旅
あの後教室へ戻ったが、思ったよりも注目されなかった。数人の男子が僕をチラチラみながらひそひそと話していたが、それも無視した。
彼女はクラスで相変わらず人気者だ。そんな彼女が僕を連れて出て行くなんて本当に意味不明だっただろう。彼女もあとで聞かれたのだろうか。その時彼女は僕のことをなんて説明したのか......。考えても分からないが。
来週の日曜日についての連絡は次の日に来た。
・お金を多めに持ってくること
・集合は朝九時に徒桜駅で
・行き先は秘密
行き先は秘密?どこに行くのだろうか。それに朝の九時はなかなかに早い。どうなることやら......。
それから次の日曜日まで特に問題もない日々を送った。しかし、いつも通りの日々だったはずが、いつもより時が経つのが遅かった気がする。今となっては理由は分からない。遅いと思っていたものが、今の時点から考えると、とても早く過ぎたように感じる。以前はこれについてなんとも思わず生きてきたけど、今では少し空しく感じるようになった。
何がこうさせたのか......。
駅の階段を登りながら今日持ってきたものを頭の中で確認する。財布には普段見ることのない顔も何枚か入れてある。問題はないだろう。階段を上がり切ると、その先には彼女がいた。慌てて時計を確認するとまだ十分前。僕が遅れたわけではないが、彼女が僕より早く来たことには少し驚いた。歩きながらなんと声をかけようか考える。今まで彼女からしか声をかけられたことがないため、第一声が分からない。いっそのこと、僕も黙っておこうか。
一歩一歩踏み出すごとに、彼女の様子が鮮明になる。ゆったりとしたジーパンに、だぼっとした上着。頭には帽子がのっかっている。それとともに、少しの違和感も覚える。
表情が強張っている......?
「おはよう......」
できるだけ自然に笑顔を作って、できるだけ自然に声をかける。
「あっ、おはよう!」
満面の笑みでこちらを振り向く。さっきのは見間違い......?
「着くの早いじゃん」
目を逸らしながら言う。
「ふふ、そうでしょ。珍しく早起きしたからね」
「そうだよ。なんでこんなに朝早いの?」
「んー、それは今から向かう場所がそこそこ遠いからだよ」
「そうなの?というか今からどこに行くの?行き先も聞いてないけど」
「それは内緒。着いてからのお楽しみ」
「ふーん。行き方は分かるの?」
「そりゃ分かるよ」
軽く笑われる。
「君に任せるのは少し不安だから」
「いやいや、大丈夫、大丈夫。私が間違えるわけないでしょ」
「本当かなー」
「本当だって」
「そう。もうちょっとで電車来そうだけど」
駅の時計に目を向けながら言う。
「あっ。ほんとだ。行かないと乗り遅れちゃう。行こっ」
「はいはい」
こんな調子で大丈夫だろうか。
少しの不安と少しの高揚感が僕を呑みこんだ。
「これこれ。これに乗ったら乗り換えはおしまい」
「やっとか。それにしてもどこに向かってるの?方面的には海だけど」
「内緒〜。まあ海の近くに行ってるってのは合ってるよ」
「なるほどね......」
あれから僕たちは電車に乗って二回乗り換えをした。すでに遠くまで行っているのは分かる。
この席はボックス席で、彼女は向かい側に座っている。目のやり場に困るため、僕はずっと流れている景色を眺めている。
「そういえば今週の課題もうやった?」
ありがたいとは素直に思えないが、会話に助けられる。
「まだちょっとだけ残ってる。明日学校で終わらすよ」
「そっか......」
珍しく会話を繋げてこない。彼女を横目で見ると、僕と同様、外を見ていた。焦点の合っていない目で。
「こんな時でも学校のこと考えてるんだね」
「まあね......。ずっと頭に残ってるっていうか、考えちゃう」
「あれ、課題終わってないの?」
「いや、終わってるよ。それはもちろん」
「なんだ。まあそりゃそうか」
トンネルに入る。
また話が途切れる。心なしか彼女のテンションが低いように思える。気のせいと信じたい。
暗闇で、窓に映る自分の顔から目を背ける。チラッと彼女の頭の上だけ見て、またすぐに目線を落とす。
僕は今からどんな時間を過ごすのだろうか。彼女に残された時間はもう一すらない。なんならその半分ぐらいしか......。
短くため息をつく。僕がついたからってどうしようもないのは分かっている。
この約半年、短くはない時間を彼女と費やしてきた。
僕は何か変わっただろうか......。
眩しい光に一瞬視界が奪われる。
「うわあー。海だー!きれー」
彼女のそんな声を聞いて視線を窓の外に戻す。
「ほんとだ......」
確かに綺麗だ。
今日は素直に受け入れられる。
変化、したのかな。
そうも思った。
「上陸〜」
「もとから陸にはいたでしょ」
「もー細かいとこ気にしすぎだって」
「そんなことないでしょ。間違ってないし」
「そんなことありますー」
ようやく着いた駅からは海が一望できる。
「ん〜。海の匂いがする。なんか久しぶりだなー」
伸びをしながら彼女は言う。
「確かにね。前に来たのは校外学習か」
「うん。懐かしい思い出だね」
「そうだね」
あれはもう四ヶ月前だ。思い出と言っていいぐらい前のことだろう。
「そういえば目的地はここ?何もないけど」
「何言ってんのー。目の前にたくさんの塩水があるじゃん」
「そのボケをするためだけにここに来たの?」
「あははは、冗談冗談。ほんとの目的はここからちょっと歩いたとこにあるよ」
「よかったよ。来て早々帰る羽目にならなくて」
「ふふ。流石の私でもそんなことはしないよ」
「ちょっと安心」
歩きだした彼女に着いていく。しばらくすると青と水色で塗られた建物に着いた。
「僕のこと小学生だと思ってる?」
「おっ、幼稚園児から成長してる」
「高校生で水族館に来るんなんて珍しいでしょ」
「そう?そんなことないでしょ。デートスポットとしては人気だと思うよ?」
「返す言葉もない」
「まあとりあえずチケット買ってくるから待っときな」
「分かった」
小走りで受付へ向かっている。
周りに目をやると家族連れが多く見受けられる。僕たちのような高校生はいない。
休日に家族全員で水族館へ来るなんて仲がいいんだろうな。笑い声がこちらまで聞こえてきそうだ。
「私たちも多分カップルって見られてそうだね」
「君はいつもだけど、もっと別の声の掛け方を知らないのか?」
「そんなの学校で習ってないよ?」
「聞いた僕が馬鹿だったよ」
「はい、チケット」
「ありがとう。何円?」
「三千円」
「嘘ついてないよね?」
「嘘ついてもでしょ」
「確かに」
「頂戴しました。じゃあさっそく中に入ろう」
「そうしよう」
今日は「奢ろうか?」という言葉がない。別に期待してたわけでもないが、少し意外だった。




