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71話 先手を打つ

室内の空気が、わずかに凍る。


扉が開いた。

副宰相ルドリック・エーゼル。


壮年、整えられた灰銀の髪。

温厚な微笑みを浮かべながら、隙のない所作で室内へ入る。


レオナルトは立ち上がり、即座に騎士礼を取る。グリーゼも立ち上がり、頭を下げる。


「副宰相閣下!!」

「よい。突然の訪問許せレオナルト卿」


ルシェナは立ち上がらない。視線だけを向ける。

「お久しぶりです、ルドリック卿」


「見目麗しいお姿のようだが、好きな御仁でもできたのかね?」

「…今の私の趣味ですわ」


ルシェナの若作りをルドリックはねっとりとからかった。

レオナルトが慌てて口を開く。


「閣下。わざわざお越しいただいた御用とは…」

「ああ、今回の魔神討伐はご苦労であった。倒したのはそなたの護衛だという話を聞き駆けつけたのだが」


「…はい、私の騎士、ピーターと申します」


多くのものが彼を見ている、レナール家の護衛の服も来ている。ここは否定のしようがない。

“護衛”ではなく、“騎士”。『あなたに彼は渡さない』――というささやかな抵抗。


「陛下が、その騎士殿に叙勲を授けると示された。明日の会議の席へぜひ同席願いたい」

「………伝えておきます」


YESとは言っていない。だが王命である以上、拒む理由もない。

海賊退治の叙勲を断り、わざわざ変装させてまで彼をこの国に連れてきたのに、結局似たような状況になってしまった。


「そうか、彼は…先の海賊退治をされた『ハルミチ』という彼かね」

「いえ、別人ですわ。彼は流浪のものだと」


といったものの、ルドリックは同一人物だと確信している。そういう口ぶりだ。


「そなたには、亡くなられた夫といい、レオナルト殿といい、武勇に恵まれた人材が多く集まる。我が王にもその運を分けていただきたいほどだ」


現在の王『イグナーツ二世』は穏健派。というより、良くも悪くも『不動王』だ。施政は宰相が執り行っている。

王の求心力のなさが、貴族たちを増長させ、民の貧困差は広がり、この国を寒く、暗いものにしている一要因だ。


「その彼は、ここにおるのかね」

「休息をとらせております。あれほどの戦いでしたもの」


「私も一度会ってみたかったがまあよい。明日を楽しみにしている。久々の家族の再会を邪魔したな。それと――」


ルドリックはわずかに声を落とす。

「魔神の復活の種をまいたのはヴァルトだ。魔神も言っておったであろう。奴には気をつけよ」


『ヴァルト・シュトラ』急進改革派の宰相、


ルドリックは立ち上がり、差し出された茶には手を触れず、去っていった。

静寂が戻る。


「先手を打ってきたわね」

「...少し話が見えてきました」


レオナルトが少し考え、何か合点がいったように口を開いた。


「本日、戦死者名簿を確認しておりましたが……魔神戦に参加した兵のほとんどが、ルドリック派の管轄です」


宰相派と副宰相派の派閥争い。今回の魔神戦で、ルドリックは確実に発言力を削がれる。

彼ら副宰相派は王も巻き込み、先んじてハルミチを囲い込みたい。


明日はいよいよ定例枢議会。今回は王も出席する。



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