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秘密

 彼女が行きたがっていた場所はどうやら海らしい。確かにホテルから海は見えていたものの、こんな近くに砂浜があるなんて知らなかった。


到着すると彼女は大喜びで海辺へ駆けて行った。とても余命一年の病気を患っている様には見えない。僕は後から歩いて着いて行き、近くの段差に腰を下ろした。彼女を観察しながら少し考える。一体何についての話だろうか。やはり余命のことだろう。夜の暗さで彼女の顔が良く見えないように数字もそのまま消し去ってくれないだろうか。いろんな考えが頭を錯綜する。

 彼女と関わっているとこんなことばかりだ。以前は他人のことなんて何も考えず、ただボーッとして生きてきただけなのに。

「ほんとに海っていいよねー、この波の音が好き。朝起きたらすべてを消してしまいそうな感じが心に響く」

そりゃあ消してしまいたくもなるだろう。あんな数字を持っていたら。

「あーあ、また難しい顔をしてる。せっかくの校外学習なんだからもっと楽しみなよー。日中もずっとつまらなさそうな顔してたでしょ?」

「余計なお世話だ。それよりも話しって何だ?」

僕も立ち上がり砂浜へ寄っていく。彼女の顔は暗くてよく見えない。良くも悪くも。

「あー話し?もうしてるじゃん」

「え?」

「君と今話してる。これが私のしたかったこと」

暗闇でよく見えないが、彼女の口が三日月のようになったのは見える。

「別にここじゃなくてもよかったじゃん」

少し歯痒くて海を眺める。

「私は海が好きなの。海って人を変えるじゃん?なんか不思議な魔力があるっていうか」

そう言いながら彼女は波打ち際まで歩く。

「おい、濡れるぞ」

「分かってる。なんかちょっとだけ靴を濡らしたい気分なの」

彼女が何を考えているのかまったく分からない。

「ねえーちょっとこっち来てよ」

しゃがんだまま彼女が言う。

「なんで?」

「いいからー」

仕方なく彼女に近づく。しかしながら不用意に近寄った僕が馬鹿だった。

「えいっ」

「うわっ」

胸元あたりが冷たくなったのを感じる。

「あはははははっ、いくら君でもそんな声が出るんだね」

流石の僕でもイラっとくる。

「もう帰るぞ?いくら僕でも海ほど心は広くない」

「あははははっ、ごめんってー。あはは、もうちょっとだけ遊ぼ?」

何がそんなに面白いのだろうか。ずっと笑い呆けている。もはや不気味だ。深夜テンションにしては早すぎる。

「あははっ、あーおもしろすぎて涙出てくる」

そう言いながら彼女は段差に腰掛ける。こんな彼女を放っても置けないので仕方なく僕も隣へ腰を下ろす。

「あー面白かった」

ヒックヒック言っていた彼女もようやく落ち着いてきた。




 静かな海のサウンドトラックが僕たちを包むのを感じる。

付近に街灯はなく、自分の手ですら目を凝らさないとよく見えない。

静寂と暗い空間は僕がこの世から消えたように錯覚させる。

遠くに見える船の赤いランプだけが、かろうじて僕をこの空間に留まらせる。

そんな、何もないけどなんでもあるような虚空が心地よい。

無限に続いてもいい。

時が止まればいい。

そう感じていた。

「私さ、余命十一ヶ月なんだよね」

急に現実に引き戻される。

「え、うん。知ってるよ」

「なんで?」

「なんでってそりゃあ君がこの前教えてくれたからじゃん」

「ほんと?」

「ほんと?ってどういうこと?」

「君はもともと私の余命について知ってたんじゃないの?」

「えっ?そんなことないよ。逆にどうやって知るんだよ」

急にどうした?鼓動が少し早くなる。

「私この一ヶ月ぐらいずっと考えてたんだよね。私が前、君に余命を話した時に君はとても落ち着いてたじゃん?それがどうも違和感だったから。何かしら前もって知ってたんじゃないかなと思ったの」

「いやいやそんなことないよ。僕だって前に聞いた時とても驚いた。それに君と会ったのは前が初めてでしょ?たまたま君がそう感じているだけだよ」

確かにリアクションが少なかったかもしれない。あの時の自分を叱咤する。

「ほんと......?」

彼女がこちらを向いているのが分かる。顔は見えなくても表情は真剣だ。

「ほんと......だよ......」


彼女の念が体に通じる。

彼女の気持ちが嫌なぐらい伝わってくる。

「そっか。君がそう言うのならほんとだねっ。ごめん変なこと聞いて」

空気が少し揺れる。立ち上がったようだ。

余命というのは彼女にとって、とてもナイーブなところだ。そんな安易に触れていい場所ではない。それに告白してしまえば、僕が今まで嘘をついていたことがバレてしまう。


......。けれども、それでも......。彼女は......。


「待って」

「ん?」


一度大きく深呼吸をする。


「僕は人の余命が見える」


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