辛さは痛さ
「うわー。すごーい」
入るや否や、見渡す限り魚に囲まれる。
「水中トンネルになってるんだ」
「きれーだね。光が差し込んでて幻想的」
「確かに」
「なんか魚って泳いでるところを見るとうわーってなるよね。普段は食べることしかないから」
「そうかもしれないけど、それだったら牛とか豚にも言えるでしょ」
「うーん。日常生活では魚より牛とか豚の方がよく目にするからかな?」
「魚がかわいそうだ」
「ふふ、確かに」
水族館の中は比較的暗いため、彼女の顔はよく見えない。けれども頬をほころばせるのはよく分かる。
「次は何かな?あっ、熱帯魚だ」
水槽に駆け寄る。
「可愛いー。めっちゃカラフルだし」
僕も横に並ぶ。
「熱帯魚っていいよね。いろんな色の魚がいるし、体の形も様々。それぞれに個性があって可愛いよ。飼いたくなっちゃう」
「熱帯魚って飼うの大変らしいよ。水温調整とか水のphとかも合わせないといけないらしい」
「へー。そうなんだ」
「......phって何か分かってる?」
「流石に分かってるよ!やっぱり私のこと馬鹿にしてるでしょ」
「いやいやしてないよ。ほんと。してないしてない」
「まったく。まあどちらにせよ私には飼うのは無理だね。余命関係なく」
「そっか」
「まあ次行こう。先は長い」
「承知しました」
彼女に着いて行く。
毎度のことだが、僕が彼女の先を行くことは未だかつてない。というか今後もないだろう。
彼女は行きたい所に行くし、それに対して僕からの不満はない。逆に引っ張ってくれた方がありがたい。自分は特に行きたい所なんてないのだから。
「ここは深海ゾーンかな?なんか雰囲気が変わったかも」
「そうっぽいね」
今までより一段と暗く、青紫色の光が水槽から漏れ出している。
「ちょっと不気味だけど面白そうだね。あ、あれクリオネじゃない?」
「あれはクリオネだね」
「可愛い。ふわふわ泳いでて天使みたいだね」
「実際クリオネは海の天使って言われてるからね。でも悪魔とも言われてるよ」
「え、そうなの?」
「そうだよ、知らない?クリオネが餌を食べるシーン」
「あー知ってるかも。あの頭割れるやつか」
「そうそう。だから悪魔とも言われたりしてる」
「君は物知りだね」
「そんなことない。ただ横にあった説明文読んだだけ」
彼女が隣に目を向ける。
「なんだーほんとじゃん。ちょっと安心したよ」
「なんでだよ」
「私と同レベルで」
「それはちょっと嫌かも」
「じゃあ次からは説明文を見ずに解説してもらおうかな」
「悪魔じゃん」
「じゃあ私は天使かな?」
「そこはイコールにならないよ」
「なんだ。残念」
「当たり前でしょ」
「ちぇーだ。次行こっ」
「はいはい」
イコールにならない。
なるかもしれない。良くも悪くも。
「うわー、カニだ。美味しそう」
「カニを見て最初に言うことがそれか」
「そうでしょ。タカアシガニとか尚更。死ぬまでには食べたいな」
「いくら僕でもカニを食べに行くほどの財力はないね」
「一緒に行く前提なの?」
「今のはなしで」
「ふふ」
そんなこんなで僕たちは展示を回った。
彼女は展示を見るたびにキャーキャ言って楽しそうだった。あまりにもテンションが高いもんだから、周りの人から白い目で見られることもあって、僕にはそれが少し辛かった。
回っている中で迷子の子供に出会って、二人で親を探すーーという恋愛漫画の定番みたいなこともなかった。(期待していたわけではない)
そして僕たちは最後のイベント、イルカショーを見に行った。
「結構人いるね。お昼前なのに」
広々とした会場は多くの人で埋め尽くされている。
「水族館といえばやっぱりこれなんでしょ」
「現に私たちも見に来てるしね」
「うん。で、どこ座る?前の方?」
「うーん。後ろの方でいいんじゃない?」
「あれ、後ろでいいの?君ならてっきり濡れたいって言うと思ったのに」
「いや、服に塩水がつくのはちょっと」
「そう。じゃあいいけど」
二人でここなら濡れないだろうという席に座る。
「イルカショーを見るなんていつぶりだろう。童心に戻るよ」
「僕も最後に見たのがいつか分からない。けどイルカショーなんてただイルカがジャンプしたり泳いでるだけじゃん」
「それを言ったら身も蓋もないよ。人間の指示を聞けるのがイルカショーのすごいところでしょ。言葉がわからないのに」
「イルカは賢いからねぇー」
「今一瞬イルカと私の頭の良さを比較したでしょ」
「いやしてないしてない。そんなことしないよー」
「まったく......。流石にイルカには負けないよ」
「まあまず基準が違うしね」
「比べてもだよ」
「それもそう」
「会場へお越しの皆様。本日はようこそ......」
ステージへ目を向けるとトレーナーの人が二人、プールサイドに立っている。ようやくショーが始まるようだ。
正直なところ、興味は少しもない。
隣をチラッと見るとそこではいつも、キラキラさせた目をもつ彼女がいる。
やはり人生最後ともなると重みが違うのだろうか。一つ一つの物事に対する熱量が違う。
僕も見習うべきなのか。人生最後ではないだろうが。
いつもと違って、ステージに目を向けた。
「いやー。良かったね」
伸びをしながら彼女は言う。
「そうだね」
「思ってないでしょ」
「思ってない」
「やっぱり」
人混みにのまれながら足を進める。
「どうする?売店行く?」
「愚問だね」
「それもそうか」
「君は何か買わなくていいの?」
