9 - 男×女≠恋
公爵家に来てから数日が経った。
あれからシャル付きの侍女のため、住み込みになるので荷物を取りに行ったけれど、持っていく量の少なさにパーシスが驚いていた。
家は元々母のもので、借りている形だったのでお礼を言って返してきた。
また成人してあそこを出ることになった子が使ってくれればいい。ただ、場所が場所なだけに、私みたいな物好きくらいしか使わなさそうだが。
屋敷に戻ってからは、今日はまだお客様だからと言われ、シャルたちと一緒のテーブルでお昼を食べて夕方くらいまでのんびりと過ごした。
夕食後にはエノーラさんを紹介された。
今まで普通に生活してきた私にいきなり侍女が勤まる訳もないので、始めはエノーラさんの補佐という形になった。
本邸の裏側にある建物が使用人棟になっているらしく、ここが私の住む場所になる。
パーシスは護衛のために、本邸のシャルの部屋近くに個室があるらしく、私も正式な侍女になり次第本邸に移るようだ。
アイビーも一緒にここに住むことになり、ライリーと共に自由に敷地内を闊歩していた。
エノーラさんはさすが侍女頭を任されているだけあり、仕事が丁寧かつ素早い。そして慣れているのか、教え方もとても上手だった。
旦那様にも言われたが、基礎があるため細かいところをきちんとすれば大丈夫そうとのこと。何故か昔から仕種や言葉遣いなどに厳しかった母に今は感謝した。
初めてのことだらけでとても大変だったけれど、会えば心配や励ましの言葉をくれるシャルやイアン君には助けられた。たまにアイビーとライリー、ついでにパーシスも。
あと、イアン君とも会話が出来るようになった。
この屋敷、というか貴族には魔法が使えない人の方が少なく、生活の中で魔道具などが多く使われるため、使用人も魔法が使える人が雇われることが多いらしい。——確かにここの浴室では、薪ではなく魔道具のような物でお湯を沸かしていた。
その為、エノーラさんとも普通に会話をしながら教わっていた所をイアン君が目撃したらしい。
隠していた訳ではないので、聞かれるまま紙に書いて答えた結果、自分だけ話せないのは嫌だと言われ後日、お抱えの医師付き添いのもと試すことに。
いつも以上に神経を使ったが、見事無事に成功したらしく、それからはイアン君とも会話をするようになった。
そんなとても濃い日々を過ごしていた。
そして今は本邸と別邸の間の庭で、他の使用人たちのシーツやタオル、シャツの洗濯をしているところだ。
まだ仮ではあるが、シャル付きの侍女のため、普通の使用人の人たちよりも立場が少し上になってしまったが、年齢や経歴などでは全然下っ端なのでこういった雑用もする。これはエノーラさんの計らいなのだが、お陰で他の人たちとも仲良くやれている。
最後の1枚を干そうとしたところで強めの風が吹き、タオルが飛ばされてしまったが……
「おっと、ナイス俺」
《パーシス、ありがとう。よくやったわ》
「犬かよ!」
丁度パーシスが通りかかったことで助かった。
パーシスとはあれからよく話すようになり、元々気が合う性格だったのか、今では軽口も叩けるくらいの仲になった。歳も同じだったのが大きいかもしれない。
《休憩に来たの?》
私たちのお昼は休憩の時間に別邸の調理場で自分たちで用意して食べることになっている。ちなみに夜は本邸の厨房で料理長が作ってくれた物が食べれる。——シャルたちとは流石に違う物だが。
その為、てっきりパーシスもお昼休憩だと思ったのだが、
「いんやー、俺はさっき食べた」
違ったらしい。
「シャルがカミールに話があるって。今テラスで休憩してるから、洗濯終わったなら行けるか?」
《大丈夫だけど、シャルが?》
もうすぐ長期休暇が明けて学校が始まるらしく、シャルは勉強の時間が増え、私も覚えることが大詰めで忙しくしていたため話す機会は少し減っていた。
わざわざ呼び出してまで話す内容とは何か考えるが、パーシスを見る限り大変なことでは無さそうなので一安心だ。
2人で本邸のテラスに向かい歩いていると、花壇や庭に咲いた色とりどりの花たちが目に入る。広い敷地内には様々な種類の花が庭師の手によって整えられ実に綺麗だ。
花壇の花は多少は自由にしても大丈夫なので、何色か少し摘んで持っていくことにする。
「ん? あー、シャルに持って行くのか。 随分侍女らしいことするようになったなー」
《もともと花は好きなのよ。私の名前もカモミールの花が由来って母から聞いてるの》
花言葉は【逆境で生まれる力】
カモミールの花に囲まれるように置き去りにされた声の出ない私に、母がつけてくれた名前だ。
捨てられたことを知って悲しくはあったが、母の愛情も感じそれに応えられるよう生きたいと思った。
《だから私は自分の名前がとても好きだし、色々な花言葉を調べてるうちに花も好きになったの》
「ふーん」
適当な返事に呆れたようにパーシスを見ると、想像していたのとは違った優しい表情をしており、少し熱く語ってしまった自分に恥ずかしくなる。こういう時顔が整っている人はずるいと思う。
