73話 イーシュ
「お疲れ様です。ピーターさん。父の服、よくお似合いですよ。」
控室へ戻ると、真っ先にグリーゼが声をかけてきた。
「あ、ありがとうございます。異様な圧でした。もうこんな場所、二度とゴメンです」
「お母様も会議の後はいつもそんな感じです」
「おお!帰ってきたな英雄!まぁ座れ!」
護衛の二人に御者、先遣隊の面々、カティア、グリーゼ
皆そろってテーブルを囲み、お茶を飲んでいた。
「今日は日が暮れるまでに帰れるかね?」
「どうだろうな……魔神と御神木の件がある。絶望的だろう」
「教授は“今日は帰れないかもしれない”とぼやいていましたよ」
「グリーゼさんは教授のお付きで来られてるんですか?」
「ええ。御神木と魔神の報告書を届けに来ました。ピーターさんの件は最小限にまとめてありますから、ご安心を」
「お気遣い、痛み入ります」
「この会議が終わったらすぐ戻られるんですか?」
「そうですね。ルシェナ様から造船を頼まれてるので、帰ったらまた大忙しです」
「船まで造られるのですか? お強いだけでなくそんなことまで出来るんですね」
「どっちかっていうと物作るほうだけやっていたいんですけど・・ところでグリーゼさんは、どの分野の学者なのですか?」
「星辰学です。星の運行を記録・研究する仕事です。計算が必要なので数理も少し」
「星の記録……素晴らしいですね。俺、この世界……いや、今どの程度まで星の動きが解明されているのか興味があります」
「それはうれしいです。この分野を理解してくださる方は少ないので」
少し躊躇ってから言う。
「俺、ついこの間まで言葉や生きる術以外の記憶がなくて。星の名前もまったく知らないんです」
「まあ……。それはご苦労を。今度ぜひ、私の研究室へいらしてください。喜んで星の事お教えしますよ」
「ありがとうございます。ぜひ」
議場では案の定、議論が紛糾していた。
休憩のたびにルシェナが戻ってくるが、その顔はみるみるやつれていく。
軽く食事をとり、また議場へ。こちらも軽食で腹を誤魔化す。
気分転換に外のベランダへ出た。
冷たい空気が肺に刺さる。前世でいえば二月ほどの寒さだろうか。
しかし平地に雪はなく、山麓だけが白い。
これだけ寒ければ平地に雪が積もっていてもいいものだが、それも前世脳の考えか。
スポーン地点の家の畑は放ったらかしだ。
いえは無事なのか、作物は枯れていないだろうか。……一度帰ってみるか。
「あ、ピーターさん。ちょうどよかった。夜空になりましたから、星のお話をしましょう」
振り向くとグリーゼがいた。
「ぜひ。……というか、まだ解放されていないんですか?」
「いえ、教授はもう帰っていいよと言ってくれましたが、私も母を待ちます」
夜空は澄み渡っていた。
彼女は星々の名と距離、この世界での天文学の基礎を語る。
惑星は球体。他惑星の存在も想定済み。大気圏の存在、その外は真空。太陽は燃えているわけではない。
……あれ? 思ったより進んでないか?
そして、空に浮かぶ大きな衛星。
前世で言うなら、やや大きめの月に土星のような環がついた姿。
白銀の輪が、静かに輝いている。
「あの衛星、美しいですね。環もまた見事だ」
「イーシュ、といいます。私が星辰学を志したきっかけなんです。子どもの頃、“いつかあの星へ行く”と言っていたそうです。……私は覚えていませんが」
月に行く……か。
「それ、面白そうですね。あの星に行く船、作ってみます?」
「え・・・そんな物も作れるんですか?」
「さすがにすぐには・・・でももう少しで空を飛ぶ船なら作れそうです」
そう、レネイのゴーレムならね!
「まさか・・空飛ぶ船なんて」
「完成したら見せに来ますよ。ルシェナ様は船苦手だから乗れないかも」
「フフフッ。そうなんです。よくご存じで」
「以前、試験航行で無理に乗せたら、大変怒られました」
いや、あれはダミーのスカッド船で怒られたのか…
夜がすっかり更けたころ。
ようやく議場に決が下り、長い一日は幕を閉じた。