「いらないかなぁ。買っても渡す人いないし。自分用にはいらない。君と来たって思い出だけでいい」
「そう」
無意識ながらそっぽを向く。
僕たちは騒がしい売店の横を通り抜け、外へ出る。
久しぶりに太陽と目を合わせが、鬱陶しさはない。秋を感じさせる風が、彼女の帽子を少し持ち上げる。
「涼しいね。ちょうどいい気温」
「それには素直に同感できる」
時刻は二時前。思ったより水族館にいたらしい。
「お腹空いたでしょ?」
「空いた。お昼ご飯どうするの?」
「任せてよ。ちゃんと考えてあるから」
「結局コンビニ飯とかはやめてね。食べ飽きてるから」
「大丈夫!とりあえず私に着いて来て」
スマホを取り出して調べながら歩き始める。
とりあえずは問題なさそうだ。
「遠いの?」
「これまでの人生について語ってたら着くぐらい」
「何とも言えない」
「結構かかるよ」
「それは良かった」
海沿いを抜け、道路を歩いて行く。さっきまで聞こえていた波の音と打って変わって車の音が多く聞こえてくるようになる。
「お金いっぱいあるよね?」
「うん。今から君がカジノに行くって言わない限りは大丈夫」
「あははっ。舐めてもらっちゃ困るよ。こっちは運勢は最強だよ?悪運を余命にフルベットしてるからね」
「カジノは舐めない方がいい」
「あはは、大丈夫。カジノの誘いには乗らないから。今から電車には乗るけどね」
「逆方向でないことを祈るよ」
「その時は君も道連れだからね」
得意げな顔をする君が目に映った。
「あ、ここだ」
スマホと睨めっこをしていた彼女が顔を上げる。
「ラーメン屋?」
少し古びていて、風格がある。
「そうそう。来てみたかったんだー。君もラーメン好きでしょ?」
「まあそうだけど」
彼女にしては珍しいチョイスというか、予想外ではあった。
「とりあえず入ろう」
「分かった」
不穏な空気を感じながら、扉をくぐった。
中はがらんとしていて、カウンターに座っている人たちを除けば、他は僕たちしかいない。
「結構空いてるね」
「時間も時間だからね。わざとちょっと遅い時間にしたし」
メニューを開きながら彼女は答える。
時計を見れば二時を回っている。確かに遅い時間帯ではある。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
決まり文句を言いながらお冷を持ってきてくれる。
「あっ、もう注文いいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「え?」
「この激辛ラーメンを二つください」
驚いた僕を横目に彼女は淡々と言う。
「え?ちょ」
「はい、激辛二つ。以上でよろしいですか?」
「はい」
「はい、分かりました」
店員が去っていくと、彼女は一仕事終えたかのように水を口元に運ぶ。
「一応説明してもらっていい?」
「説明することなくない?」
僕も水を口に運ぶ。頭を間接的に冷やそうとする。
「僕まだメニューすら見てないんだけど」
「見てもどうせあれを選ぶでしょ?」
この女......。
「いろいろ調べてたらここの激辛ラーメンがおすすめだって出てきたから。食べたいなと思って」
「文化祭のこと忘れたの?」
「文化祭?あー、あの君が劇を見てた時に手を繋ごうとしてきたこと?」
思わず文字通り頭を抱える。
「どうなっても知らないよ?」
「ふっ」
勝ち誇った表情でこちらを見てくる。
もう一度水を口元へ運んだ。
「そういえば君はなんで辛いものが好きなの?」
「あー、辛いってさ、味覚じゃないじゃん?辛さって痛さと同じだから体にそのまま突き刺さってくるんだよね。一番食を感じられるっていうか。そんなこと聞いてるけど君も分かるでしょ?」
「ふふふ。うん。私と一緒。あれが一番生を実感できるんだよね」
「ただ辛すぎてもだけどね。前みたいに」
「確かに積極的すぎてもねぇ。女子からは引かれちゃうかも」
「まったく。今回ばかりはどうすることもできないから」
「分かってるって。ちゃんと頑張るよ」
「失礼します。激辛ラーメン二つです」
「お、噂をすれば。早いね」
「うわ、メニュー見てなかったから分からなかったけど思ったより赤いな」
「でしょ。美味しそう。では早速いただきます」
一旦彼女を見守る。
「ゲホッゲホッ」
「先が思いやられるんだけど」
「ゲホッ、あー。懐かしい、この感じ。辛いけど無理ではない」
僕も一口すする。
「だいぶ辛いな」
前のフランクフルトほどではない。
けれどもこの舌が痛くなる感じはやっぱり好きだ。
その後僕たちはただがむしゃらに麺をすすった。顔を紅くしながら、鼻水をかみながら、ただ麺をすすった。彼女に関しては涙も流していた。それが辛さによるものか何なのかは僕には分からなかった。ただ、笑顔なのは違いなかった。美味しかった。
「はああー、美味しかったね」
店を出ると彼女は口を開いた。
「なんかさ、言わされてない?」
「そんなことないよ。ほんとに美味しかった。まあ余裕だったね」
「よく言うよ。あんなにヒーヒー言ってたくせに」
「君も水飲み干してたじゃん」
「それはお互い様でしょ」
「へーだ」
正直なところ、彼女が本当に全部食べ切るとは思っていなかった。想像しているよりやるようだ。
「まあちょっと口直しに行こうか」
やはりそんなこともないらしい。
「いいよ。どこ行くの?」
「ここからちょっと歩いたとこ。食べ歩きスポットがある」
「分かった」
鼻をすする音が聞こえる。
その音も、ヒリヒリする唇も、心を温かくした。




