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その孤児は魔術の真理を知っている  作者: とうもろこし@灰色のアッシュ書籍版&コミカライズ版配信中
4章

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第46話 這い回る不快感


「えーっと、あとはジャガイモと……。レタスか」


 本日は休日ということもあって、僕は朝からグロリア先生の手伝いに勤しんでいた。


 平日は夕方まで先生に任せきりだし、休日くらいはゆっくり休んでもらいたい。


 というわけで、午前中は食材通り――王都南区の裏通り沿いにある食材店が密集する場所――を回りながら食材の買い出しだ。


 基本、孤児院では一週間分の食料をまとめ買いしている。


 もちろん、日持ちする物が中心だけど。


「おじさん! おはよう!」


「おう、カイル坊じゃねえか! おはようさん。買い物か?」


 声をかけたのは馴染みの店主。


 農家と野菜販売の両刀使いであり、常に採れたて新鮮な野菜を販売してくれる野菜のスペシャリストだ。


 そして、孤児院としては数十年以上の付き合いで、僕も兄さんや姉さんから「野菜はこの店で買いなさい」と教わった過去がある。


 孤児院手伝いの人間に代々継承される店の一つ、というわけだ。


「今日はジャガイモとレタスと――」


 注文を口にすると、おじさんはヒョイヒョイと野菜を掴んでは紙袋へ放り込んでいく。


 一見すると適当に掴んでいるように見えるが実は違う。


 おじさんの頭の中には孤児院に住むチビ達の人数と年齢が浮かんでいて「ガキ共ならこれくらいは必要だろう」「食いでのあるモンがいいだろう」とチョイスしてくれているわけだ。


