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第五十四話 消えた彼女への告白

 王城の広間へと続く扉が開かれて、金色の糸で細かな刺繍が施された緋色の聖衣を身に纏ったリヒャルトが姿を現すと、会場内はシンと静まり返った。


 集まった貴族達は皆深く頭を垂れ、悠々と歩くリヒャルトを出迎える。奏でられていた音楽もピタリと止み、リーディアはリヒャルトの後ろに続きながら、壇上に鎮座するアドルフと、その傍らに腰かけるミハルへと視線を向けた。


 彼等の背後には巨大なタペストリーが掲げられており、王族の紋章である百合と盾が、金糸と銀糸で豪華に刺繍されていた。


——ミハル様、今夜の装いとてもよくお似合いですこと。リダが見たら大絶賛ですわね。素敵ですわ。


 ミハルは瞬きも忘れたように、リーディアへ釘付けとなっていた。

 彼もまた、リーディアの美しさに見惚れているのだろう。


 リーディアはリヒャルトと共に壇上へと上り、アドルフの右隣にはリヒャルトが、そのさらに右隣にはリーディアが腰を下ろした。


 視線をすっと滑らせて周囲を見つめる。


——アレシュ様のお姿が見当たらないわ。どうなさったのかしら……。


 ミハルの隣の席は空席となっており、アレシュの為に用意されている席であると伺い知れた。

 リーディアの不安もよそに、アドルフがすっと立ち上がった。大臣が杖で石床を叩き、皆がアドルフに注目する。


 咳払いをし、アドルフは声を放った。


「諸君。今宵は我がジェハーク家の誇りを示す……」


「遅れました、国王陛下」


 広間の扉が開け放たれるのと同時に、アレシュが銀髪をサラリと靡かせて颯爽と現れた。


 上等なアイボリーの生地に、金糸で細かな刺繍の施されたダブレットを着込み、肩にはサファイアブルーのベルベット生地のマントを垂らしている。

 腰には『賜剣の儀』で賜った黄金に縁どられた鞘の王太子の剣を吊り、胸にはサファイアが埋め込まれた銀色のロザリオを下げていた。


 広間内に驚きとも安堵ともつかぬざわめきが走った。


「アレシュ・ジェハーク、枢機卿猊下の下での修行を終え、王城へと戻りました。今宵は僕も一人の騎士として、この出征前夜の宴に列することをお許しください」


——アレシュ様!!


 パッと表情を明るくして見つめるリーディアと目が合うと、アレシュはサファイアブルーの瞳を細め、明朗に微笑んだ。


 リーディアの隣でリヒャルトが楽しげに笑みを浮かべる。


 アレシュは壇上へと上ると、ミハルの隣へ腰を下ろした。


 アドルフが咳払いをすると、開会の言葉を僅かに言い淀みながら続けた。


「盃を掲げよ。この国の未来が、ジェハークの血と共に正しく刻まれる事を願って。……王家に、乾杯」


 会場中が盃を掲げ「王家に乾杯!!」と声を揃えた。



◇◇



 リーディアは広間の熱気に気圧され、食事も殆ど喉を通らぬまま休憩室へと赴き、外の空気を吸いにテラスへと出た。


——夜会には初めて参加したけれど、疲れますわ……!


