第41話 精霊教
朝一番の連絡事項伝達の際、教室を訪れたのはマリューさんじゃなくカロンさんだった。
「あれ? マリューさんは?」
珍しいですね、と口にすると、カロンさんは笑みを浮かべる。
「学長は朝から王城へ登城しておりまして。朝の連絡事項は私が代理となります」
カロンさんに言われ、思わず殿下の顔を見てしまう。
「ちょっと……。厄介事がな」
「厄介事?」
「教会絡みだ」
殿下が明かすと、皆が揃って「あ~」と声を漏らした。
「朝の連絡事項もそちらに関する件がありまして」
そう告げたカロンさんが笑顔のまま僕を見る。
「カイル君、今日一日は目立たない方がよろしいかもしれません」
「それって……」
「既に学長から言われているかもしれませんが、精霊教はカイル君との面会を希望しています」
僕の面会に関して、マリューさんが配慮してくれていたわけだけど。
「向こうも諦めが悪いみたいでね」
殿下は苦笑いしながら言うが、改めて忠告されたってことは面会要求が何度も来ているんだろうと察することができた。
「だから、今日は大人しく……。そうだな、リゼと研究所に引き籠っていた方がいいだろう」
「そうします」
よし、今日は帰るまで外に出ないぞ!
帰りも最短ルートで行こう、と心に決めた。
◇ ◇
クレセル王城、国王執務室にて。
早朝から王城に会談の申し入れを寄越したのは精霊教からだった。
通常であれば申し入れ当日に会談が行われることはなく、王城側は「〇〇日後にどうですか?」と相手側に伝えて日程のすり合わせを行う。
今回、当日に急遽組まれた理由――それは精霊教の総本山があるサルサリカ聖王国より大司教がやって来たからだ。
各国にある教会を管理するのは司祭であり、大司教クラスはサルサリカ聖王国にある精霊教本部からあまり外へ出ることはない。
滅多に外へ出向かない大司教が直々に国を訪れ、会談を希望しているという非常に稀な状況。
そういった背景もあり、今回は急遽会談が行われることになったのだが、相対するのは国王であるゼロス・クレセルと風の魔女であるマリュー。
さて、会談の内容とは。
「最近、クレセル王国王都にて黒魔術師による犯罪が発生していると聞きましてな」
白髪白髭の大司教は前置きの雑談など行わず、真っ先に『黒魔術』の話題を切り出した。
「こちらに派遣している者達から不安と恐怖の声を聞き、急ぎ参った次第であります」
「なるほど、左様でしたか。教会の方々への配慮が足りず申し訳ない」
国王ゼロス・クレセルは笑みを浮かべながら言い、その表情を崩さずに言葉を続けた。
「しかし、犯人は逮捕しました」
「ええ、それも聞いております。しかし――」
大司教は一口だけ紅茶を飲むと、ゼロスに鋭い視線を向けながら続ける。
「犯人は尋問中に殺害されたとのこと」
それを聞いた瞬間、ゼロスは「何故知っている」と思っただろう。
背中には若干の冷や汗が流れてもいたはずだ。
しかし、表情を崩さないのは国王として当然のこと。
――ただ、現実として犯人が口封じに殺されたことは騎士団、王城関係者の中でも限られた者しか知らない。
むしろ、彼としては「このような状況にならないように」と関わる者を絞っていたはずなのに。
「……ええ。黒魔術とは厄介なものですな」
一体、どこから漏れたのだろうか?
信頼する者の中に精霊教の信者はいなかったはずだ、と考えを巡らせながらの言葉だったろう。
「全くです。神を冒涜する異端な術が存在することだけでも嘆かわしいというのに。人の命まで軽んじる行為には憤りを隠せませんな」
精霊教本部も同じ想いです、と大司教は白い髭を撫でながら唸る。
「まだ共犯者がいるのでしょう?」
そこまで掴んでいるか、とゼロスの方が唸りたかったろう。
「まだ確定ではありませんが、騎士団が総力を挙げて捜査しているところです」
「素晴らしい。さすがはクレセル王国ですな」
行動が素早く、そして慎重だ――と、大司教は口で讃えるが。
「ですが、教会に一言頂きたかったところではあります」
彼は露骨に肩を落としてみせた。
「自国で解決できるのが一番です。我々も友好国の国防能力を疑っているわけではありませんが……」
またしても大司教の視線は鋭くなった。
「黒魔術師という生き物は狡猾です。我々に協力を要請して下されば、より早い解決をお約束できましょう」
「協力ですか? 教会には既にボランティアという形で助けて頂いておりますが」
ゼロスもまた露骨に避ける。
教会が自主的に行っている貧困層へのボランティアを出して遠ざけようとするが、大司教は「あっはっはっ!」と笑い声を上げる。
「人々の助けを行うのが我々の勤めではありますが、さすがに彼らでは黒魔術師を追い詰められませんよ!」
大司教も躱させまいと言葉で詰め寄る。
「黒魔術師に関することなら聖火隊が一番です。どうでしょう? 王国騎士団と共に異端者を撲滅するのは?」
遂に本題を口にした大司教であるが、その強引な持っていき方にマリューは鼻で笑ってしまう。
「フン。手柄が欲しい故に強引じゃのう」
彼女がそう口にしたのも、この大司教が精霊教の中でも『過激派』と呼ばれる派閥に属していることを知っていたからだろう。
過激派とは精霊教の中でも異端者に対して非常に苛烈――どころか、増悪すら滲ませている連中だ。
異端者認定の中でもトップクラスの黒魔術師に対しては特に。
