夏祭り
気がついたらここにいた。
僕はそんな風に感じることが人より多いのかもしれない。
正直なところ暇だったのはある。友達と遊びに行っていたわけでもないし(もとより行ける人なんていないが)、何かに熱中していたわけでもない。ただ自堕落な日々を送っていただけだ。だからこそ、今日、この場にいることに驚かざるを得ない。
目の前にはゆらゆらと揺れている提灯、たこ焼きやかき氷などたくさんの屋台が並んでいて、暑苦しそうな服を着た人たちもたくさん見受けられる。耳をすませば、どこからか祭囃子が聞こえてくる。
僕がこんな夏祭りに来たのなんていつぶりだろう......。覚えてもないくらい前のことだ。
なぜか鳴り止まない鼓動を落ち着かせるために目を瞑って、一度深い深呼吸をする。
夏祭り。
花火大会。
浴衣。
......。
「あとは私でしょ?」
「っ。来たなら声をかけ......」
その声よりも、一目見た彼女の容貌に瞠目した。
丁寧に結われて簪でとめられた髪。今日でなければ見ることのできなかった浴衣姿。そしてほんのり赤らむ頬......。
思わず言葉を失う。
「ごめんね、驚かせちゃって。私があまりにも可愛いから。浴衣似合ってるでしょ?髪も結ぶの結構大変だったんだよ?」
「......。暑くないの?」
「あははっ。久しぶりに会ったけれど君は変わらないね」
「そりゃそうでしょ。ほどんど外に出てないし。変わる機会なんてないよ」
「ふーん......そんなもんか。まあとりあえず行かない?さっそくまわってみようよー」
「いいよ。最初はどこに行くの?」
「うーん。じゃあとりあえずあっちに行ってみようか」
彼女が歩き出したため僕も着いて行く。思いの外人が多い。
「確かに結構人たくさんいるね」
「やっぱり学生が多いね」
「確かに。高校の友達とかいるかも」
「会ったら気まずくならない?僕がいるし」
「まあ大丈夫でしょ。これだけ人がいたら逆に分からないよ」
「それもそうか」
僕はそれに関して危惧する必要はないが、彼女は顔が広いしできるだけ高校の人とも会いたくないだろう。
僕たちが歩くにつれどんどん人が増えていく。僕は人が多いところは好きじゃない。というか好きな人なんていないだろう。こうも人が多いと必然的に数字を目にする機会が多くなる。十、二十台はちらほら見かける。
「......。校外学習の時にさ、君は余命が見えるって言ってたじゃん?毎日見てたら慣れるものなの?」
「え?急に?あー、えーっと。まあ慣れるのは慣れるよ。毎日見てるからね。でも君みたいなのは滅多にないよ。流石に驚く」
「そっか」
少しの間沈黙が流れる。
しばらくすると彼女が口を開いた。
「あっ、あれやらない?」
指を指した方向に目を向けると「射的」と大きな二文字が目に入った。
「射的?」
「そう。楽しそう」
言っちゃ悪いが射的なんて当たっても倒れないように細工してあるし、そもそも当てるの難しいし正直コスパは最悪だろう。
「今、射的なんかしてもしょうがないだろ、とか思ってたでしょ」
「い、いや?全然」
目を逸らす。
「君は分かってないね。射的の真の意味は景品をゲットする事じゃなくて、合法的に銃を撃てるってことなんだよ。こんな経験が出来るのなんて最初で最後でしょ」
「え?」
「それにお金はたっぷりあるしね。奢ってあげようか?」
「いや、それは悪い。自分で払うよ」
「分かった。じゃあ行こう」
自信満々に歩いて行く彼女を見ながら思う。ただ撃ちたいだけ?それもう射的の意義を忘れてない?
......。こういうこと考えてるのが駄目なのかな。出来るだけ何も考えず彼女に着いていった。
「はい、じゃあこれ君のね」
銃を受け取る。
「ふふふ。全部落としてやる」
彼女は意気揚々としている。射的なんてやるのは本当にいつぶりだろうか。中学生?いや小学生の時以来かもしれない。弾を詰めながらそんなことを考える。
「じゃあ落とした数勝負しようよ」
「いいよ」
弾は全部でよ六発。まあ四つぐらい落とせればいいか。できるだけ当たりそうで軽そうなやつを狙う。
「あー、当たったのにー」
隣の声を聞きながら思う。だから射的は......。とりあえず僕もやろう。
結果、僕は予想外にも五つ取ることができた。彼女は三つらしい。
「僕の勝ちだね」
「くぅー。いや、私もね?私も全部当てはしたんだよ?けど落ちなかったの!あーあ、ついてない」
「だからそれ細工してあるって言ったじゃん」
笑いを堪える。
「ううー。まさか君に何かで負ける日が来るなんて」
「いやいや僕そんなに負けてないでしょ。......トランプを除いて」
「はぁ、まあ仕方ないね。こうなったらここから全勝だよ」
「え?まだ戦い続くの?」
「そりゃそうでしょ、勝ち逃げされるのは気が済まないよ」
彼女に続いて僕も歩き始める。
「あー、そういえば花火大会の時間は大丈夫なの?」
「全然大丈夫だよ。あと三時間ぐらいある」
「え?そんなにあるの?」
「そうだよ。だから勝負はこれからだよ」
提灯の灯りに照らされた、悪戯っぽく口元を綻ばせる彼女の顔が目に映る。
「まじか......」
誰かの声が途切れることのない、橙色の道を歩いていく。
朧げながらだんだんと「夏祭りに来ている」という実感が湧いてきた。
僕が夏祭りに来るなんて......。
正直なところ、もう一生涯来ないと思っていた。来れる友達もいないし、女子と来るなんてもっての外だ。そう考えていた僕が今、この空間にいる。......。何がこうさせるのだろうか?どうしてこうなったのだろうか?
――。
「輝生君!」
「あ、ごめんごめん。どうした?」
「もー急に黙りこくちゃって。こんどはあれだよ」
指の先を見ると「ヨーヨー」とあった。
「分かった」
「いい?今回も勝負だからね?」
「はいはい分かってますよ」
「よし、じゃあ行こう」
......。まあなんでもいいか。
どうせ過去は変えられない。
「何してるの?ほら、行くよー」
「分かった分かった。今行くよ」
今はただ、今を生きよう。




