青海川駅とアジフライ定食
駅に着くまで、お互い何も口を聞かなかった。
時折、彼女の頭が肩に当たった。よくもまあ得体の知れない人間の隣で寝息を立てられるものだと感心した。
目的地に着く頃には彼女は起きていた。
「ここで降りようと思います。」
そう言うと彼女は微笑んで後を着いてきた。
呑まれるような日本海の大波は意外にも静かだった。
「.....綺麗!こんな素敵な駅、よくご存知でしたね。」俺のことが好きなのか?と思ってしまうくらい愛想がいい彼女にたじろいだ。
「半年前から調べていたもので。すぐそこに雰囲気のいいレストランがあるそうなので行きませんか。」
.......半分嘘だ。
彼女はご機嫌に「いいですね、行きましょう。お腹空いた。」そう言った。
俺は一体何をしに来ているんだ。
―
昔好きだったバンドを思い出した。
新潟県出身のバンドで、よく一人で足を運んだものだ。
あの頃見た青海川駅はとても澄んでいた。世界は広くて、先の見えない将来が漠然といいものになる、そんな気がしていた。
「迷いますね...何にしようかな。」
少し俯いてメニューに夢中な彼を見た。
通っている鼻筋、低く落ち着く声、切れ長な奥二重。結構、いやかなり女には困らなさそう。
手元にあるもう1枚のメニューを手に取った。アジフライ定食、ナポリタン.....2択だな。
「あっ、と何にされますか。」
絶妙な間合いで訊ねられた。そういえばお互い名前を知らない。
「私、ナナです。2択で迷っているのでお兄さんが決まっていたら注文しちゃいましょう。」
切れ長な目を少し丸くしながらも彼は店員を呼び、注文を始めた。
「ナポリタンとアイスコーヒーですね。かしこまりました。お客様はいかがなさいますか。」
「じゃあアジフライ定食と、アイスコーヒーでお願いします。」
「かしこまりました。コーヒーは食後にお出ししますね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
静かな店内から見える新潟県の空はやけに明るかった。
目の前から視線を感じ、顔を向けた。
「ナナさんは今日どうして俺の誘いに乗ったんですか?」
いきなり本題に持ってくるな、意外と話すことが好きなのだろうか。
「ちょうど逃避行してみたかったからですよ。」
私は軽く笑いながらそう答えた。
そうですか、とまたもや見た目にそぐわない柔らかな表情で彼はそう言った。
彼の名前はタクミと言うらしい。
有給消化を兼ねて、以前営業で足を運んだ新潟県で気になっていたこの駅に今日は出向いたとのことだった。意外とアウトドアなのだろうか。
「それにしてもタクミとナナって。どんな偶然なんでしょうね。」
しまった。相手が私の好きな漫画を知っている前提で話を進めてしまった。ほらまた目が丸くなっているじゃない。
「あ、すみませんつい。私の好きな漫画で同じ名前の2人が出てくるんですよ。」
タクミさんは納得したようにこう続けた。
「それってもしかして、」
驚いた。
「昔付き合っていた人が好きで、よく話していたもので。」
続けてタクミさんはそう言った。
心無しか表情が曇って見えたが、すぐにまた柔らかな表情で「俺はヤスが1番いい男だと思いますよ。」と笑っていた。
間もなく、料理が運ばれてきた。
「「いただきます。」」
初めて食べるこの店のアジフライ定食はどこか懐かしさを感じた。




