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第五話 直接話す価値もない

 数日後、謁見の間で、アレシュは国政の報告を父である国王へと淡々と述べていた。


 国内の情勢を纏めた資料を読み上げた後、近隣国の報告へと移った。その途端、王は隣に立つ宰相にそっと耳打ちした。


「アレシュ殿下」


 宰相はリーディアと同じラピスラズリの瞳をアレシュへと向けた。


「隣国のゼクトについての詳細がよく纏まっている、と陛下がお誉めでございます」


——そこは、ミハルが資料を纏めた部分だ——と、アレシュはピクリと眉を動かした。


「ですが、トロッケンについては調査がまだ甘いと仰せでございます」


 僅かに唇を噛みしめて、アレシュは頭を下げた。


「……恐れ入ります。ゼクトについては、ミハルが調査を担当致しました。トロッケンについては詳細を詰め、再度ご報告させて頂きます」


 アレシュの言葉に国王はつまらなそうに頷き、宰相に耳打ちした。


「国王陛下より、『本日はここまで』との事でございます」


 宰相がそう言い放つなり、国王は席を立った。

 立ち去る王の後ろにゾロゾロと側近たちも付き従い、謁見の間にはアレシュのみがポツンと取り残された。


 握りしめていた報告書の束に視線を落とす。改めて読み返しても、国王の指摘は尤もで、ミハルの優秀さには感心する。


 謁見の間を後にして、廊下を歩く。すれ違う従者達が会釈をする中、胸を張って通り過ぎた。


『女として生まれてきていれば良かったものを』


 父である国王から言われたその言葉は、ふとした時に何度も繰り返し脳裏を掠める。



◇◇



『愛人の子』


 ミハルがそんな陰口をたたかれているのを、アレシュはたびたび耳にしていた。

幼少期のアレシュにはその意味をよく理解していなかったが、ある日突然自分には兄弟が居るのだと告げられた時は、純粋に喜んだ。


「ミハルは、僕の弟なのだと聞いたのだけれど」


 黒髪を隠す様に帽子を目深に被ったミハルに、アレシュはドキドキしながら声を掛けた。


「……はい。私もアレシュ殿下の弟なのだと言われました」


 おどおどとした様子でミハルはそう言うと、ぎゅっと両手で帽子を引っ張り更に目深に被った。


 図書室の椅子はアレシュにとってまだ高く、足をぶらつかせていたが、ミハルはもうすぐ床に足が届きそうな様子だった。


 アレシュは興味深そうにミハルを見つめた。


「背が高いね。歳はいくつなの?」


「6歳です。殿下」

「え?」


 眉を寄せ、アレシュは僅かに身を退いた。


「僕の方が一つ年下じゃないか。じゃあ、君は僕の兄ということなの?」

「……いいえ。弟です」

「どうして?」

「『愛人の子』だからです」


「……ふーん」


 よく理解はできなかったが、アレシュは納得したふりをした。ミハルが解っているのに、自分が解っていないということに劣等感を覚えたのだ。

 ミハルの知的なアメジストの瞳や、帽子の隙間から見え隠れする黒髪は、アレシュとは全く異なっている。


——本当に、僕と兄弟なのかな?


「ミハル」


 図書室内に声が響き、アレシュは驚いて振り向いた。

 そこには、父である国王の姿があり、自分と同じ銀髪を肩に垂らしてミハルによく似たアメジストの瞳を向けていた。

 傍らには宰相であるベニーシェク公爵が控えており、いつもは無表情な顔をしている公爵が、その日は穏やかな様子に見えた。


 アレシュとミハルは慌てて席から降りると、頭を垂れた。


「面を上げよ。これを書いたのは其方であると聞いたのだが、相違ないか?」


 国王が数枚の紙を掲げ、宰相が「薬草についての論文にございます」と補足した。


「……はい、陛下。私が書きました」

「この知識はどこで得た?」


 ミハルは僅かに声を震わせ「母が薬師でしたから」と言って寂しげに俯いた。


 アレシュは、王城でミハルの母親らしき女性を見かけたことがないと気づいた。寂しげに俯くミハルに視線を向け、自分と同じく彼もまた母を失い寂しい思いをしているのだろうかと考えた。


 だが、国王が放った次の言葉で青ざめた。


「良く書けているな。余が認めよう」


 ハッとして、アレシュは顔を上げた。


「父上。僕も……その、何か書きます!」


 僅かに身体を震わせながら言ったアレシュを一瞥すると、国王は宰相に耳打ちした。


「アレシュ殿下。陛下が『必要無い』との事でございます」


——え……?


