第42話 聖火隊 1
「聖火隊が王都に来るんですか?」
「ああ、そうじゃ」
翌日、僕らは朝から黒魔術事件と精霊教に関する情報を聞かされていた。
「お主、また錯乱した人間に遭遇したそうじゃな?」
「ええ。前に事情聴取してくれた騎士さんに助けられましたよ」
先日の遭遇以降、捜査続行となったことは聞いていたけど……。
まさか、精霊教が本当に関わって来るなんて。
殿下はあまり首を突っ込まれたくないと思っていたようだけど、押しに負けてしまったのだろうか?
政治的な話とも言っていたし、僕には全く理解できない難しいものがあるんだろうなぁ。
そんなことを考えつつも、チラリと斜め前の空席を見る。
いつも殿下が座っている席に姿はない。
珍しく休みと聞いていたが、精霊教絡みで忙しいのかな?
「あと、カイルはしばらく大人しくしておれ」
「それカロンさんにも言われました」
昨日言われたばかりのことを繰り返し言われるってことは……。
「昨日の会談で大司教がお主と合わせろと要求してきたぞ」
「えー……」
「大司教が、ですの?」
僕が超面倒臭いって顔を作ると、隣に座っていたリゼさんが驚きの声を上げる。
「大司教ってあまり他国へ来ませんわよね? もしかして、聖火隊と黒魔術師の件はついでで――」
彼女は言葉の途中で僕の顔を見つめる。
そして、マリューさんも頷いた。
「本命はカイルじゃろうな」
「え? 僕ですか?」
「前にも言ったが、精霊教は精霊を神と崇めておる。精霊と近しい存在と言われるアレテイア・ホルダーは喉から手が出るほど欲しいじゃろう」
加えて、以前に出現した『炎の馬』の件も含めると精霊教が僕に興味を持っているって話は理解できる。
「精霊を神と崇める宗教にとって、アレテイア・ホルダーは良き象徴となる。より強い影響力欲しさに何としても本国へ連れて帰りたいはずだ」
しかし、喉から手が出るほどって表現を使うレベルなの? と。
むしろ、僕より知識が豊富なマリューさんの方が魅力的に思えるのだけど。
「それは若いからじゃな」
「若いから?」
「うむ。私を勧誘しても上手く操れんからじゃ。若いお主なら色々と吹き込んでいいように使えると考えているんじゃろうな」
「操るって……」
ちょっと怖い話になってきたぞ。
「連れて行かれたら最後、お主はサルサリカ聖王国から出られんじゃろう」
「…………」
嘘でしょ、と言葉に出来ないほど絶句してしまった。
マリューさんの表情も僕をからかっているようには見えないし、本気の本気でそうなってしまうのだろう。
「させませんわ!」
僕の服を掴みながらリゼさんが叫ぶ。
「国王も私も望んではおらん。お主自らがサルサリカ聖王国行きを望むなら別じゃが、そうじゃないなら身を隠すくらいの慎重さを持て」
「行く気なんてありませんよ」
「なら良い」
頷いたマリューさんは「そうじゃなぁ……」と何か思案し始めて。
「今まで以上にクロフトとべったりしておれ。何なら、しばらくはクロフト家で寝泊まりしたらどうじゃ?」
「名案ですわ!」
「名案ですかね!?」
ちょっと待って欲しい。
根っからの孤児根性がこびりついている僕がクロフト家で寝泊まり?
僕の胃に穴を開ける気ですか!?
「嫌ですの!?」
「チビ達の世話もありますし……。あはは」
チビ達を盾にお断りしたけど、リゼさんの目はまだ諦めていないように見える……。
「おチビちゃん達も連れて来てはどう?」
「クロフト家が戦場と化しますよ!?」
僕の脳裏には豪華絢爛なクロフト家を汚しまくるチビ達の姿が浮かぶ。
そんなことになったら、僕の胃は爆発してしまうだろう……。
それだけは避けねばならない。
絶対にだ……!
◇ ◇
同日昼頃、王都に一組の男女が足を踏み入れた。
男の方は背が高く、体格も大きくて全身に重厚な鎧を纏っている。
加えて、所持している武器も大型ばかり。
馬鹿みたいに太くて大きなメイスを腰に下げ、背中にはスパイクのついた大盾を背負っているのだ。
彼とすれ違う王都の人々は、揃って「騎士団の重騎士かな?」と思っていることだろう。
逆に女性の方は非常にスレンダー、かつ色気に満ち溢れている。
着ている服は精霊教の修道女が身に着ける修道服に基本的には似ているのだが、足には腰まで伸びたスリットが入っているし、上半身は体と服の密着度が高くて彼女の体型がぴっちりと表れている。
長い髪をアップに纏める彼女は、コツコツとハイヒールを鳴らして歩く。その姿を見た男達は、二度ならず三度も視線を向けてしまうほど。
装いが真逆な男女は肩を並べてメインストリートを進み、中央区にある精霊教教会へと進入していく。
教会を管理している司祭と一言二言話すと、二人は奥の特別応接間へと案内されて――
「おお、到着したか」
特別応接室の中にいたのは大司教だ。
彼は高級ワインを片手に食事を楽しんでおり、その姿は敬虔な聖職者とは程遠く見える。
「今回の任務は?」
大男が問うと、大司教はワインを飲み干す。
「一つは街に潜む黒魔術師の撃滅。速やかに遂行しろ。クレセル王国王都騎士団に解決の隙を与えるな」
大司教が求めるのは迅速な解決。
何より、クレセル王国に精霊教の力をこれでもかと見せつけた上で恩を売りつけること。
「二つ目はアレテイア・ホルダーの確保だ」
そう言った直後、大司教は金の皿に載っていた果物を掴む。
そのまま齧り付き、クチャクチャと咀嚼音を鳴らしながら――
「二つ目の方が重要だ。アレテイア・ホルダーは是非とも本国へ連れて帰りたい。出世のためにもな」
「拉致ですか」
「いや、拉致はダメだ。さすがにアレテイア・ホルダーを拉致したら国際問題になるだろうが」
「じゃあ、どうしろと?」
大男が問うと、大司教は彼を睨みつける。
「説得してこい。金でも女でも何でもくれてやると、餌を与えて自ら聖王国へ来るよう仕向けるんだ」
「我々に説得しろとは、大司教様も無理を仰りますねぇ」
女性の方が困り顔を見せながらため息を吐くと、大司教は懐からメモを取り出した。
「アレテイア・ホルダーは孤児だ。孤児院には小さな子供もいるようだから、最終手段として使え」
メモには孤児院の場所が描かれており、それを二人に手渡した。
「黒魔術師の方は?」
「詳細はそっちのファイルにある。さっさと終わらせて来い」
話は終わり、とばかりに大司教は手を払うジェスチャーを見せた。
大男はファイルを掴むと、二人はそのまま部屋から退室していく。
「相手は?」
廊下を歩いている途中、女性の方がファイルの中身を確認する大男に問う。
「……外科医だな。体に結晶をぶち込んで操るタイプだ」
「そう。なら、セオリー的には貧困区画――この街だと風俗区画って呼ばれている場所かしら」
「ああ」
大男はファイルを女性に預けると、出発する前に教会の精霊像に頭を下げる。
「迅速に撃滅する」
ステンドグラス越しに光を浴びた大男と女性は教会を出て行く。
その足に迷いは無く、平民や冒険者に人気な風俗区画へと向かっていくのであった。




