↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/75

第五十五話 綺麗だっ!!

『アレシュ。すみませんが、リーディアの様子を見て来て頂けますか? リダの事で、傷つけてしまいましたので気になっているのです』


 ミハルにそう言われて、アレシュは『言う事を聞くのは癪だが、広間に居ても重苦しいだけだから丁度いい』と考えて、休憩室へと向かっていた。


 廊下へと出て、騒がしい広間の喧噪から遠ざかると、ホッと息をついた。


——いや、だけど僕が行く必要があるのか? 様子見なら、従者か誰かに頼めば良い話のはずだ。


 不愉快そうに腕を組みながら歩き、休憩室の扉の前に到着すると、服に皺が寄ってしまったので念入りに叩いて直した。

 サファイアブルーのマントの形を整えて、ロザリオが曲がっていないかを確認する。

 今更ながらに、サファイアのタイピンがロザリオの下に隠れていた事に気づき、舌打ちをしてロザリオを外そうかどうしようかと迷っていると、室内から話し声が聞こえてきた。


「本当ね。久しぶりだわ……」


——リーディアの他に誰か居るのか?


「それはダメよ。ミハル様は貴女に会いたいと思いますもの」


——ミハル……? 貴女とは、誰の事だ?


「分かっていますわ。確かにあれは言い過ぎだったと思いますわ」


——……まさか、独り言か!? リダを失った事があまりにショックだったからか!


 アレシュは心配になって扉を叩いた。


「えーと、僕だけれど。リーディア、入っても構わないか?」


「え!? アレシュさ……王太子殿下! は、はい。どうぞ!」


 そっと扉を開けると、室内には困惑した様子のリーディアが一人だけ立っていて、他には誰の姿も無かった。


——やっぱり独り言か……。


 アレシュは溜息を吐くと、チラリとリーディアに視線を向けた。

 大人っぽく着飾った彼女の姿にドギマギし、直ぐに視線を外す。


「……その、疲れただろう? 君はまだ社交界デビュー前だから、初めての夜会だろうし」

「え? ええ! そうですわね!!」


 リーディアは頷いた後、何故か背後の鏡にチラチラと視線を向けた。何かあるのかとアレシュが覗いてみたが、特に変わった様子は見られない。


——後ろに何か隠しているのか?


 歩を進めて室内へと入ってみたが、特に彼女が何かを隠している様子は見受けられなかった。

 コホン、と咳払いをする。


「……ミハルに、何か言われたの?」

「えっ!?」


 ラピスラズリの瞳を見開いて顔を真っ赤にする彼女を見て、アレシュはムッとした。


「もう少し休憩をした方が良さそうだね」


 ぶっきらぼうに言ったアレシュに、リーディアは首を左右に振った。


「あ、平気ですわ! もう回復しましたもの! あまり長く席を外しては失礼にあたりますものね。すぐに戻りますわ」


「……そう」


 アレシュは『それなら一緒に戻ろうか』という言葉を言い出せず、室内に残ったまま俯いた。


 しん、と室内が静まり返り、気まずい沈黙が流れた。


「あ、あの、王太子殿下。今日の装い、とても素敵ですわ。アイボリーの生地は、殿下の銀髪がとてもよく映えますもの。そのロザリオも……」

「こ、これはリヒャルトの奴が絶対つけろと押し付けたんだよ。僕は嫌だったんだ!」


——君から貰ったサファイアを加工したタイピンが隠れてしまうし!


 ポカンとするリーディアを見つめて、アレシュは『しまった』と思ったが、どう取り繕っていいのか困り果てて所在なげに項へ手をやった。


「……わたくしの側に居てくださる為に枢機卿館に身を置いて、アレシュ様にはお辛い想いをさせてしまいましたわ」

「いや、それは僕が自分で望んだことだから……。ああ、そうじゃなくて!!」


 意を決して口を開こうと彼女を見つめて、その美しさが眩しく感じ、ピタリと動きを止めて目を逸らし、アレシュはカリカリと項を掻いた。


 リーディアが心配そうに言った。


「……お疲れなのですの?」

「綺麗だっ!!」


 耳まで真っ赤になりながら、アレシュはそう言い放った。


 リーディアは「え」と、小さく声を発し、ラピスラズリの瞳を見開いた。


「その、良く似合っているよ! 以上!! それじゃあ!!」


 言い逃げのようにそう言って、アレシュは素早く部屋から出て行った。


 リーディアはポツンと一人取り残されて、ふっと足の力が抜けて座り込み、顔を真っ赤に染めた。



◇◇



 広間の椅子に戻ったリーディアは、笑みを浮かべながら脳内でリダと言い合いをしていた。


——もう、リダったらそんなに笑わないでくださいな。アレシュ様に失礼ですわよ。


≪だって!! あのウブなお坊ちゃん笑えるだろ!? ああウケるっ!! なに逃げてんだか!!≫


——わたくしは褒めてくださってとても嬉しかったわ!


 いじけたように唇をすぼませていると、リヒャルトが心配そうにサファイアブルーの瞳を向けた。


「リーディア、まだ気分が優れぬのですか?」


≪おー、なんだかこいつの憎たらしい面も久々に見ると悪くねぇな≫


「いえ! 大丈夫ですわ。お気遣いくださり感謝致しますわ!」

「……心労がかさむのは理解していますよ。貴女にはこの後、『真の指揮官』を決定する大役が控えているのですから」


≪おーおー、心配するふりして相変わらずえげつねぇ事スパッと言いやがるな。自分でやれよ≫


 リーディアは、一瞬沈みかけたところでリダの言葉を聞き、おかしくなって堪えきれず口元に笑みを浮かべた。


 奏でられる音楽の曲調が変わった。


 参加していた貴族達がダンスのパートナーを物色し始める。


≪お。あんたも踊るのか?≫


——わたくしは、聖女という立場ですもの。踊れませんわ。


 リーディアはそう言いながら、初めて目にする皆のダンスを羨ましそうに瞳を細めて見つめた。

 揺れるドレスが会場を華やかに彩り、パートナーと見つめ合う情熱的な様子に胸が高鳴る。


——素敵、ですわ……。


「踊りたいのですか?」


 リヒャルトに問われて、リーディアは俯いた。


「……憧れますわ。練習以外では踊った事がありませんもの」


——わたくしはもう、決して誰とも踊る事は許されないのかしら……。この先、夜会に参加することはあっても、見ているだけになってしまうのかしら……。


 サッとリーディアの前に手を差し伸べられた。


 驚いて顔を上げると、アレシュが早くその手を取れと言わんばかりに、真っ直ぐにサファイアブルーの瞳を向けていた。


「アレシュ様……」


 戸惑うリーディアに、アレシュが言った。


「僕は王太子で、君の婚約者だ。当然の権利だろう?」


——でも、リヒャルト様がお許しになりませんわ……。


 差し伸べるアレシュの手を取りたい気持ちに、必死に抵抗しながら、リーディアは眉を寄せた。


 リヒャルトが僅かに笑った。


「……よろしいですよ。主は仰せです。死地へと向かう子羊たちには、一時の『不浄な夢』を見せてあげなさいと。ただし、忘れないように。汝がどれほど彼女と心を重ねようとも、曲が鳴り止んだ後に彼女が戻る場所は、この私の緋色の隣だけなのですから」


 そして、リーディアの耳にそっと唇を近づけた。


「……ハンカチのお礼です。踊ってきなさい」

「猊下……!」

「さあ、躊躇うことはありません」


 瞳を潤ませて、リーディアはそっと手を伸ばした。


 アレシュの手と、自分の手が触れ合う。


 胸が熱くなり、唇を噛みしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。