66話 完全体
「完全体つよっ!」
あかん、これは勝てんわ。どうしよう……。
しかし今さら尻尾を巻いて逃げるわけにもいかない空気だ。
俺の声に、魔神がゆっくりと振り向いた。
前に遭遇した個体よりも、はるかにでかい。
『……お主を知っておるぞ。我が一枝を屠りしものよ』
変装してるのにバレている。
「こんにちは。私はフタマタセ・ハルミチと申します。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
前回は名前を聞き損ねた。今回は丁寧にいく。
『我はケブラ。裁きと炎を司るもの』
「ベルデ村の御神木で倒してしまった魔神様には申し訳ない。突然襲ってこられたので」
『セトか。あ奴は目覚める刻ではなかった。我も然り。木の性を吸うてまで現世に留まるなど、本意ではない』
やはり復活は、誰かの策略か……
『……お主、我を消せるか』
「え?」
『我はこの今世に在るべき存在ではない。何者かにより、この時へと引きずり出された。人の企ての道具と成るは、我が理に反する』
「どうやって消すんですか?」
『戦うしかなかろう。我はそういう“契”で引きずり出された』
ゴォオゥッ。
ケブラは紫の炎を天高く爆ぜさせた。
『一つだけ我を倒す糸口を教えよう。我に魔法は効かぬ。行くぞ、人の子よ』
おいおい、なんだそのヒント!
そもそも魔法なんか使えんわ!!
カナハ!死んだらゴメン!
ゴォワァッ!
ケブラの口から、視界を埋め尽くす豪炎が吐き出された。
「フロスト!チタン!セラミック!タングステン!」
バリバリッ、バリン!
氷壁、金属層、考えうる防炎素材。
防御をドーム状に重ねる。
すぐ割れる!また重ねる!
耐えられるか――いや違う。
必ず炎の向こうから奴が来る!
俺は後方へ跳んだ。
着地と同時に左へ切り返す。
「!?」
やはり来ていた!目の前だ!速い!
『ガァァァアアッ!』
奴の大爪が左から迫る!
「孫六!!!」
ギィイイインッ!
「ガッ!」
刀を出し、二刀で受けた。
……なんで刀で受けた?あほか!
テンパるとイメージが追いつかない!
衝撃で体が浮く。
体をひねり、刀を地に突き立てて減速する。
だが勢いは殺せず、刀を残してそのまま転がった。
「……痛ってぇ」
止まる間もなく、奴がこちらに驚速で迫る。
慌てて地に手をつき、イメージ!
「ぁあああああああっ!」
ドドドドドドドッ!
鋼の長槍を奴の導線に突き立てる。
剣山の進化版だ。
もう、ふざけた呪文を考える余裕もない。
ザクッ!
『グアァッ!』
一本だけ右前脚に突き刺さった。
奴の動きが、一瞬止まる。
いまだッ!
「鬼丸!」
ヒュルルルルルッ!ビシッ!
再度二本の刀を出現させ、刀身を鞭のように伸ばす。
両側から脚に巻き付けた。
「ゼンマイのように縮め!」
ザクッ!
巻きつけた刀身が締まり、脚を切り落とす。
『グオッ!』
ドォオオン!
足を失ったケブラが倒れ込む。
やったか!?
『ガァアッ!』
ゴォゥッ!
足のないケブラの口から、再び剛炎が吐き出された。
近い!逃げ切れない!
「やばっっ!!!」
俺自身を風で吹き飛ばせないか!?
ブゥォオオオッ!
突風で自分の体が吹き飛ぶ。
うまく着地できず、一回転して地面に強打した。
「ガハッ!」
……あれ、風も吹かせるのか?
いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「しねぇぇあああ!」
ドドドドドドドンッ!
鋼の長槍を、動かなくなるまで叩き込む。
――――――――――
ようやく奴の動きが止まった。
炎で燃えていた空気が、寒々しく戻る。
とどめは刺していない。
今なら息の根を止められるが――
「はぁ……はぁ……ど、どうっすか……消えられそうですか?」
『……ガハッ……みごと……なり……致命に……届いておる』
紫炎が静まる。
足を失い、血まみれで横たわるケブラが、ゆっくりと口を開いた。
『我が攻めを三度断ち……その上、我を討つなど……人の子にしては過分よ……』
「三度でしたっけ……もっと食らった気が……ゲホッ」
自分で転んだ分が“食らった”カウントに入っている。
『誉れとして……これを……授けよう』
ケブラの口から、小さな紫の灯が現れ、大きな牙が落ちた。
『ここに植えよ……お主らの時で……遥かな後……この地を……豊かにする』
炎が、やさしく揺れる。
『人の子よ……我を呼びし者を……探せ。この地に……おる。他にも……おる。この地の……平穏を乱すもの……ぞ』
その言葉を最後に、彼を覆っていた紫の灯は静かに消えた。
「灰となり、この地の糧となれ」
俺はケブラを灰にした。
紫の残滓が風に溶け、やがて跡形もなく消えた。