そういえば……
《パーシスはメルヴィル王子を見たことある?》
「そりゃー見たことってか会ったことあるけど、いきなりどうした?」
《会ったこともあるのね。 私はまだ見たことすらないのだけど、とても美麗な方って聞くから》
「あー、確かに外面は凄いいいからなー。まあ、会えば分かるよ」
なんだかとても不敬な言葉が聞こえたけれど、確かに公爵令嬢ともなれば王族と会う機会もあるのかもしれない。
まだ先の話だとは思うが、シャルに付いて行動を共にするとなれば、私も当然いずれは会うことになるのだろう。その時は粗相のないよう気をつけなくては。
そんなことを考えつつ歩いているとテラスに着いた。途中で屋敷に入り花瓶も忘れず取ってきた。
「カミール、急に呼び出してしまってごめんなさいね? パーシスもありがとう。 あら? お花?」
《とても見事に咲いていたので、お茶のお席にどうかと思いまして》
「ラナンキュラスね。今日みたいに天気のいい日にはこの色合いは映えるわね。ありがとう、とても可愛いわ」
気に入って貰えたようでよかった。エノーラさんも笑顔で頷いているし、侍女としても大丈夫だったようだ。
「それでね、話なのだけれど、実は明日メルヴィル様にお茶に誘われて……」
メルヴィル様はシャルの婚約者だ。
なんでも先程、彼の従者がシャル宛ての手紙を持ってきたらしい。内容は、明日2人でのお茶のお誘いらしい。勿論断る理由もないので、その場で了承の返事を書き預けたようだ。
彼のことが大好きなシャルからしたら喜ばしい話の筈なのに表情がやや硬いのは何故なのだろうか? 理由は話の続きですぐに分かった。
「あのパーティから一度もお会いしてないの。だから、どう接したらいいのか。 婚約者ってどうすればいいのっ!?」
嬉しさのあまり空回って緊張して、混乱しているらしい。
「それに……」
シャルは言わないけれど、きっと前に言われたことを気にしているのだろう。
パーシスに聞いた話ではメルヴィル様もシャルのことを好いているようだし、他人の事など気にしなくてもいいのに。けれど、そんなに上手くいかないのが恋というものなのだろう。
「ですから明日、カミールはずっと私の傍に居てちょうだいね」
話の繋がり方がおかしいのもきっと、恋のせいだ。
《シャーリーン様、それは一体どういうことでございましょう?》
「大丈夫よ、エノーラの許可はもう貰ってあるの。今からカミールは正式に私付きの侍女よ!」
相変わらず可愛いらしい笑顔のシャルから、エノーラさんに視線を移す。彼女も微笑みながら頷いた。
どうやらエノーラさんから合格が出たらしい。とても嬉しい。
なんでも、少々急ではあるが取り敢えず外にだしても公爵家の恥にはならないということ、実際に1人でやらなければ学べないこともあるとのこと。
その他の理由としては、私もシャルに付いて一緒に嫁ぎ先に行くので軽い顔合わせのようなものもあるらしい。
その為、私も急遽王城に行くことになったようだ。
……ん?
《王城、ですか……?》
「え? ええ。メルヴィル様からのお誘いですから」
《……?》
どことなく会話の噛み合わない私たちをみて、パーシスがこっそり教えてくれた。
「メルヴィル・ラドフォード。 この国の王太子殿下だよ。なんか怪しいと思ってたけど、やっぱり気付いてなかったかー」
《誰も相手が王子だなんて言ってなかった》
「名前を聞けば、普通は分かるからね」
《……。》
まさかシャルの婚約者が王太子殿下だったとは。
確かに王子と同じ名前の貴族は普通いないだろう。しっかり考えれば分かる。
自分の仕事や所作を覚えることばかりで、そういった考えが少し足りなかったようだ。
シャルはメルヴィル様で、他の人たちはあのお方呼びだったのも気づかなかった原因だろう。
「なあに? 2人で内緒話して。 最近、本当に仲がいいわね」
2人でこそこそ喋っていたら、シャルが少し楽しそうにこちらを見ていた。
最近、シャルは変な勘違いをしている。
《シャーリーン様、何度も申しますが私とパーシスは仲はいいですが友人でございます。 それに、私はこういった甘ったるい顔は好みでございません》
「甘ったるいって……そこまではっきり言われると悲しみも怒りも湧かないなー」
苦笑いのパーシスは放置して、納得いかないという顔のシャルを見る。
同性の友人がいないと言っていたから、恋の話に飢えいるのだろう。しかし、相手のいない私にはまだ聞くことしか出来ないので……
《それよりも、明日の服装などはお決めになられたのですか?》
今は話を逸らすしかない。
それからは、焦った様子のシャルと共に部屋に戻り明日のドレスを選び、その後は寝るまで王子の話を聞くことになった。
上手く話は逸らせたが、成功だと言えないのは何故だろう。
明日は正式な侍女となって初めての仕事だ。しかも相手は王太子殿下。
少し緊張しながらも私も眠りに就いた。




