72話 定例枢議会
王都中央宮殿・最高議会。
半円状に連なる重厚な席列。中央最奥の玉座に、ヒューズ王国国王イグナーツ二世が座す。
『 イグナーツ二世』、歴史上の名君「イグナーツ王」から勝手に賜った名前だ。
年に二度開かれる定例枢議会は、名目上、王国最高意思決定機関である。
だが議会に王が出席することは少ない。
施政の実務は宰相府が担い、枢議会はそれを承認し、修正し、あるいは牽制する場として機能していた。
副宰相ルドリック・エーゼルは王の右手に、宰相ヴァルト・シュトラは左手に控える。
貴族院、軍司令官、各省庁代表、審問官、そして議長席。
本日の議題は、予算委員会、軍事委員会、来季予算案の編成。討論。決議。
副宰相ルドリック・エーゼルは王の右手に、宰相ヴァルト・シュトラは左手に控える。
並びは変わらない。だが、その意味合いは以前と同じではなかった。
カン!カン!
「定例枢議会を始める」
議長の言葉に続き、王の勅語、
「今日の議論が王国の礎となることを願う」
ザッ!!!!
王が言葉を発した後に議会に参加している全員が起立し、声をそろえる。
「ヒューズ王国万歳!!」
「着座!」ガタッ!
半年に一度しか開かれてない議会だが、テンポよく進む。
最初は予算委員会。
半年の各地方の財政報告、王国各省庁の財政報告、数字が淡々と読み上げられる。
続いて軍事委員会。
軍監査権限の一部見直し案、審問局の報告義務強化、地方統治監督権の再整理。
どれも名指しではないが、明らかに魔神戦後の“統制強化”を意図している。
それでも議場は冷静だ。
発言は、のちの全体討論会で侃侃諤諤やるのだ。
今は誰もが『今日の本題』を待っている。
「――続きまして、魔神討伐の叙勲」
議長が名を読み上げる。
「王国功労章、特別叙勲対象者――ピーター・ファン・デン・ホーヘン!」
扉が開く。
議会場に差し込む光の中、ひとりの男が姿を現した。
夫アルヴェンの礼装を着たハルミチ。
ルシェナがレマール家の衣装部屋から引っ張り出し、カティアに超速でサイズ合わせさせた。
姿勢も歩き方も一般人。騎士団の訓練を受けた者のそれではない。
議場の視線が、一斉にハルミチへと注がれていた。
ルシェナは議席で静かに両手を組み、
まるで我が子を見守る母のように、不安げなまなざしで彼を見つめていた。
『おねがい!何事も起きませんように・・・・』
因みに今日のルシェナは若作りはしていない。
ハルミチは一礼し、玉座前に進み出る。
王イグナーツ二世が立ち上がる。功労章が掲げられる。
「そなたの勇戦により、多くの民が救われた。礼を言う」
「ありがたき、幸せ」
片膝をつき、頭を垂れる。ハルミチが勲章を受け取る。
そして――“副宰相が動いた理由”。
本来ならば、叙勲者は主のルシェナでも構わなかった。だがわざわざ彼に叙勲させた理由が二つ、
一つはルドリックの私怨:奴はスカッドを倒し、地方納税額No,1のルシェナに、武功まで挙げさせた。
ルシェナに勲章をやるのは面白くない。
もう一つは王の望み。そして削られた軍事力の再建のシンボルとしての勧誘。
「ピーター殿、我が騎士になってはくれぬか。我が国最大の優遇を約束しよう」
この男がいる限り、王国はまだ救われる――
そんな淡い期待すら含んでいるようだった。
「ありがたいお話ですが、私は既にルシェナ様の騎士でございます。これからもルシェナ様に忠義を尽くします」
----私は既にルシェナ様の騎士でございます-- ルシェナ様の騎士...の騎士----
ルシェナの頭の中でハルミチの声が繰り返されている。
ルシェナは思わず胸を押さえ、まるで求婚の言葉を授かった乙女のように、頬が淡く紅に染まる。
王がつぶやく。
「……そうか。然らば致し方あるまい。惜しきことよ」
なんとも軍事国家の王とは思えない、押しの弱さだ。
ハルミチは今、英雄としてではなく、政治の盤上の駒として立たされている。
宰相ヴァルトは、わずかに眉間を寄せていた。
この男の存在は計算外だった。利用価値はある。が、
ルドリックに先を越され、あげく、騎士の申し出を断られている。
『役立たずどもめが・・・』
苦虫を噛み潰したようなわずかな歪みが顔に走る。
かたや、ルドリックは、王に呆れた内心を顔には出さず、腕を組んだ。
幸い、ルシェナはどちらの派閥にも属していないし、もっと俯瞰で見れば彼はヒューズ国の騎士だ。
彼を囲い込むチャンスはまだいくらでもある。
拍手が起こる。形式的な拍手。
王が着座し、儀礼は終わる。
貴族席の一角では小声が飛び交う。
「飛び地の騎士だと!?」
「ルシェナにあんな騎士がついていたのか・・」
ハルミチは立ち上がり、議場を去る。
去り際にルシェナと視線が交わる。
ルシェナが手を振った。ハルミチも振りかえした。
カン!カン!
「これより全体討論会を始める!」
会議場のざわつきを制するような大声。討論が始まる。