「全部で銀貨二枚な」


 しかも、注文に対して値段が異様に安い。


 このずっしりとした紙袋の中身を普通の店で買えば、銀貨四枚と銅貨五枚はすると思う。


「おじさん、僕も稼げるようになったから正規の値段でいいんだよ?」


「何言ってんだ。ガキが気を遣ってんじゃねえよ!」


 言葉は乱暴だけど、おじさんは満面の笑み。


「稼いだ金は将来のために溜めとけ。ガキの世話もしたいんだろ?」


 おじさんは僕の頭に手を伸ばして、髪をぐしゃぐしゃと撫でる。


「満足に金を稼げるようになっても、オメェはまだまだガキだ。ガキのうちは大人に甘えときゃいいんだよ」


「おじさん……」


 ニッと笑ったおじさんは「次は隣か?」と問うてくる。


 それに頷くと、隣の店――これまた馴染みの肉屋のドアを勢いよく開けて。


 入口を覗き込むようにヒョイと顔を伸ばすと……。


「おい! カイル坊が来たぞ! 肉出せや、肉!」


「お前がデカい声で喋ってるから気付いているっつーの!」


 店の中には小太りのおじさんが肉を小分けにしている最中だった。


「おじさん、おはよう」


「おう! カイル、おはよう! 待ってな、今肉を切り分けてるからよ!」


 こちらの肉屋も馴染みの店。


 肉屋に関しては、昔から全てお任せ。細かい注文は一切無し。


 一週間で消費する量は月始めに毎回伝えているけど、肉の種類や部位などは完全におじさんのチョイスである。


「今週は良い豚が入ってよ。一番美味いところ食わせてやるからな」


「いつもありがとう」


 野菜もそうだけど、これが馴染みの店で買う最大の特典だと思う。


「へぇ~、良い肉じゃねえか。俺も酒と一緒に食いてえ」


「そうか。なら買え」


 肉屋のおじさんは「希少部位だから百グラムで銀貨二枚だ」と言い放つ。


 当然ながら野菜売りのおじさんはブーブー言うのだが――


「ほい、カイルの方は銀貨四枚な」


 カウンターに置いた時に「ドスン」と鳴るくらいの量だし、内容としては先ほど言っていた希少部位まで混じっている。


 なのに値段は破格の安さ。


「ああ、鶏肉もオマケで入れておいたぜ。つみれにすると美味いよ」


 スープに入れたらどう? などと、オマケの鶏肉までつけてくれる。


 これで銀貨四枚は赤字でしょ、と毎回思うのだが……。


「馬鹿言うな。昔、孤児院に住む友達に助けられたって話はしただろう? 恩返しなんだから大人しく受け取りなよ」


 と、こちらも理由をつけて正規の金額は受け取ってくれない。


 おじさんは頑なに『友人』の名前を教えてくれないけど、今の僕達は大先輩のおかげで美味しい肉をたくさん食べられています。


「持てるか? 荷台貸してやるよ」


「毎度毎度、すいません」


 肉屋のおじさんに荷台を借りて、荷物を積んだ荷台を押しながら通りを歩いていると――


「カイルちゃん、カイルちゃん」


 僕を呼びながら手招きするのはパン屋のお婆ちゃんだ。


「これ、持っていき」


 三つの小袋にたんまり詰まっているのはパンの耳で作ったラスク。


 僕もチビ達も大好きなお菓子である。


「お婆ちゃん、いつもありがとう」


「いいのよ。おチビちゃん達と仲良く食べなさい」


 買い出しの度、毎度こんな感じ。


 僕らは人に恵まれているのだと心底思う。本当に感謝しかない。


「あと、最近は物騒だからねぇ。ちゃんと戸締りはするんだよ?」


「うん。気を付けるよ」


 お婆ちゃんが口にしたのは黒魔術師関連の事件についてだ。


 未だ事件解決の正式発表はなく、平民街では不安の声が連日漏れ聞こえてくる。


 先日訪ねて来た聖火隊が――殿下達は厄介な相手だと言うけど、対黒魔術師の専門家が難無く解決してくれるのも期待してしまう。


 平民街に住む人達も被害を被る可能性はあるが、本音を言えば早期解決を望んでいる人が多いと思う。


「お婆ちゃん、また夕方にパンを買いに来るね」


「ああ、待ってるよ。気を付けてお帰り」


 穏やかな笑みを浮かべるお婆ちゃんに手を振りながらも、孤児院へ続く道を歩きだした。



 ◇ ◇



 孤児院に戻って荷物を置いたあと、肉屋のおじさんに荷台を返しに行って。


 その帰り道、見慣れた姿を見つける。


「カーク君?」


 休日にクラスメイトを見つけるなんて珍しいなと思い、声を掛けて少し話そうかなと思った――のだが、カーク君の姿はどんどん人混みに飲み込まれていってしまう。


 さすがは休日の王都というべきか、メインストリートが観光客やら業者の馬車やらでごった返しているせいだ。


 必死に人の波を泳ぎ、どうにかその背中を見失わないようついて行くと……。


「え?」


 カーク君は風俗区画へと進んで行くのだ。


 とてもじゃないが、僕の中にあるカーク君の姿は風俗区画と結びつかない。


 むしろ、無縁と言えるだろう。


 しかし、そんな彼が足を踏み入れたという現実。


『カー君の好きなタイプってなんでしょう?』


『カー君も獣みたいに女の人へ襲い掛かるのかなぁ!?』


 現実を直視すると同時に、ウキウキな表情で語るマリィさんの顔も脳裏に浮かんでしまった……。


 まさか、我慢できなくなったマリィさんがカーク君に無理を言って――


「いや、まかさ」


 マリィさんもカーク君のことを「そんな人じゃない」と否定しつつ言っていたけど。


 ただ、僕はまだカーク君を深く知っているわけじゃない。


 僕の知らない一面なんてたくさんあるだろう。


「……娼館に入って行ったら」


 僕は週明け、どんな顔をして教室へ行けばいいのだろう。


 絶対に気まずいし、マリィさんに「カーク君が娼館に入るのを見ました」なんて言えない。


 言えるわけがない。


「……止めよう」


 娼館に入る気だったら必ず阻止しよう。


 それで、お節介だとしても――その欲はマリィさんにぶつけた方がいいと説得しよう。


 カーク君が婚約者に対してどんな想いを抱いていたとしても、二人の将来がおかしくなるよりマシだ。


 ……欲望をぶつけられることに関しては、婚約者側の要望だし。


「よし……!」


 僕は意を決して歩く速度を上げ、徐々にカーク君の背中に近付いていく。


「カ、カーク君!」


「ん? カイルか?」


 ついに声をかけた!


「休日に会うなんて珍しい……というか、初めてじゃないか?」


「そ、そうですね! メインストリートで姿を見つけて!」


 ……すっごい普通だ。


 普通のリアクションだし、普段通りのカーク君である。


 い、行き慣れているってことはないよね!?


「ど、どこへ行くんです?」


 ドキドキしながら問うと、カーク君は「ああ」と言いながらポケットに手を突っ込む。


 ポケットの中からお気に入り娼婦の名刺とか出てきたらどうしよう。


 僕は泡を吹いて気絶する自信があるぞ……!


