10 - いざ、出陣?
昨夜は早めに寝たおかげか、目覚めはとてもよかった。
天気にも恵まれたようでなによりだ。上から降り注ぐ陽射しを浴びながら思う。
今はここへ来てからの日課である、裏庭——本邸と別邸の間にある庭の花壇の水遣りの最中だ。
それを終えると、表側にある庭に建つ魔獣舎へ向かう。
ビニールハウスのようなこの建物の中は小さな森のようになっており、保護された魔獣が自由に過ごしている。
建物の周りには結界が張られているが、扉の開閉の際には少し緩むので、注意しないと勝手に出て行ってしまう。
中に入るなり目の前に現れたレバンに驚くが、また扉を開けて一緒に外に出た。
私は動物に好かれやすいが、魔獣には特に好かれるようで、今では魔獣舎にいる魔獣はすべて懐いている。
なのでここに引き取られた、まだ人に慣れていない魔獣を人の生活に慣らすため、なるべく毎日1匹ずつ私の側に置いている。
一度人間と契約をしてしまうと、破棄したとしても野生では嫌われてしまうようで、人に慣らしてもう一度誰かと契約出来た方が彼らにはいいらしい。
人間の都合で振り回されて、いい迷惑よね。
空はこんなに広いのに。
大きな翼を広げ飛び回るレバンを見て、少し悲しくなる。頭のいいこの子は分かっているのか、自由に飛べるのにも関わらずこの公爵家の外に出ていかない。
自由な筈なのに、見えない鎖で縛られているようだ。
その後、本邸2階の新しい自室に戻り身だしなみを整えると、廊下に出て直ぐ右側、突き当たりにある大きな部屋に行く。
行く時にちらりと見た私の向かいの部屋は静かだ。恐らくもう起きて、どこかで朝の鍛錬でもしているのだろう。
扉の前にたち、ゆっくり4回ノックする。
返事は返ってこないが、扉を開けて室内に入りお辞儀を1つ。
窓際に置かれた存在感のある大きなベッドに近づき、 窓とカーテンを開ける。
窓枠に外から来たレバンが止まった時、ベッドから声が聞こえた。
《おはようございます。シャーリーン様》
「……。おはよう、カミール」
シャルは寝起きがとても良く、起こすのはとても楽なのがありがたい。
「今日からはあなた1人なのだし、シャルでいいのに」
最近はずっとシャーリーン様と呼んでいたので、シャルも慣れたかと思ったが違ったらしい。
《分かったわ。人の居ない時は普通に話す約束だものね》
侍女としては失格だろうが、私は友達として側で支える為に侍女になったのだから、シャルが喜ぶのならそれでいいだろう。
ただ、侍女のあり方について細かく教えてくれたエノーラさんには悪いと思うが。
ベッドから起き上がり挨拶するシャルに、レバンは少し慣れたのか一鳴きして答えると、また外に出て屋敷上空を飛んでいた。
軽く支度を整えたシャルと共に下に降りる。
ダイニングテーブルにはイアン君と今日は旦那様もいた。普段は仕事が忙しいらしく食事は別になる事が殆どなので、2人とも嬉しそうだ。
食後のお茶を準備しながら話を聞いていると、今日の殿下との約束は昼頃に従者が迎えに来るようだ。
なのでその前にシャルの支度を終えて軽く私も食事を摂らないと、などと考えていると旦那様から声がかかる。
「カミール、昨日から正式に侍女になったらしいね? シャルを頼んだよ」
《はい、精一杯勤めさせて頂きます》
「レバンも以前に比べて大分人に慣れてきたようだね」
旦那様の目線を追うと、開いている窓の枠に止まり毛繕いしているレバン。
確かに他の使用人たちもいて人が多いにも関わらず、随分リラックス出来ているのは進歩かもしれない。
その後少し話をして、私に頼みごとをすると旦那様は仕事のため王城に向かった。
部屋に戻るとシャルの支度だ。
入浴して、着替えて、髪を整えて、女の子は時間がかかる。少し早いかもしれないが、万が一、迎えの方を待たせるなんてことになったら大変だ。
昨日悩み抜いた末に決めたのは、淡い黄色のエンパイアラインのドレスだ。袖は3レイヤーになっており、袖口と裾にある小花柄の刺繍が可愛い。