 ため息をついて、テラスの縁に手を掛けた。左手の中指に嵌められた指輪に視線を落とし、僅かに微笑む。


——アレシュ様の装い、いつもの濃紺ではなく柔らかなアイボリー色で素敵でしたわ。わたくしに向けてくださった微笑みも、いつもの尖った印象ではなく……。


 アレシュの微笑みを思い出して、リーディアは頬を染めた。

 高鳴る胸を抑える為に、深呼吸をする。


「リーディア」


 声を掛けられて振り向くと、ミハルが優しく微笑み掛けてすっと頭を下げた。


「どこか具合でも? 陛下が、聖女様を一人にしてはならぬと、私に付き添いを命じたのですが」


「陛下がですの? お気遣い恐縮ですわ。ただ少しだけ外の風に当たりに来ただけですのに」


 ミハルはリーディアの隣へと赴くとアメジストの瞳を向けて、僅かに逸らした。


「……リーディアのあまりの美しさに目を奪われました。私だけではなく、恐らく会場中の全ての者が貴女の虜となったことでしょう」


 リーディアはクスクスと笑うと、「お上手ですこと。でも、お心遣い嬉しいですわ」と言ってアメジストのネックレスを指先で触れた。


「このネックレスも、贈って頂いて感謝致しますわ。きっと、リダがいたら……」


「あの、リーディア……」


 ミハルはリーディアに向き直り、見つめた後に瞳を閉じ、頭を下げた。


「……ミハル殿下?」

「ずっと、貴女に。そして、リダに謝罪したかったのです! 私は、とんでもない過ちを犯してしまいました」


 石造りのテラスに膝をつき、ミハルは更に深く頭を下げた。

 リーディアは戸惑った。


「殿下、そのような……!」

「分かっています。この謝罪はただの自己満足に過ぎないということは。ですが、私は貴女を傷つけ、リダを……」


 ミハルの頬を伝い、涙が零れ落ちた。


「……愛する彼女を。……言葉の暴力で」


 ミハルの声が震えた。


「……殺めてしまったのです」


 ぽたり、と石床にミハルの涙が滲む。

 深い後悔と自責の念に押しつぶされてしまいそうなミハルの姿に、リーディアの瞳からも涙が零れ落ちた。


「リダを、愛していらっしゃったのですの?」


「はい。この上なく愛しく思い、今もなお焦がれております」


 ミハルは石床についた拳を固く握り締めた。


「……彼女の気高くも美しい強さに心奪われ、罪深くも愛してしまいました」


 平伏せんばかりに頭を下げるミハルを見つめ、唇を噛みしめる。


——リダ。貴女に聞いて欲しい!! ミハル様は、貴女を愛していたのよ!!


 呼びかけても応えが返って来ないと思いながらも、リーディアはリダに呼びかけた。


≪……ああ、聞いてるよ≫


——!!!!


 リーディアは両手で口を押さえ、ふらりとよろめいた。そして、そのままペタリと座り込んだ。


「リーディア。大丈夫ですか? すみません、私が身勝手な事ばかり言ってしまい、気分を害されたのですね」


 心配そうに見つめるミハルに、リーディアは首を左右に振った。


——リダ!! 戻って来てくれたの!?


≪頼む、リーディア。ミハルにはあたしが戻ったことを言わないで≫


——どうして!? ミハル様は、リダの事を……


≪……お願いだから≫


 ミハルが気遣うように言った。


「夜風に当たり過ぎるのも良くありません。何か飲み物を用意させます」

「平気ですわ。少し……その……」


 俯くリーディアに、ミハルはアメジストの瞳を向けて静かに言った。


「分かっています。お優しい貴女のことですから、私とアレシュのどちらを戦地へと送り込むか、選べずにいるのでしょう」


 覚悟を決めるかのように、ミハルは胸に手を当てた。漆黒の髪がふわりと揺れる。


「迷う事はありません。私をどうかお選びください。愛する彼女を傷つけ、貴女から奪った私は償わなければなりません。そのような事が償いになどなり得ないということも存じておりますが、私の使命なのだとお考えください」


——ミハル様……。


 リーディアは深呼吸をすると、ミハルを見つめた。


「……二人であまり長く席を外していては、よくない噂が立ちかねませんわ。わたくしは大丈夫ですから、どうか先にお戻りになってくださいな」


「ですが……」


「お願いです、ミハル殿下」


 ミハルは眉を下げ、アメジストの瞳を寂しげに細めた。


「……分かりました。誰か人を呼びましょう。ご無理をなさいませんよう」

「お気遣い、感謝致しますわ」


 ミハルはリーディアのワインレッドのドレスの裾に口づけをした。


「……私の心は全て、リダに捧げます。この先も、永遠に」


≪!!!!!≫


 そして立ち上がると、深々と頭を下げて、室内へと戻って行った。


 心配そうに振り返る彼に笑顔で応える。


——本当に、戻って来た事をミハル様にお伝えしなくてよろしかったの?


≪……うん。ごめん。ありがとう。あのさ……≫


——ま、待って頂戴!!


 リーディアは心の中でそう叫ぶと、テラスから室内へと戻った。

 幸い休憩室には人影が無く、壁鏡の前へと急いで向かうと、はにかむような表情を浮かべたリダが映った。


≪えーと、久しぶり……≫


 リダの言葉に、リーディアは眉を下げ、微笑みを浮かべながら瞳から涙を零した。


「本当ね。久しぶりですわ……」


 鏡に手を触れ、リーディアは唇を噛みしめた。


 リダの声が聞こえなくなってから、まだほんの数日しか経っていない。それでも、ずっと会えずにいたかのように、懐かしく感じてならなかった。

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