8 - 侍女とパーシス
シャルに描いて貰った魔法陣が定着する瞬間、ガラスの割れるような音と共に弾けて消えてしまった。
これは……失敗なのかしら?
「私と同じだわ……」
その声にシャルを見るとどこか茫然とした様子だったが、私と目が合うと焦ったように喋りだした。
「私ったら、魔法陣を描き間違えたのかも知れないわ! それとも、私が描いたのがいけなかったのかしら。次はお父様に描いて頂いて、もう一度……!」
「シャーリーン、落ち着きなさい。 魔法陣はしっかり描けていたし、私が描いてもう一度やったとしても結果は同じだろう。彼女は契約に失敗したんだよ」
「そんな……っ」
《シャル、どうしたの? ただ契約に失敗しただけじゃない。私とアイビーの関係は特に変わりないのだし、私は何も気にしていないわ。……でも少し、シャルと同じで嬉しい。なんて言ったら、あなた怒る?》
笑いながら聞くとシャルが抱きついてきた。少し、泣いているようだ。
「もう! カミールのばかっ。 あなたまで、私と同じように、落ちこぼれだと言われたりしたら! 私どうしようかと……。それなのにっ! でも……、私も不謹慎ながら、1人ではないと、同じ人がいると、少し安心してしまいました。 あなたは怒りますか?」
《怒るわけないじゃない。シャルは本当に可愛いわね》
泣いたり、怒ったり、でも最後は少し笑って窺うように聞いてくるシャルを抱きしめ返していたら、忘れていた。
「いいね、気に入った。カミールと言ったね? うちで働く気はないかい?」
公爵様がいたことを。
《公爵様、申し訳ございません。お嬢様に失礼な態度……を……? 今、なんと?》
「うちで働かないかと聞いたんだよ」
そう言う公爵様はとても素晴らしい笑顔だった。柔らかい雰囲気はシャルやイアン君と同じで、今まで私が見ていた人は何だったのか軽く混乱する。
「シャルはなかなか気が合わないのか、自分付きの侍女がまだいなくてね。今は侍女頭のエノーラがいろいろしてくれてるみたいなんだが、流石に彼女を嫁ぎ先にまで連れて行くとなると、こちらが困ってしまうからね。それに婚約者が出来たのだから、いくら護衛とはいえパーシスと2人で行動するのもあまり良くない。だが、エノーラは忙しいから屋敷を離れるのは難しい」
《つまり……気が合い、共に行動でき、嫁ぎ先にまで付いて行ける侍女が欲しいということですか?》
「そう言うことだね。シャルも随分君には心を許しているようだし、言葉遣いや所作も基礎があるようだし少し学べば大丈夫そうだ。 勿論、働くのだから給金もしっかり支払おう。月に100マルクでどうだい?」
いきなりの展開に少しついて行けない。
月に100マルクは今までの月の収入の3倍近い金額になる。そんなに貰っていいのだろうか? それとも公爵家に仕えるのだから当然の金額なのだろうか? お金のことは聞かれてもよく分からないので困る。
「あまり乗り気じゃないかい?」
《いえ、シャーリーン様にお仕え出来ることはとても光栄でございます。 ただ、今返事を致しますと、お給金に釣られたようで少し……。ですので、シャーリーン様が私でいいと仰って頂けるようでしたら喜んで仕えさせて頂きます》
そう言ってシャルを見ると、さっきの名残もあるのかまた少し瞳が潤んでいる。
「私は、カミールと毎日一緒に居られるのはとても嬉しいわ。あなたには何でも話せるし、初めての同性の友人ですもの。 でも、だからってあなたを私に縛り付けるのも……」
《シャル、私も兄妹はたくさん居るけれど友達はアイビーだけなの。久しぶりに出来た友達の力になれるのはとても嬉しいことだわ。私は進んであなたの元に行くのよ、あなたが拒否しなければ》
「そんな!拒否だなんて!」
