70話 レオナルト・レマール
翌日、レオナルトの公務が終わる頃に、ルシェナ一行は城の敷地内にあるレナール家を訪れた。
城門をくぐった瞬間、空気が変わる。
外の喧騒とは切り離された、選ばれし者たちの静寂。
敷地内には各貴族の屋敷が整然と並び、重厚な門と磨き上げられた石畳が、家格そのものを語っていた。
その一角に、過度な装飾を避けた品のある邸宅がある。レナール家。
現在は、ルシェナの息子――レオナルト・レナールと、その妻が住まう家だ。
「ルシェナ様、ご到着にございます」
門が開くと、玄関先にレオナルト自らが姿を見せた。
黒髪、長身、均整の取れた体躯。城塞騎士団の肩章が静かに光る。
顔立ちはおそらく父親似なんだろう。
彼は一歩進み、正式な騎士礼を取った。
「お待ちしておりました、母上」
「忙しいでしょうに押しかけてごめんなさい」
「いえ、私も母上とお話したいことがたくさんあります」
三人は応接室へ通される。ルシェナ一行は別の客間にて待機だ。
「母上、すごく若くなられている気がするのですが・・」
「今の私の趣味なの。母親が若いほうがあなたもうれしいでしょ?」
「なんというか、母上、変わられましたね・・・」
ルシェナは若作りに味をしめて、学生のような服装になっている。変装も兼ねているようではあるが。
「お仕事のほうはどうなの?」
「軍は今、魔神討伐で失った兵の葬儀と補充で混乱しております」
「まさか魔神がこの国に発生するなんて思いもしませんでした」
「グリーゼ。君は現場にいたようだね。無事でよかったよ」
「凄惨な状況でした。魔神ケブラは御神木の養分を吸い取り、何者かに呼び出されたと」
「ああ、私にも聞こえたよ。現場に駆け付けたかったが、何せ城塞騎士団だ。王の守りを固めなければいけなかった」
彼はこの城内の騎士団、その長を務めている。
「その何者かをあなたにも調べてほしいの、私も頼れる伝手を使って調べてはいるけれども」
「母上、私は軍に身を置くもの、政治には関わっておりません」
「魔神の言っていたことを思い出して。平穏を乱すものがこの地にいる。平穏を乱すものに“力”は必要でしょう?」
「軍にも関与するものがいると?」
「私にはそうとしか思えない。この国に混乱を及ぼすために私の港にも火種をまいた」
「ヒューズナセルの海賊退治は軍でももっぱらの噂になっております。捕まった海賊はこの国に収監されているようですね」
「彼の身元を確認して。私は彼が元軍属だと確信しているわ」
レオナルトの表情がわずかに引き締まる。
「……仮に元軍属だとすると、記録は消されているでしょう」
「消されている?」
「先月、軍籍の整理がありました。特定の期間の沿岸警備記録が“再編”されています」
「誰の主導で?」
「軍審問局です」
「スカッドを引き取り来た審問官は?」
「軍審問局は、ルドリック卿の管理下にあります」
ルシェナはゆっくりと息を吐いた。
「…そう、ルドリックなの」
「副宰相ですか。これはなかなかの大物ですね」
グリーゼもため息をついた。ルドリックは副宰相、王の信頼厚い男だ。
急進改革派の宰相のブレーキ役としての彼は、王の腹心である。
表向き温厚な副宰相で通っている男だが、権力ある人間の暗黒面は上手に隠されているものだ。貴族からの信頼も厚い。
彼に側室になれと執拗に迫られ、断った腹いせに自分の領地を荒らされ続けられたと判明したルシェナにとっては今や完全なる政敵である。
「ルシェナ様、ルドリック・エーゼル公爵がいらっしゃいました」
噂をすれば、なんとあちらから出向いてきた。




