珈琲と煙草と
「1口いります?」
美味しそうに食べる彼女に気を取られていただけなのに、どうやら俺がアジフライを欲しがっていると勘違いしたそうだ。
「そんな美味しそうに食べる人から奪えないですよ。」
俺はいつもこうだ。
他の誰かの方が熱を帯びていたら奪う権利がないと思ってしまう。執着していないと言ったらそれまでだが、俺は今まで何かに熱を帯びたことはあっただろうか。
......いや、アジフライ1つで何を真剣に考えているんだ。
「ところで本当にアジフライ定食でよかったんですか?悩まれていましたよね。」
「私、優柔不断だから、いつも店員さんが来てから思いついた方を頼むようにしているんです。」
全く不思議な人だ。
そもそも同い年くらいだよな、こんな平日の昼間から何が良くて知りもしない男と逃避行なんてしているんだ。
「ところでナナさんは普段何をされているんですか。 」
マッチングアプリの初対面みたいですね、と彼女は軽快に笑った。
「普段は東京、と言っても23区外ですが、小さな高校で教員をしています。」
教員?この人が?と思ったのは墓場まで持っていこう。
「先生なんですね。どうりでコミュニケーション能力が高いわけだ。」
瞬間彼女が少し俯いた。
が、すぐに顔を上げて「よく言われます」とこれまた明るく笑った。
よく笑う人だな。
「私、人と話すことが大好きで。1人よりも誰かと一緒にいる時間の方が楽なんです。」
なるほど、俺とは正反対の人種だ、と肌で感じた。
眩しく感じるのは、新潟の晴天のせいだろうか。
ところで、と彼女が口を開いた。
「タクミさんもお好きなんですか?」
「そのバッグ、ツアー限定のものですよね。私も色違いを持っているんですよ。」
元カノが置いていったものを有効活用しているだなんて口が裂けても言えない。
「そうなんですよ。と言っても聴き始めたのは3年前からとかですが。」
「そうだったんですね。ライブ定番のこの曲是非聴いてみてください。」
半ば強引に右耳へイヤホンをつっこまれた。
「.....いい曲ですね。」
ただでさえ大きい彼女の目は更に大きくなった。
「そうなんです。特に私は『光に憧れて灯りを吹き消している』の部分が好きで。」
苦しくなった。
この曲の主人公が自分の姿を投影しているようだった。
そんな俺を置いていくように彼女はバンドへの愛を語っていた。
「ちょうど、新潟県が彼らの出身なんですよ。」
もちろん知っている。
小さい町だ、地元出身のバンドくらい把握済みだった。
耳が痛い。
程なくして珈琲が来た。
彼女の様子が心ここに在らずだった。
「ミルクと砂糖お願いしましょうか?」
「あ、違うんです。珈琲はブラック派で.....ここって喫煙可能ですかね。」
彼女はバツが悪そうにそう言った。
......驚いた。
いかにも天真爛漫な少女のような人なのにタバコを吸うのは意外だった。
「すみません、ここって喫煙可能ですか?」
はい灰皿お持ちしますね、と店員さんが言うやいなや彼女は電子タバコを取りだした。
「電子派なんですね。」
「.....本当は紙の方が好きなんですけど、匂いが着くので。」
そう言って彼女は煙を吐いた。
非喫煙者の身から言わせると電子も相当匂いがするが、そこはスルーした。
案外人は見かけによらないなと思いつつ、俺もまたそうか、と自分自身に少し呆れた。
『簡単に分かってるって言わないで。仮に、奇跡的に、その人間の1から100を知ったとしても他人の0まで分かるわけないんだから。』
元カノに言われた言葉を思い出した。
今日会った彼女のことを分かっていたような気がして、頭が痛くなりそうだ。
とたん、珈琲と煙草の匂いが鼻の奥をツンと指した。




