FILM.47 写真を知りたい
彼の言葉がずっと残っている。
―気づいたらカメラを手にして、気づいたらその方向にカメラを構えて撮影してた
身体が勝手に動くと言っていたが、それは本当にあるのだろうか。カメラすら持っていない俺がこんなことを真面目に考えたところで時間を浪費するだけな気がする。
「……おい、聞いてる?」
「……っえ、何」
「お前、大丈夫か?」
俺の顔の前で手を軽く振りながら片村が話しかけてきた。
「ごめん、ぼーっとしてた……。何か言った?」
「いや、別に。何かあったのかなって思っただけだけど」
「あ、そう」
しばらくしてズボンのポケットから携帯を取り出した片村はあくびをしながら携帯をいじり始めた。
「寝不足か?」
「……別に大丈夫。てか、俺の心配するなら自分の心配しろよ。ずいぶんぼーっとしてたけど」
「……片村」
「ん?何?」
「写真撮るときに、身体が勝手に動いたことってある?」
「身体が勝手に?……ん?何の話?」
「カメラの話」
片村の表情に「これは絶対伝わってない」と瞬時に思った。返答に困るのも無理はない。素直に考えたら、写真を撮る自分の身体が自分の意思とは関係なく勝手に動くことだと思うだろう。それはもはやホラーだ。
「ごめん。俺の言い方が悪かった」
「うん、本当に意味分からなかった」
俺は改めて片村に説明した。
「あー……、そういうことね。だとしたら、さっきの言葉足らず過ぎるだろ」
「ごめんごめん」
自分でも思うことを片村も言ってきた。少し棘のある言葉ではあるものの、片村が言うと嫌みに聞こえないのが不思議だ。それは、片村が笑いながら言っているからだろうか。
「自覚は無いけど、言われてみればそういう経験は結構あるかも」
「そうなんだ」
「うん。なんだろうな、『撮りたい』って頭の中で思う前にパシャって撮ってる感じ」
想像すればなんとなくこういう感じなんだろうとは思う。しかし、実際にそれを体験している片村だからこそ、感じることはあるだろう。
「『思わず』って言葉あるじゃん?まさにこの言葉通りだよ」
「『思わず』か……」
深く相づちを打ちながら俺は片村の話を聞いていた。意識せず、事を行ってしまう。それが、俺の周りにいるカメラ好きの共通点。それは、どういう感覚なのだろうか。
俺は放課後、教室で窓から外を眺めていた。
「……本当にあんのかよ……そんなこと」
お店の店員や片村の言っていたことが分かりそうで分からない。その感覚を正確に言語化して伝えろと言っても、向こうは感覚だから上手く言葉に出来ないだろうし、難しいからかろうじて出た言葉が「思わず」だったのだろう。その感覚を俺は知りたい。そのために俺がまずすべきことを考える。
「中学一年の上田宏人です。カメラは始めたばかりですが、よろしくお願いします」
5月。制服が夏服になり教室では冷房が徐々に稼働し始める。そして、俺は写真部に体験入部した。拍手をする先輩たちや同級生たちに囲まれた俺は少し照れくさくなった。もちろん、その中には片村もいる。目が合った時、片村は嬉しそうに笑っていた。
「体験入部だけど、よろしくな」
「うん、よろしく」
カメラを首から下げた片村と手を握る。この日の活動は校内で自由に写真を撮ること。初めての俺は前を歩く片村の後ろを歩いていた。そして誰もいない教室にたどり着いた。片村はリュックを机に置き窓を開け、外にカメラを構える。俺はそんな片村をじっと眺めていた
「上田は自分で撮りに行かないのか?」
「片村がどんな写真撮るのか気になるじゃん」
「なんだそれ」
後ろ姿だが分かった。写真を撮りながら嬉しそうに笑っている片村の表情が背中から伝わってくる。しかし、自分でも思う。スマホはポケットにある。だが、今のところ写真は一枚も撮っていない。ならばなぜ俺は写真部に体験入部をしたのだろうかと。
「お前がそう言うなら俺も気になる。上田がどんな写真を撮るのか」
「え……?」
俺の方を向いた片村はカメラを下ろし、俺の目を見てまっすぐ伝えてくる。そして片村が微笑み俺に「行きたいところあるか」と尋ねた。
「屋上……かな」
「屋上か。いいね。じゃあ、さっさと行くぞ」
窓を閉めた片村は荷物を持って俺の横を通るタイミングで肩を優しく叩いてきた。なぜ行きたいのか、自分でもよく分からない。正直、片村の質問に自分は適当に答えた。廊下から俺の名前を呼ぶ片村の声に俺は急いで片村を追いかけた。
屋上に出ると、運動部の掛け声がより響き渡る。片村は先に来ていた他の先輩たちに挨拶をしてから空を眺めカメラを構え始める。以前も屋上で写真は撮っていたが飽きないのだろうか。
「俺も撮るか……」
スマホをポケットから出し、屋上からの風景を撮影した。しかし、クオリティーがいかにも素人が撮った写真だ。自分が撮りたいのはこういうのではない。未熟で不完全だ。撮り方を教えてもらおうと片村に声を掛けようとした。屋上から外を眺めている片村の後ろ姿を見た途端、俺は声を掛けることが出来なかった。その片村があまりにも美しく目が離せなかった。体験入部の挨拶の時の少年らしい片村ではない。俺にカメラを知るきっかけを与えた後ろ姿でもない。カメラを愛する一人の人間として、彼はそこに立っていた。
「……上田、どうした?」
「動くな」
俺の視線に気付き振り向いた片村。こちらに近づこうとする彼に俺はそう言っていた。
「え……?」
「いや、ごめん。なんでもない」
「上田……?」
俺は片村を置いて屋上を出ていった。階段を下り、下駄箱で自分の靴に手を掛ける。まだ他のクラスメイトの靴も多く残っている。それは片村も同じだった。
「そりゃ、まだ屋上いるからな……」
下駄箱に寄り掛かりながら自分でも自分がよく分からない。俺は一体何がしたいのか。なぜ俺は片村にこんなことを言っていたのか。知らない自分を抱えながら、俺は学校を出た。




