第44話 助言と甘い誘惑
マリューさん達から「しばらくは目立つな」と忠告されたものの、僕自身も進んで目立とうなどと思いはしない。
むしろ、このまま穏やかに生きていきたいとさえ思う。
「平和に生きていきたいなぁ」
「急に何を仰っていますの?」
温かい紅茶を飲みながら漏らした一言に、リゼさんは首を傾げていた。
「いえ、最近は色々あったじゃないですか。だから、今日みたいな何も無い日が続けばいいなって」
「まぁ……。事件に巻き込まれるのは嫌ですわよね」
彼女はそう言いながら、作業台の上に置かれた銀の板に顔を戻す。
本日の手伝いは試作品作りの補助だ。
僕の仕事は魔石を磨くことで、それが終わった後は休憩用の紅茶を淹れること。
その後の指示はまだ無い。
指示待ち人間と化してしまっているが、むしろこれくらいが丁度良いとさえ思う。
何故か?
今、彼女が作業している内容が全く理解できないからだ。
「…………」
彼女は銀の板――魔術回路の製作中で、複雑かつ細かい魔術式を溶かした魔金で描いていく。
その作業は実に精密かつ慎重で。声を掛けるのを躊躇うほどだ。
先ほどの独り言も口に出すつもりはなかったのだけどね。
「……カイル、この魔術回路に魔力を流して頂いてもよろしくて?」
「え? 構いませんけど、どうやるんですか?」
問うと、彼女は魔術回路の真ん中に設置された台座を指差す。
「この台座に魔石を置いてスイッチを入れてみて下さいまし」
そして、魔金で描かれた魔術回路全てが金色に発光すれば問題無いらしい。
仮に光らない部分があったら、そこは不具合ということ。
「不具合があればもう一度書き直しですの」
「なるほど」
指示された通りに魔石を置いてスイッチを入れてみる。
最初は何も光らないが、台座の周辺に描かれた魔術式の文字や数字がじんわりと光りだしていく。
……台座周辺はビカビカと主張の激しい発光が続く。
ただ、回路の端っこに描かれた文字はそこまで強く光っていない。
「あの、回路の端にある文字と中央付近で光る強さが違うんですけど」
「ああ、それは魔力伝達のムラですわ。使っている魔石に内包された魔力が弱いのでしょう」
規格加工された魔石は全て同じ形をしているが、内部に内包される魔力量には個体差があるようだ。
今回使った魔石は魔力量が少し足りなかったのか、別の魔石を使用すると端までビカビカと光りだした。
「魔石にも個体差があるんですか?」
「恐らく、この魔石は加工してから時間が経過した物だったのでしょう」
曰く、魔石は採掘された後に加工場へ送られるが、その段階で魔力量の選別が行われる。
規格に沿った魔力量を有した物だけが加工されるのだが、魔石の性質として時間経過が進む事に自然と内包魔力が揮発してしまうという。
「こればっかりは止めようがございませんの。揮発する速度には魔石の個体差も関係しますし」
一見すると新品に見える魔石だが、内部では揮発が進んでいるということが稀にあるようだ。
「新品の魔石を購入しても、魔道具の稼働時間がやけに短い……なんて現象はこれが原因ですわね」
「そんなことがあるんですね」
僕からすれば高級品にあたる魔道具を使ったことなんて数えるくらいしかないが、日常的に魔道具を家具の一つとして扱う人なら「あるある」な現象なんだろうな。
「こちらもチェックして下さいまし」
「分かりました」
