第六十話 観測者の失言
突然現れた魔塔を名乗る乱入者に、広間内は貴族達が眉を顰めながら話し合い、騒がしかった。
リヒャルトがすっと手を上げると、一瞬のうちに静まり返り、皆が緋色の聖衣を纏う男へと注目した。
「主は、我らに更なる深い対話を求めておいでです。皆は宴を続けなさい。今宵のこの熱狂を、戦場へと送り届ける祈りに変えるのです」
出征前夜の晩餐会に参加していた貴族達を広間に残し、リーディア達は会議室へと移動すると、従者達を下がらせ扉が閉じられた。
会議室には王家・教会・魔塔の関係者だけが残され、重苦しい空気の中、テーブルに着いた。
ただ一人だけ飄々とした様子のテオドルが、アドルフの左隣から愛嬌のある笑みをリーディアに向けた。
「久しぶりだな、リーディア。ローザの葬儀以来だから覚えてねぇか? 俺はロザーリアの兄、つまりは、お前の伯父だな」
「伯父様!?」
「まあ、お前はまだ小さかったからな、覚えて無くて当然か」
素っ頓狂な声を上げたリーディアに、テオドルはニンマリと笑った。リーディアの右隣でアレシュが苦笑いを浮かべ、正面に座るテオドルへと視線を向ける。
「つまりは、僕にとっても伯父ということか」
「勿論、会いたかったぜ。アレシュ王太子殿下。それと……」
テオドルは自分の右側に座っているアドルフと、アドルフの更に右側に座っているリヒャルトへと順々に視線を向けた。
「国王陛下と、王弟……いや、枢機卿猊下。エヴェリーナの婚儀には参列出来なかったからな、お初にお目にかかる」
そして、リーディアの左隣へと座るミハルへとテオドルは視線を向けた。
「あー……ミハル第二王子殿下、だな? お前にとって俺は……」
テオドルは言い淀むと、灰色のローブの中から何やら手帳を取り出した。
「すまんすまん。これはあんちょこだ。ダヴィットのように頭の中に全部入れておくことなんか、俺には無理なんでな。で、あー……ミハル殿下は表面上、一応俺が伯父になるのか。だが、色々と複雑なんだよなぁ……ミハル殿下は陛下の血を受け継いでねぇわけだし」
アレシュがハッとしたようにテオドルへと視線を向けた。リヒャルトの眉が僅かに動き、アドルフのアメジストの瞳に緊張が走った。
リーディアは不思議そうにテオドルを見つめ、ミハルが訝しげに眉を寄せて言葉を放った。
「……ツァレトカ卿。私が陛下の血を受け継いでいない、とは一体どういった意味でしょうか」
ミハルの問いかけに、テオドルはさらりと答えた。
「ん? だって、ジェハークの王子二人は、リヒャルト枢機卿猊下の子ってことになってるよな?」
≪……え?≫
——え?
リーディアとリダが同時に脳内で声を上げた。
ミハルがアメジストの瞳を見開き、テオドルから視線を外し、すっと自分の目の前に座るリヒャルトへと移した。
アドルフが小さく言う。
「……余計な事を」
凍り付いた場の空気を察して、テオドルは青ざめた。
「あれ? ひょっとして俺、マジでマズイ事言っちまったのか? ここに居る全員は知ってるもんだと思ってた! 悪ぃ!!」
テオドルが慌てたように手を合わせて謝罪しながら、ほんの一瞬だけアドルフの顔色を盗み見た。
ミハルは震える唇でアドルフを問いただした。
「陛下……今のお話は、事実なのですか……?」
アドルフはうんざりしたように深いため息を吐くと、「そうだ」と小さく言った。
ミハルは呆然としたまま口を閉じた。
リヒャルトが白い手袋を嵌めた手で額を抑える。
「……今宵は想定外が多すぎますね」
サラリとリヒャルトの銀髪が肩から零れる。
リーディアの隣で、ミハルは必死に震えを抑えていた。
——ミハル様、大丈夫かしら……。とても傷ついているご様子ですわ。
アレシュにアドルフの血が流れていないと聞き、リーディアをリヒャルトの手から救う為に王太子の座を奪おうとしていたミハルにとって、これ以上ない程の衝撃だったに違いない。
それも、リダを殺めてしまったのだと思っている彼に追い打ちをかける様なこのタイミングは、あまりにも酷だった。
テオドルは頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「そうかー、その反応ってことは、本人に伝えて無かったのか。悪い事言っちまったなぁ、陛下……って、あんた最低かよ!? 弟のガキを二人とも自分のだって偽ってんだよな!?」
すまなそうな様子から一転して、テオドルは裏返った声を発した。
≪こいつ。憎めねぇやつだが、胡散臭いな……≫