「この酒場へ行くんだ。騎士団から報告を聞きに」


 取り出したのは簡単な地図が描かれたメモ。地図の下には酒場の名前も書いてある。


「酒場ですか?」


「ああ、実は……」


 カーク君は僕を路地の入口に連れて行き、そこで小さな声で事情を明かし始める。


「実は、聖火隊が殺された」


「え!? せいか――」


 僕は大きな声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。


「今、教会は大荒れだ。朝から王城に大司教が乗り込んできてな」


 早朝、中央区の教会に滞在中の大司教が王城へアポ無しで乗り込んできて、国王陛下に「聖火隊が殺された!」と大騒ぎしたらしい。


 同時刻、風俗区画では『身元不明の死体』が発見されたとの報告があり、現場で捜査が行われている最中でもあったそうだ。


「つまり、その身元不明の死体が……」


「聖火隊だった、ってことだ」


 その現場がメモにある酒場らしく、カーク君は殿下より現場で情報収集をするよう頼まれたという。


「今から向かうところなんだが……。カイルは道に詳しいか?」


 風俗区画は初めて来るとのことで、カーク君は道が分からないらしい。


 正直、初めて来たという事実にホッとしたよね。


「ええ。たぶん分かりますよ」


 疑ってごめんなさい、と内心で謝罪しつつも、贖罪も含めて道案内を名乗り出る。


「あれ? 騎士の人と一緒に来ればよかったんじゃ?」


「事件のせいでみんな忙しそうでな。声を掛けにくかった……」


 だから一人だったんだね。


 むしろ、カーク君を見つけて良かったのかも。


「こっちの道ですね」


 脇道に入って迷路のような道を進むと、目的地である酒場が見えてくる。


 酒場の周辺には騎士達の姿がたくさん見られるが野次馬は無し。


 平民街で野次馬の姿が見られないってのは珍しいけど、家の中にいるよう騎士団から厳命されたのかな?


 事情が事情だし。


「そういえば、聖火隊の人に会いましたよ」


「え? 会ったのか?」


「ええ。一昨日の夕方ですかね。孤児院の前で声を掛けられて」


 その際、精霊教への入信とサルサリカ聖王国への移住を持ちかけられたと明かす。


「もちろん、断りましたけど」


「そうか」


 カーク君はホッとするような表情を見せるも、すぐに眉間に皺を寄せて。


「どんな人物か見たことがあるなら、特徴なんかも話せるか?」


「特徴ですか……。二人組で女性の方は派手な人でしたね」


 ただ、もう片方は全身鎧を着ていたし……。


 いや、これも特徴と言えば特徴なのかな?


 それについて話すと、カーク君は「一度、中を見てくる」と酒場の中へ入って行った。


 数分後、戻って来たカーク君に――


「どうでした? 中に入って顔を見た方がいいですか?」


「……いや、見ない方がいい」


 真剣かつ深刻な顔で言われてしまった。


「酷いありさまだ。身元不明と称されるのも頷ける」


 彼は一言、原形が無かったと。


 ……見ない方がよさそうだね。


「だが、カイルの言っていた鎧の男。そちらの鎧については同じ特徴だった」


 ということは、やはり聖火隊は死亡したってことで確定か。


「というか、どうして大司教は聖火隊が死亡したと分かったんでしょう?」


「聖火隊には『首輪』と呼ばれるものがあるそうだ」


 聖火隊は全員、首輪と呼ばれる何かを身に着けている。身に着けた者が死亡すると、教会側に何かしらの反応がある……らしい。


「あくまでも噂だったんだが、今朝の大司教を見る限りは本当なのだろう」


「……ますます怖い組織に思えてきましたよ」


 ただ、もっと怖いのは目の前にある現実だ。


「聖火隊を、しかも二人も排除できる実力の持ち主か」


「黒魔術師ってことですよね」


 僕の呟きに頷くカーク君。


 王都のどこかに、聖火隊を二人も殺せる黒魔術師が潜んでいる。


 本当にどうなっているんだ。


 見えない犯人の脅威についてカーク君と話していると――ゾワゾワッとした嫌悪感が背中に走る。


 まるで虫が背中を這いまわっているような、不快感を超越した感覚。


「―――ッ!!」


 後ろを振り返るも何もない。


「どうした?」


「い、いや……。何か変な感じがして……」


 一体、何だったんだ?


 感じた嫌悪感を思い出すと、思わず背中に手を回して掻きむしりたくなる。


 う~! 気持ち悪い!


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