それから十枚以上の魔術回路をチェックして、光らない不具合が発生するものは一つも無かった。
これはさすがリゼさん、と言うべきなのだろう。
「ん~! 今日はこれくらいにしておきましょう」
試作品作りが順調に進んだところで、窓の外は既に茜色に染まっている。
椅子に座りながら背を伸ばすリゼさんに頷きながらも、使用したカップの片付けに入った。
研究室内に設置されている洗い場でカップを洗い、綺麗に拭いたら終了。
鞄を持って、しっかりと戸締り。
「窓閉めヨシ!」
「窓の鍵、ヨシですわ!」
「扉の施錠ヨシ!」
「施錠ヨシ、ですわ!」
事件以降、これが帰る前に行うお決まりのルーティーンである。
二人でしっかりチェックし、研究所を後にして貴族街へ続く道へと向かう。
「ところで、本当にウチで暮らさなくてよろしいの?」
「え!? あれ本気で言ってたんですか?」
夕日に染まる道を歩く中、リゼさんは「当たり前ですわ!」と頬を膨らませる。
「聖王国なんかに行かれては困りますもの!」
プンスカと不機嫌な表情を見せる彼女だが、すぐにハッとした表情に変わる。
「……王国的にですわよ!?」
「王国的に?」
「ええ。抱えるアレテイア・ホルダーは多ければ多いほど良いと言われておりますし」
確かにそうだ。
マリューさんみたいに知識あるアレテイア・ホルダーが何人もいたとしたら、王国の魔術技術はグングンと進歩していくはず。
彼女の言葉に納得していると、服の袖がチョンと引っ張られた。
「……それに、友達が急にいなくなるのは嫌ですわ」
顔を逸らしながら言ったリゼさんに対し、僕は自然と笑みを浮かべてしまった。
「僕だって嫌ですよ。それにチビの世話もありますしね」
今、僕は随分と充実した生活を送れている。
この生活を激変させる気は全くないし、激変してしまっても困る。
「今が楽しいですから」
「……私も」
その後、リゼさんは家に到着するまで服の裾を離さなかった。
◇ ◇
リゼさんを家まで送った後、なるべく人通りの多いメインストリートを選びながら孤児院へ向かっていく。
また錯乱した人に襲われて騎士団のお世話になるのは御免だ。
絶対に巻き込まれないし、目立たないように帰るぞ――と心がけていたのに。
「君、少しいいか?」
孤児院の前まで到達し、ホッと息を吐いた瞬間に声を掛けられた。
振り向くと、全身鎧を身に着けた大男。
加えて、やけにセクシーな格好をしている女性だ。
もう一目見ただけで嫌な予感がした。
「君が三人目のアレテイア・ホルダーで間違いないな?」
兜を被って顔を隠す大男が問いかけてくるも、その声音には確信の色がある。
違います、と言ったところで見逃してはくれないと直感的に分かってしまった。
「……そうですけど」
どうしよう、と考えたものの、最初に浮かんだ考えは「孤児院に迷惑を掛けたくない」だった。
ここで変に否定して厄介事が起きて、中にいるチビ達を巻き込むわけにはいかない。
この人達はマリューさんや殿下が「厄介だ」と何度も口にする聖火隊なのだろうから。
「我々は君に助言を与えに来た」
「……助言?」
「ああ。アレテイア・ホルダーは精霊教に加わった方がいい」
真っ先に感じた感想としては、随分と上から言ってくる人だなということ。
助言を与えに来たという物言いも、僕の気持ちなど全く考えていないからに違いない。
ただ、同時に思う。
この人はどうしてそう言い切れるのだろう?