——随分と口が軽い方ですわね。それよりも、リダ。このままではミハル様が……。
「それで? 何をしに来たのさ、伯父上」
スッパリと言い放ったアレシュの言葉に、テオドルはニンマリと笑った。
「……なんだっけ」
そう言って、あんちょこをパラパラと捲る。
≪なんだよ、割とポンコツか……?≫
「ポンコツとはひでぇ言いようだなぁ。ここは魔塔からも遠いし、ダヴィットのような化け物と一緒にされたら困るんだっての! えーと、そう!」
≪待て……今こいつ、あたしの言った言葉に反応しなかったか!?≫
不審な目を向けられながら、テオドルはコホン、と咳払いをすると、高らかに言い放った。
「魔塔は、世の調整者としてここに要求する。ダヴィット・ベニーシェクの異端容疑の撤回、並びに、エヴェリーナ・ジェハークの異端容疑の撤回を。……リヒャルト枢機卿猊下、あんたはちょいとばかりやりすぎたんだ。魔塔は教会の関与を受けない」
リヒャルトが一瞬だけピクリと眉を動かした。テオドルが尚も言葉を続ける。
「これ以上の越権行為を行うならば、魔塔も教会への関与を行うこととする。つまりは、リヒャルト枢機卿猊下。あんたに対する調整を執行するということだ」
リーディアは青ざめてリヒャルトへと視線を向けた。ダヴィットやエヴェリーナの見せた魔術は、普通の人間には抗いようの無い強大で恐ろしい力に見えた。
魔塔を敵に回すということは、人の領域から外れた者達を相手にする事のようにすら感じざるを得ない。
ため息をつき、リヒャルトは言葉を発した。
「……良いでしょう、ツァレトカ卿。理が彼らの存命を望むというのならば、それもまた主の描かれた残酷な戯曲の一節なのでしょう。聖なる秩序は、混沌との一時的な調和を選択されました。彼らに掛けた異端の疑いは、今この時をもって『聖なる猶予』へと書き換えましょう」
リーディアが僅かにホッとした。
——リヒャルト様が罰せられるのは嫌ですわ。
≪ああ、まあイケオジでも適わない敵ってのが居るってことだな≫
——けれど、リヒャルト様の言葉はつまり、お父様がお戻りになる。ということなのかしら……?
≪ああ、どうやらそうらしいな≫
テオドルが満足げに笑った。
「……固ぇ言い方だな。撤回じゃなく猶予かよ。まぁ、今日のところはそれで手を打つしかねぇか」
アレシュがチラリとサファイアブルーの瞳をテオドルへと向けた。
「待て。宰相の椅子はついさっき猊下が抑えた。そこについてはどうする気なのさ?」
テオドルが困った様に笑った。
「魔塔は政治的関与ができない仕組みなんだ。そこまでは要求できねぇ。ダヴィットが宰相になったのは、あいつ自身が実力で勝ち取ったものだからな。但し、リヒャルト枢機卿猊下」
テオドルはリヒャルトへと視線を向けた。
「魔塔の観測者として、俺はあんたの行動を監視させてもらうぜ。あまりにも大きな権力を持ちすぎているからな」
≪はー……。リヒャルトの奴に、首輪を掛けやがった……≫
アドルフがニヤリと笑い、リヒャルトは微笑みを浮かべた。
「構いませんよ。魔塔の監視がなくとも、常に主はご覧になっておいでなのですから。ですが……」
リヒャルトはリーディアへとサファイアブルーの瞳を向けた。
「主は仰せです。羊が泥にまみれるのなら、その杖もまた、泥を払うために現場にありなさい、と。私も死地へと同行いたしましょう」
微笑みを浮かべるリヒャルトを、リーディアはラピスラズリの瞳で真っ直ぐに見つめた。
——リヒャルト様……。
≪……逃がす気はねぇ、と言いたいのか?≫
「まじか……」
テオドルが青ざめて頭を抱えた。
「じゃあ、観測者として俺もついて行かなきゃならねぇのか!? なんだよ!?」
慌ててテオドルはアレシュとミハルを交互に見つめると、懇願するように言った。
「どっちの方が腕が立つかは知らねぇが、お前ら全力で俺を守れよ!? いいな!?」
アレシュがプイと顔を背けた。
「僕には他に守るものがあるからね。ミハルに頼んだ」
ミハルは俯いたまま静かに言葉を発した。
「私のこの命は、聖女と兄上をお守りする為のものですので」
「ウソだろ!?」
テオドルは慌てて立ち上がると、リヒャルトを見つめた。
「おい、リック! あんたの聖騎士団は強そうだ! 俺はあんたの側を片時も離れねぇ!! いいな!?」
「ご自由にどうぞ。主は何人も拒みはしません」
「おお! あんた、良い奴だな!?」
≪敵なんだか味方なんだか分からねぇ……≫
リーディアの脳内でリダがうんざりしたように言った。




