく離れる。
「今さらそれ?」
相手は金の盾で炎の槍を受け止めるが、次に仕掛けるのは彼女の死角から飛び込むカーク君である。
「シッ!!」
鋭く振るう剣は相手の首元を狙うが、それに気付いた彼女が血のツララを発射する。
剣とツララがぶつかり合って、負けたのはカーク君の方。彼の体は大きく吹き飛ばされてしまう。
だが、その直後に仕掛けるのは殿下だ。
「風よ、我は断つ! エンチャント!」
風の魔術を剣に付与して、切れ味が増大した剣を横一文字に振るう。
「だからさぁ! 無駄だって!!」
殿下の剣は金の盾に防がれた。
剣が当たった瞬間、付与されていた風の魔術が消失。同時に足元からは血のツタが伸びる。
「――ッ!」
しかし、殿下はそれを読んでいた。
すぐさま地面を蹴って大きくバックステップ。
「リゼ!」
間髪入れずにリゼさんへ合図を出して。
「ええ! とっておきですわよ!!」
リゼさんが土の魔石を握った両手を地面に押し付けるようにすると、相手の足元が大きく揺れる。
小さな地震が起きた後、地面から出現したのは二本の巨大な石の手。
中央区広場に敷かれた石畳みを利用して生成された巨大ゴーレムの手が、相手を包み込むように捕らえる。
「カイル!」
相手がゴーレムの手の中にいる間、僕は全速力で走りだす。
そして、囁くもう一人の僕に従って――アレテイア・ホルダーの力とコードの力を同時に行使する。
「全く、無駄なことばかりして――」
拘束していた石の手が破裂するように弾け飛ぶ。
だが、間に合った!
既に僕は間合いに入っている。
右手に生み出した火の玉を振り被り、それを今からぶつけてやろうとばかりに溜める。
「なるほど。そういう作戦ね」
相手は火の玉がフィニッシャーだと思っているのか、顔にはニマニマとした笑みが浮かんでいる。
そんなものは余裕で防げる。そんなものでは負けるはずがない。
自分の勝ち、有利状況は揺るがないという絶対的な自信が垣間見える。
彼女がその場から動かないのを見て――僕は勝利を確信した。
「僕の勝ちだ」
「え?」
右手の火の玉はそのまま。代わりに左手で金の盾に触れる。
「コード:ハック」
囁くもう一人の自分。黒板に描かれたコードを睨みつける自分。
その黒板に描かれていた力を解放した瞬間、記憶の中にいる僕の口元に笑みが浮かんだ。
――左手から流れる力が、金の盾を構築するコードを改ざんしていく。
特定の文字は全く意味をなさない文字に。数字のイチはゼロへと変わって。
「な、なによ!? 何よこれ!?」
金の盾を構築する文字と数字が目に見える形でどんどん変化していく。
変化していく度に金の盾が崩れていく。
そして、改ざんが終了すると彼女の盾は完全に消失した。
「う、嘘でしょ!?」
動揺する彼女。
左手の支えを失いながらも体が前進していく僕。
……この後、僕はどうすればいいのだろう?
火の玉を当てたら彼女は死んでしまう。
人殺しなんて御免だ。
手の中にあった火の玉を握り潰すように消失させる。
消失させたとしても、振り上げた手は戻せない。
彼女が敵だったとしても、女性を殴ったら姉さんに怒られてしまいそうだ。
しかし、無慈悲にも前進するこの勢いは殺せなくて。
結果、どうなったのかというと。
「あんっ」
もにゅんと。
僕の左手は彼女の大きな胸に着地してしまったのです。
しかも、止まろうとした勢いでワシ掴みだよ。
チビ達よ、ごめん。
お兄ちゃんは色んな意味でおしまいです……。
「と、と、とっ!」
勢いのまま彼女の胸を掴み、そのまま押し倒してしまいそうになるが、その前に彼女の方から離れてくれた。
「…………」
距離を取った彼女は両手で胸を隠すようにして――
「……えっち」
小さな声でそう囁いたのである。
「ち、違います! 違います! 不可抗力! わざとじゃないんです!!」
土下座が似合わない状況であるものの、気持ち的にはすぐ土下座したい。
「……もういいわ。君を殺すのは今度にする。興味も湧いたしね」
彼女の視線は僕の左手に向けられている。
恐らく、盾を消滅させた力について考えているのだろう。
……そう考えているよね? 私の胸を掴んだのはその手か、なんて考えていませんよね?
「じゃあ、またね」
そんなことを考えている間、彼女は再びコードを使用。
血のような霧に体が包まれたかと思いきや、霧が霧散するのと同時に彼女自身も消えてしまう。
「……逃げられたか」
呟きながら安堵の息を吐いていると――
「いやはや、私の弟子はとんでもないな。金の盾を消滅させたかと思えば、相手の乳を揉みしだいて撤退させるなんて」
「言わないで! 言わないで下さいよ!!」
ニヤニヤと笑うマリューさんは「疲れたのう」と首をコキコキ鳴らし始める。
「こりゃあ、色んな大人と話し合いになりそうじゃな」
どうしてこうなったのか、をまだ知らないマリューさんから「詳しく話せ」のオーラが放たれる。
だが、意外にもそれはすぐに引っ込んでしまった。
「……その前にお主と話したいやつがいるようじゃ」
マリューさんが呟きながら視線を逸らした瞬間、僕は背中に強烈な殺気を感じ取った。
直後、ポンと僕の肩に手が置かれて。
「カイル、お話しましょう?」
殺気を放つリゼさんに、耳元でそう囁かれた。