 アレシュの胸がズキリと酷く痛んだ。


——僕は、陛下にとって『直接会話する価値』すら無いのか……。


「ではな、ミハル。精進せよ」

「はい、陛下」


 隣で頭を下げるミハルを見た後、アレシュはその視線を父へと向けた。


「……父上? あの、僕も何か……」


 国王は踵を返し、背を向けた後にうんざりした様に言った。


「正妃の子が、女として生まれてきていれば良かったものを」


 その傍らで、宰相は何も言わずに付き従って歩いていた。



◇◇



「兄上?」


 ハッとして、アレシュは瞬きした。目の前には艶やかな黒髪を肩の辺りでひとつに結った男が、心配そうにアメジストの瞳で覗き込んでいる。


「考え事ですか? 声をお掛けしても反応を示されなかったものですから」

「ああ、少しね……」


 アレシュはニコリと無邪気な笑みを向けると、報告書の束を軽く掲げた。


「陛下から、トロッケンについての報告が甘いと指摘されてしまったんだ。つまりは、報告書の作り直しさ。悪いけれどまた手伝ってくれるかい?」

「勿論です。私でお役に立つ事があれば、何なりとお申し付けください」


「ありがとう。助かるよ」


 二人が執務室へ向かう途中、頭を垂れる従者を一瞥した。皆、アレシュにだけ頭を下げている。


「トロッケンについては、私も気になりましたので調べてあります。報告書の修正はさほど時間がかからないのではと……」


「殿下」


 そこへ大臣が、ミハルの言葉を遮るように声を掛け、アレシュはチラリと視線を向けた。


「リーディア嬢の妃教育が終わったばかりと存じます。このままロビーに向かいますと、鉢合わせとなりますぞ」


 アレシュは溜息を吐いた。


「そうか。彼女の様子はどう?」

「思わしくありませぬ」

「つまりは?」

「相変わらず、殿下へ愛慕の情を抱いているように見受けられます」


 ミハルが一瞬顔を強張らせた。だが、すぐに何事も無かったかのように表情を戻した。


 アレシュはうんざりした様に眉を寄せる。


「……リーディアのあの疑いのなさが、どうにも気味が悪い」

「兄上、そのような……」

「引き続き監視しておいてよ」


 アレシュの指示に大臣は恭しげに頭を下げて、ミハルの横を素通りして去って行った。


 ふと、ロビーから聞こえてくる話し声に気づき、階段の上から視線を向ける。そこには絹糸の様な髪をした女性が優雅に膝を折って、教育係の女性に挨拶をしている様子があった。


「先生、本日もありがとうございました」

「また次回お待ちしております。といっても、ご令嬢にはもうほとんどお教えすることがないのですが」

「そんな事はございませんわ。アレシュ様に認めて頂ける様、日々努力が必要ですもの」


 チラリと、ミハルはアレシュへと視線を向けたが、アレシュは首を左右に振った。


 リーディアは僅かに間を開けて「それで……」と言葉を続けた。


「……アレシュ様は今どちらにいらっしゃるのかしら?」


 それを耳にして不快そうに眉を寄せるアレシュを、ミハルは悲しげに見つめた。


「申し訳ございませんが、私には殿下のご予定までは……」

「あの……もし殿下にお目にかかることがございましたら、こちらをお渡し頂けませんかしら?」


 おずおずとリーディアが差し出した手紙を、教師が訝しげに受け取った。


「……その、お茶会の招待状ですの。近頃は気候も良くなって参りましたし、珍しい茶葉も取り寄せましたの」

「ええ。確かに承りました。殿下にお渡し致しますよ」


 つまらなそうにその様子を階段の上から見下ろして、アレシュはプイと踵を返した。ミハルもハッとした様に付いてきて、暫く歩いた後にアレシュはピタリと足を止めた。


「いい事を思いついた」

「……はい?」

「リーディアのお茶会なんだけれど、僕の代わりに君が参加してくれないかな?」


 ミハルは一瞬僅かに口を開き、首を左右に振った。


「それはいけません、兄上。リーディア嬢が悲しみます」


「……さあ? 誰も行かないよりは、彼女だって嬉しいだろう」


 アレシュは少年の様な無邪気な笑みを浮かべると、「頼んだよ」と言ってミハルをその場に残し、上機嫌で去って行った。

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