言葉の節々に疑いの色がなく、絶対的に正しいとさえ思っていると直感的に感じてしまう物言いをするのは理由はどこにあるのか? と。
「どうしてそう思うんですか?」
「それが正しいからだ」
すごい。全く会話にならない。
盲信的すぎるというか、それを超越した何かを抱いて離さない感じだ。
ただ、僕が呆気に取られていることも感じ取ったのだろう。
「……アレテイア・ホルダーは精霊と近しい存在だということは、君が一番理解しているだろう?」
「は、はぁ……」
「人が魔術を使えるのは精霊様からの贈り物であり、魔術師の中でも特異な存在であるアレテイア・ホルダーは精霊様に尽くす義務がある」
大男は一歩踏み出すが、その迫力が凄まじい。
「であるならば、精霊を神とする精霊教が一番相応しい場所だということだ。精霊に近しく、絶対的な力を授かったアレテイア・ホルダーは精霊に感謝しながら奉仕すべきだと私も思う」
凄まじい熱量の説得であるが、最後の言葉に引っ掛かった。
私も、という部分。
つまり、精霊教は僕らアレテイア・ホルダーをそう見ているということ。
まるで道具みたいな言い方じゃないか。
……やっぱり、この人達はみんなと違う。
僕を僕として見ていないんだ、と確信したところで――
「もう、ダメよ。なんて酷い言葉で勧誘しているの? この歳の男の子には相応しい言葉ってものがあるのよ」
口を挟みながら前へ出てきたのは、今まで黙っていた女性だった。
彼女は僕に近付いて来ると、その顔をスススと近付けてきて。
「あいつはあんな言い方したけど、精霊教にくれば良いこともあるのよ?」
「い、いいこと?」
なんと言えばいいのだろうか。
この女性から香る匂いは、随分と桃色で刺激的というか……。
リゼさんとは違った華やかしさがある。
「お金もたくさん貰えるし、なんの不自由もない生活も保証される。女の子だって選び放題にできるわね」
彼女はニマッと笑いながら、胸を強調するように腕を組んだ。
「何だったら、今すぐ私のことを好きにしてもいいわよ♡」
彼女はチロリと自分の唇を舐める。
その顔は実に恐ろしく、どういうわけか僕の脳裏には巨大な大蛇が浮かんでしまった。
「……い、いえ、僕は孤児院の子供達を世話しないといけないので」
すまないと思いながらも、チビ達の事情を盾にするしか選択肢が浮かばない。
「あら。なら、孤児院ごと来ればいいじゃない。孤児院の子供達も聖王国に来れば最高の教育を無償で受けられるわ。将来も明るいでしょうね」
僕だけじゃなく、チビ達にも最高の生活が保証されると。
一人一人に温かく大きな家が与えられて、将来の保証がついた最高の待遇を得られると。
甘く、甘い言葉だ。
しかし、同時に恐ろしくもある。
本当に? と疑ってしまう。
……この人達を諦めさせるには、どんな言葉を吐けばいいのだろうか?
「ぼ、僕は……」
頭の中で必死に考えていると――
「はい、そこまでね」
いつの間にか、僕と女性の間に手が差し込まれた。
その手の持ち主は二十代後半に見える男性だ。
「俺、こういうもんで」
彼は僕に見えないよう、何かを女性と大男に見せつける。
「……まぁ、どこかに潜んでいるとは思っていたけど」
それを見た女性の表情がとんでもなく不機嫌なものに変わる。
「そりゃ話が早い。というわけで、大人しくお取引き願うよ。一応、話はさせてやったんだからさ」
「まだ答えを聞いていないじゃない」
反論する女性が僕の顔を見て来て、続けて男性も僕へ顔を向ける。
「どうする? この二人について行く気があるのかい?」
僕は全力で首を振った。
「だとさ」
鼻で笑う男性。
対し、女性はまたムッとした表情を見せる。
まだ諦めずに何か言ってくると思ったのだけど……。
「行きましょう」
女性は大男を連れて立ち去ろうとする。
「また来るからね」
ただ、最後に次があることも明かしながら投げキッスしてきたけどね……。
「あの、ありがとうございました」
とにかく、残った男性に礼を言う。
この人が割り込まなかったら、まだまだ猛攻を受け続けなきゃいけなかったと思うから。
「気にすんな。ああいった誘いはしつこいからな」
仮にハッキリ断ったとしても、あの手この手で詰めてくると。
何とも恐ろしい話だ。
しかし、この人の正体は何なのか。
ふと殿下の言葉が脳裏に蘇る。
「あの、貴方は殿下が言っていた……?」
孤児院を警護しているという騎士団の人達なのだろうか?
そう考えながら問うも、男性は満面の笑みを浮かべるだけ。
「近所に住む気のいいお兄さん、とでも思っておいてくれ」
彼は僕の肩をポンと叩くと「じゃあな」と言って立ち去ってしまう。
「気のいいお兄さん……」
確かに顔はどこにでもいそうな人。見送る背中も、これといった特徴はない。
どこにでもいて、どこにでも溶け込むただの人間。
気のいいお兄さんと呼ぶには、少し恐怖を感じてしまった。




