第43話 聖火隊 2
風俗区画に足を踏み入れた二人はメインストリートを真っ直ぐ進む。
周囲に気を取られる様子は見られない。
むしろ、風俗区画を歩いている他の者達の方が彼らに気を取られていた。
「おいおい、随分と重装備だな」
「あの恰好で飲もうってのか?」
すれ違う冒険者達の笑い声が聞こえてくるも、大男は全く気にすることはなく。
「ヒューッ! あれって本物の修道女か?」
「いや、どこかの店が衣装として作ったんだろ。それか物好きなお貴族様が着るよう命じたんじゃねえ?」
「教会に怒られちまいそうだなぁ!」
女性の方も言われ慣れているのか、全く顔色を変えない――どころか、スリットをチラリとめくって男達を誘惑する始末。
「中心は……。こっちだな」
途中、大男は細い道に入って行った。
道が細すぎて鎧の肩がガリガリと壁へ擦り付けてしまうが、これまた気にしない。
細い道を抜けると、家の壁に囲まれたやや広めの空間に出る。
「やれ」
「はいはい」
女性は腰のポーチからチョークを取り出し、地面に大きな魔術式を描いていく。
描き終わったあと、彼女は手を合わせながら祈りを捧げた。
彼女が祈り終えると、魔術式は金色に光って――溢れた光が風俗区画全域に広がった。
「……どうだ?」
「三時方向に反応アリ」
たった今、彼女が使用したのは精霊教が独自開発した探知魔術である。
黒魔術に特化したものであり、魔力の波を利用して独特な『音』を探るものだ。
「いつもの音だね」
仕組みとしては、黒魔術が放つ独特な魔力残滓に魔力をぶつける。その際に生じた波形を音に変換するというもの。
変換された音は術者の耳にのみ聞こえる仕組みだ。
残滓が大きければ大きいほど音の音色が変わり、その音色で黒魔術の種類を分類している。
「外科医で間違いなし。ラクショーじゃん」
今回聞こえて来た音は――聖火隊にとっては聞き慣れた音色だったらしい。
音が聞こえた方向に進んで行くと、そこにあったのは小さな診療所。
表通りにある大きな診療所とは違い、こぢんまりとして寂れた外観だ。
風俗区画に問えば「貧困者向けの診療所」と教えてくれるだろう。
もっと詳しい者に問うたら、風俗区画に棲みつく裏側の者達を対象とした『モグリ』だと教えてくれるはず。
「鳴らせ」
大男が指示を出すと、女性はポーチから小さな金のベルを取り出す。
それを振ってチリンと鳴らすと――
『ウ、ウワアアアアッ!!』
中から男性の奇声が上がった。
奇声を聞いた大男は腰のメイスを握って構える。
「いつでも」
女性が合図を出すと、大男は診療所のドアに向かってメイスを振るった。
剛腕剛力の一撃はドアを容易く粉砕する。
粉々になったドアの先には白目を剥いた中年の姿がある。
中年は白衣を身に着けていることから、診療所の主だったのだろう。
「……外科医が?」
「嘘でしょ」
この光景は二人にとって予想外だったようだ。
「外科医が操られているとはな」
二人の言う『外科医』とは、黒魔術師の種類を指している。
他人の体に命魂結晶を埋め込み、それを核として対象を操る。操作系黒魔術を得意とし、その施術をも行う黒魔術師を『外科医』と呼ぶ。
聖火隊において遭遇する黒魔術師の中でも外科医は多く、同時に最も対処しやすい相手だ。
「オオオオッ!!」
何せ、外科医を殺せば黒魔術被害は止むのだから。
大男はメイスを振り被りながら診療所内へと突撃し、奇声を上げながら錯乱する中年男の頭部に一撃を加える。
その一振りはまさしく必殺の一撃。
リンゴを砕くように、人の頭部を一撃で粉砕してしまった。
飛び散る肉片と血が壁に飛散し、振り落ちたメイスが床を爆散させながら止まる。
「……反応は?」
「無いね」
黒魔術の対象となった者はもういないらしい。
しかし、奥からすすり泣く幼い声が微かに聞こえる。
大男と女性が診療所内を進むと、そこにはまだ小さな女の子が膝を抱えて泣いていた。
二人が幼女を見下ろすと、彼女は怯え切った表情のまま顔を上げて。
「お、お父さんは……」
先ほど殺した中年男性は幼女の父親だったのだろう。
「お父さんはねぇ、悪い魔術師だったから死んじゃったの」
悲しみを抱える幼女に対し、女性は笑顔を浮かべて言った。
「でも、大丈夫。精霊教が貴女を救ってくれるから。よかったわね~」
その言葉に何の疑いもない。全くこれっぽっちも疑っている様子はない。
本気で彼女は「どんな不幸があろうとも、最終的には救われる」と思っている表情だ。
「痕跡を探せ。外科医を操っているやつがいるはずだ」
二人は診療所内をひっくり返すかの如く、真犯人に繋がる痕跡を探し始めた。
室内にはガラスが割れる音、診察台が吹っ飛ぶ音――幼女が過ごしてきた日常が壊れていく音が鳴り響く。
「う、うう……」
怯える幼女は涙を流すが、それでも止むことはない。
次第に騒音に気付いた住民が様子を見に来ると、壊れたドアの先に転がっていた死体に気付いて悲鳴を上げた。
診療所の周囲は騒がしくなり、少し遅れて騎士団の警邏隊が到着する。
「おい、貴様らッ!」
彼らは診療所内へと進入し、痕跡を探す二人に剣を抜こうとするが……。
「あ~、お構いなく~」
女性は精霊教を示す紋章を騎士達に見せつけ、家探しを継続する。
「せ、精霊教?」
「もしかして――」
騎士達は小さな声で「来るって言ってた聖火隊?」と漏らす。
「その聖火隊よ。だから、お構いなく」
ニヤリと笑う彼女に対し、騎士達は手出しができない。
出来ることと言えば、泣いている幼女を連れて外へ出て行くことだけ。
「……無いな」
家探しの結果、黒魔術師同士が繋がっているという痕跡は見当たらない。
「こっちは囮ね」
綺麗さっぱり見当たらないということは、先ほど殺した医者は『聖火隊』を見るために用意されたのか。
二人は同時に窓へ顔を向ける。
窓の向こうには現場を包囲する騎士と野次馬達の顔があるだけ。
「やり慣れているな」
「ええ。相手は上級黒魔術師かも」
聖火隊が対黒魔術師の専門家であるなら、黒魔術師側にも同様の存在がいる。
長く続く両者の戦いが未だ終わらない理由でもあった。
「このまま逃げるかしら?」
「いや、この手の相手は挑んで来る。また俺達を誘って来て、こちらの戦力を見計らうつもりだろう」
見極めた上で仕掛けてくる。
それまでは決して大きな一手を打たない慎重派。
「ネチネチタイプだ。私、そういうの嫌いなのよね」
鬱陶しいとばかりにため息を吐く彼女が「どうする?」と問うと、大男は窓の向こう側を見つめながら――
「真正面から潰すだけだ」
その一言には確かな自信に溢れていた。