少しシンプル目にしたのは、色鮮やかな花が咲き誇る王城の庭園に行くだろうと、パーシスが言っていたからだ。
このぐらいの方が庭園では逆に映えるだろうし、あまり裾の広がったドレスでは邪魔になって殿下と近づけないだろう。
そうシャルに伝えた時は顔を赤く染めて反対していたが、最後にはこのドレスを選んだ所を見ると、やはり近くにいたいのだろう。
思い出すと微笑ましいが、シャルに見つかると怒られるので堪えながら着替えを手伝う。
髪のサイドを少し編み後ろで纏めて完成した所で、支度の為部屋の外で待機していたパーシスを呼び、私は急いで軽めの昼食を摂りに行く。
途中会った使用人仲間たちからは、帰ってきたら王子の話を詳しく聞かせて欲しいとねだられた。やはりここでも殿下は人気のようだ。
部屋に戻ると緊張してそわそわしているシャルと、呆れ顔のパーシスがいた。
婚約しただけでこうも相手に緊張するのが分からない私は、女性としておかしいのだろうか。
「昨日はカミールも緊張して見えたんだけど、今朝見た時からは全くだね?」
《え? ああ、緊張してもしかたないと思ったのよ》
突然話しかけられ、考えごとをしていたせいもあり少し反応が遅れたが、一晩寝て思ったことを伝える。
《私はシャルの為にいるのだから、別に相手にどう思われようが関係ないと思ってね》
もちろん失礼の無いように接するが、それで相手に気に入られなかったとしても私はシャルの侍女だ。殿下に会う時には必ずシャルが一緒にいるだろうし、シャルが私を手離さない自信もある。変に気負う必要などなかったのだ。
まあ、シャルの大切な人なので出来れば良好な関係が望ましいのだが。
そう伝えるとパーシスから溜息が。
「はあ〜。 流石というか何というか。図太いよねー、お前」
褒め言葉として受け取ろう。
その後はパーシスがシャルをからかい、シャルがそれに対して怒る。
よく見るやり取りを聞いていると、立派な馬車が門を抜け屋敷に近づいてくるのが窓から見えた。
少し離れていてもよく分かる、大きな翼を広げた鳥のような紋章は王家のものだ。
「シャル、お迎えが来たみたいだぞ」
「っ!」
同じく気づいたらしいパーシスの言葉にシャルが凍り付いた。
パーシスのおかげでいつも通りになったと思ったが、振り出しに戻ったようだ。
「迎えが来ただけで、殿下はまだいないだろう」
「……そうよね」
しかし、上手いこと言ってシャルを下に促すパーシスは、出来る男だ。
下に降りるとエノーラさんが、迎えの人だろう青年と話をしていた。
「アル!?」
彼を見るなり驚き、駆け寄っていくシャルを不思議に思い見ていたが、頼りになるパーシスの耳打ちによれば彼は、あまり側に人を置かないメルヴィル殿下の唯一の側近で近衛の、マスグレイヴ侯爵家嫡男、アルヴィン・マスグレイヴ様らしい。
確かに、立ち襟シャツの上に黒色のロングコートのようなチョハにブーツ、腰のベルトに提げられた剣など、騎士様の服装だ。チョハにある刺繍で位の高さが分かるらしいが、私にはよく分からない。彼の場合は両袖に鮮やかな金刺繍があった。
「あの人が迎えに来たってことは、何かあるなー」
そんな人の出迎えに驚いていたらしいシャルとの話が終わったらしく、彼のエスコートのもと馬車に向かうのを、何故か怪しんでいるパーシスと共に続く。
「? ……! なっ!? な、ななん、なっ!?」
「そういうことね」
意味不明な声が聞こえたので見れば、馬車の中を見て口をパクパクしているシャルと、それを見てこれまた意味不明なことを言って御者席に向かうパーシス。
そして苦笑いをするマスグレイヴ様。
不思議に思いシャルの隙間から見た馬車の中には、車窓から差し込む光に照らされて輝く、プラチナブロンドの髪と澄んだ碧色の瞳。
とても見目麗しい方の浮かべる、したり顔だった。
この話の騎士服はコーカサスの国・ジョージア(旧称グルジア)の民族衣装を参考にしています。
興味があれば調べてみて下さい。
かっこいいです……!