《では、これからよろしくお願い致します。お嬢様》
「あ、……ふふふ。はい、こちらこそよろしくね。 でも、お嬢様は無しよ」
少し誘導的ではあったが、シャルに仕えることに決まった。
呼び方は流石に主人を愛称で呼ぶのは良くないので、公の場ではシャーリーン様になった。
普段はシャルのまま。意外に頑固な一面もあったのです。
その後、少しご機嫌に見えた公爵様は、また冷たい雰囲気を纏うと公務があるからと王城に戻っていった。
私たちは今馬車に揺られている。
道案内のため御者をするパーシスの隣に座っているので、馬車の中は空っぽだ。シャルはお勉強があるらく屋敷に残っているので、2人きりだ。
今からは家に荷物を取りに行くのと、仕事を辞めるので牧場の夫婦への謝罪と挨拶。——今日も仕事だったのをすっかり忘れていた。
孤児院にも行き、母にも事情をはなす。カザルムさんとの商談が無くなるのは少し寂しいかもしれない。
苦手なパーシスから気をそらすため、いろいろなことをぼんやり考えていた。
「あのさ、……いやいやそんな構えなくても何もしないってー。まあ、そういうのも俺に原因あるんだろーけど。 悪かったね」
《は?》
突然の謝罪に思わず声が届いてしまった。
「は? って! あはは! だから、ごめんなさいってことだよ。ははっ!……」
「ふぅ。 俺も昔腐ってたところをお嬢さんに拾われて、旦那様に急に雇われた身でね。あの家族にはいろいろと恩がある。 だから変なのを近づける訳には行かないし、いろいろ怪しかったあんたは少し警戒してたんだよ」
散々笑った後、今までとは違いさっぱりとした態度でいろいろ話してくれる。
《私別に怪しくないでしょう?》
「ごろつきに絡まれてんのに、取り乱しもせず無表情で突っ立ってるし、そうかと思えばヤバそうな気配はするし、最後には喋れないときた。 怪しさ抜群だろー」
「まあ、ヤバそうな気配はアイビー?だった訳だけどさ、いつも落ち着いてるし、修羅場には慣れてんのかと」
成る程。そう聞くと確かに少し、怪しく感じなくもない。でも、
《別に無表情ではないでしょう? あなたがへらへらし過ぎなだけよ。 それに落ち着いているのは、この力のせいね。心が乱れると上手くいかないから、その辺の練習もしていたら、大抵のことには動じなくなったの。一応、怖いとか思ったりはするのよ?》
「へらへらって、厳しいなあー。 まあ、事情はよく分かったし、昨日や今日の態度とか見ててもあんたは大丈夫だと思ったよ。だからなんか嫌われてるみたいだから、仲直りーと思ってさ。いいタイミングだし?」
どうやらパーシスに認められたらしい。
仲直りも何も、直すような仲ではなかったのだが……少し複雑な気分だが、彼も悪い人ではないことは分かる。今なら少し、このへらへらした顔も可愛く思える。かもしれない。
「これから一緒に行動することが増えるだろうし、同じくお嬢さんを大切に思うもの同士仲良くしよう」
《そうね。へらへらしたあなたと無表情の私、2人並んでいれば丁度いいかもしれないしね》
「……悪かったって。 俺だっていつもへらへらしてる訳じゃないし」
笑顔で言うパーシスに無表情で返せば少し落ち込んでいた。
彼とは仲良くなれそうな気がする。そう思うと思わず笑みが溢れた。
《そういえば、なんか今日の公爵……旦那様、おかしくなかった?》
「あー、あれなー。 公私で顔と雰囲気とを使い分けてんだよ。公務の時はにこりともしないくせに身内には凄い優しくて、特にシャルには甘々だなー。 だからあの人の場合、優しくされたってことは認められたってことだよ」
成る程。旦那様の本性もわかってスッキリしたところで、今までとは全く違うこれからの生活を考える。
大変そうだけれど、楽しくなる予感がするわ。