「手柄が欲しいわけではありませんよ、風の魔女殿。我々は黒魔術という異端を撲滅し、世に健全な魔術を継承したいだけです。それは貴女も同じ想いではありませんか?」
「ああ、そこはな。しかし、私は恩を着せて寄付金の増額をねだるようなことはしない」
マリューの言うことも事実だ。
聖火隊を派遣して黒魔術事件を解決した後、精霊教は寄付金に関するお話をしたがる者も多い。
あくまでもお話であること。
あくまでも一部の者だけ、と言っておこう。
「精霊教を陥れる酷い噂を信じているようですな」
ただ、この大司教はお喋り好きである。
「しかし、精霊教が黒魔術に対して有効な手段を持っているのは事実です。頼って頂ければすぐにお力をお貸できますが」
だというのに、大司教は強気だ。
マリューが口にした指摘など、どこ吹く風といった感じ。
「ほう。そうか、そうか。ならば、その有効な手段とやらを公開してみんか? 私がすぐに模倣して魔術研究者を直接指導してやる」
「私個人は大賛成ですよ。黒魔術を撲滅することへの追い風になりますから」
しかし、と大司教は表情を崩さないどころか、ニヤリと笑みを浮かべさえする。
「我々の編み出す魔術は特別ですからな。神への献身なくして習得は難しいでしょう」
何とも聖職者らしい言い方だろうか。
魔術の先を知るアレテイア・ホルダーでさえも、清廉潔白な聖職者には敵わないらしい。
「金欲しさに独占したいだけじゃろうが」
「こらこら、マリュー。そこまでにしておきなさい」
すかさずゼロスが割って入り、ヒートアップしていた両者の顔に冷静さが戻る。
「……コホン。陛下の前で失礼しました。しかし、今回の事件で我が教会の人間が怯えてしまっているのも事実。早期解決に向けてご判断を頂きたい」
「ああ。我々も早期解決は望むところであるし、民の心に寄り添ってくれる教会に迷惑をかけたくはない」
ゼロスは少々思案する仕草を見せたあと――
「聖火隊の派遣を承認しよう」
「…………」
彼が決断を下した瞬間、隣にいたマリューは「おい」と言わんばかりの渋い顔を見せた。
「素晴らしいご判断です、ゼロス陛下」
大司教は「では、早速」と懐から書類を取り出す。
取り出したのは聖火隊の派遣を許可する書類だ。
「確かに承認を頂きました。すぐに本国へ伝えます」
ゼロスがサインした以上、この要請は取り下げられない。
加えて、大司教は「聖火隊到着までに二日も掛からない」と言う。
これは彼が聖火隊と共にクレセル王国へ入って来たと考えられる証言だが、書類にサインをした以上もはや隠そうともしないらしい。
「陛下もお忙しいと思いますので、次のお話に移りたいのですが」
大司教は悪びれもせずに次の話題へ。
「三人目のアレテイア・ホルダーと面会を希望しているのですが、なかなか実現できないと聞いております」
マリューの瞼がぴくんと動く。
「このまま面会することは可能ですかな?」
大司教はこのまま押し通そうとしたのだろう。
「ダメだ」
しかし、ゼロスは間髪入れずに拒否する。
「ほう? 何か理由がおありで?」
拒否された瞬間、大司教は一瞬だけムッとした表情を見せた。
対し、ゼロスは表情を変えない。
「彼は今回の事件に関わっていてな。黒魔術師とも対峙し、心労が溜まっている」
変えはしないが、目の奥が笑っていない。
「不要な心労は掛けたくない」
明確な拒否。
加えて、相手に余計な情報を与えないという徹底。
「……そうですか。それは残念です」
大司教側も隙のない拒否の言葉に足掻くこともできない。
これ以上踏み込めば『干渉しすぎ』と本国に文句を入れられかねないからだ。
「では、そちらの件はまた次回に」
大司教は穏やかな表情を見せつつも、腰をトントンと叩きながら立ち上がる。
「とにかく、今は事件の早期解決を目指しましょう。無用な被害は避けたい」
見送るゼロスも釘を刺すように言って、近衛兵に大司教の案内を命じた。
執務室のドアが閉まってから数秒後――
「おい、聖火隊が街で大暴れするかもしれんぞ。本当に良いのか?」
紅茶を飲みながら言うマリューに対し、ゼロスは大きなため息を吐く。
「それくらいのリスクは取らねばならんよ。次にカイル君への面会を要求してくることは目に見えていたからな」
ゼロスが聖火隊の派遣を譲歩したのは、カイルとの距離を詰めさせないため。
「彼はまだ若い」
史上三人目のアレテイア・ホルダーと言えど、まだ二十にも満たない若者だ。
「それに息子の友人だ。最近、ゼインに笑顔が増えたよ。今まで以上にやる気にも満ちている」
国王としても、一人の父親としても、まだドロドロとした世界を見せたくはないのだろう。
「それに、君も弟子を聖王国へ連れて行かれるのは避けたいだろう?」
精霊教は精霊を神と崇める宗教だ。
精霊との関係性が近いと囁かれるアレテイア・ホルダーを傍に置いておきたいと考えるのは明らかであるし、大司教のような人間ならばアレテイア・ホルダーを本国に連れて帰ることで『手柄』としたいのも明らか。
「当然じゃ。あやつを商売道具にされてたまるか」
マリューは不機嫌に鼻を鳴らす。
「しかし、聖火隊には注意しろ。やつらは人の庭でも容赦せんぞ」
「ああ、分かっているよ」
二人は揃ってぬるくなった紅茶を飲み干した。
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