知らず知らず
セミの鳴き出す、暑さが厳しい時期になってきた。
学生の本職というのは無論、勉学である。忘れていたわけではないが僕はもともと勉強が得意なわけではない。そんな僕だが夏休み前の地獄の期末テストを終え、夏休み一日前の今日、スマホ片手にメッセージを書いては消すというなんとも言えない時間を過ごしていた。上げ果ての句、十分くらいスマホと格闘した後に結局は何も送らないままスマホをベッドに投げつけた。
なんというか心が落ち着かない。やるせない気分だが、何かをしようとしてもすぐに目移りしてしまう。部屋内を歩き回ったり、小説を読んでみたりもするがどうにも内容が頭に入ってこない。
結局僕はそのままベッドに仰向けになり、少し黄昏る。
明日はいよいよ夏休み。八月に入ればいよいよ残り約八ヶ月になってしまう。この頃テストで忙しかったため、連絡をとっていない。そもそも交換した日からトーク欄は真っ白であるが......。数分何も考えずにボーッとする。自分の考えを無理やり肯定して、理性が動きを止める前にスマホを開いた。すると一件の通知が入っていた。
『暑さ厳しい日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
私はおかげさまで、変わりなく元気にしております。
さて、本題ではございますが、夏休みのご予定はお決まりでしょうか。
もし差し支えなければ、お聞かせいただけますと幸いです。
山崎』
どうしてこんなに真面目な文調なのか分からないが、少し安堵に包まれる。
『お元気でなによりです。僕は基本的にいつでも暇です。』
僕もつられて敬語になってしまう。
『それはよかったです。恐れ入りますが花火大会に行くことは可能でしょうか?』
『それはちょっと』
『えー。お願いします』
『まあどうしてもと言うなら』
『本当ですか?本当にいいんですか?』
『まあいいですよ』
どうせなんと言おうと強制的に連行するだろうに。
『後から結局やめるとかはなしですよ?』
『分かりましたから、大丈夫です。』
『承知しました。ありがとうございます。』
会って話す時はこんな感じでなく、いつも強気なのにどうして連絡をする時はこんなに念を押すのだろう。
『そういえば補習に引っかかりましたか?』
『いいや引っかかっていません。』
『それはよかったです。私もなんとか大丈夫でした。補習で二人で勉強できるかもしれないと少し期待していましたが......』
『それは遠慮しておきます。』
『笑 ですよね、補習じゃなくて別の機会に二人で勉強したいですよね。』
『いやそういう意味じゃないですよ』
『あれすいません、てっきりそうかと。』
何を言ってるんだ......。やはりいつも通りかもしれない。
『そういえばさー、最近まじで暑くない?普通に死にそうなんだけど。病気よりも暑さで死んじゃうよ』
『確かにそれはそう。暑いのは確かだけど、これぐらいで人間は死なないな』
『それもそうかー、まあどうせた八ヶ月後におさらばだしね。人生最後の夏ぐらいは楽しんであげるよ』
『そうしていただけるとありがたい』
『珍しいね、君が肯定的なことを言うなんて』
『そんなことない。いつも通りだよ』
『そっか。じゃあよかった』
部屋の中にはタップ音が鳴り続ける。会話の内容はどうでもいいことばかりだった。担任の先生について、友達について、好きな漫画について。話を展開していたのは主に彼女からで僕はずっと相槌を打っていただけだったけれど、なんとなくその時間が大切で楽しかった。
なんともいえないこの空間が心地よい。
『笑 ガチでこれオススメ、私が唯一読んだことのある小説だから!』
『じゃあ比べようがないじゃん 笑』
『いーや、私には分か......
コンコンコン
「おーい輝生、ご飯できたぞー」
あ、もうそんな時間だったのか。時計は六時三十分を指していた。なんだかんだ一時間ぐらい話していたかもしれない。
「はーい、すぐ行く」
彼女には「ご飯だ」とだけ伝えて電源を切った。少し名残惜しい気持ちを感じながらも階段を降りた。
テーブルの上にはコンビニの袋とオムライスが二つ置かれていた。夜ご飯といえばいつもこんな感じだ。父も仕事が忙しいし、家事をしないといけない。もちろん僕も手伝ってはいるが、夜ご飯を自炊するまでは手が及んでいない。強いて言えばニ、三週間に一度、僕が何かを作るぐらいだ。
「オムライスでよかったか?」
「あ、うん。大丈夫。ありがとう」
僕は父の向かいの席に腰を下ろす。
「いただきます」
父に聞こえるぐらいの声量で僕は言い、食べ始める。
そういえばオムライスを食べるのは久しぶりだ。最後に食べたのは彼女と初めてご飯に行った時だ。今思えば懐かしい。いや、もう懐かしいと思えるぐらい月日が経ってしまったのか。少し笑えなくなる。
彼女は元気にしているだろうか。先ほど会話していた感じは特に問題なさそうだったが、やはり画面越しだといまいち会話ができている気がしない。それでもまあまあと言えるぐらいはたくさん話した。彼女の少し抜けているところや誤送信した時の焦りっぷりは少し面白い。どんな表情をしながら文字を打っていたのだろう。そんなことを想像していたら、急に父が口を開いた。
「何か良いことでもあったのか?」
「え?いや特に」
「......。そうか」
そうとだけ残し、食べ終わった容器を台所に持って行って二階に上がってしまった。
僕は驚きを隠せなかった。いつも無口で口を開くことなんて滅多にないあの父が急に訳の分からないことを言い出した。
「何か良いことでもあったのか?」ってどういうことだ?僕自身、良いことがあったとは本気で思っていないし、思っていたとしてもどうして分かったのか。もしかしたら人の考えていることが分かるのではないか。いや、そんな人がいるのなら会ってみたい。どんなことを思いながら生活しているのだろうか。
雑念を振り払い「ごちそうさまでした」と自分にだけ聞こえる声量で言い、容器を台所に置いて二階に上がった。自分の部屋に入って、ベッドにダイブしスマホを見てみると「了解」とスタンプが一つ。右手で何かを打とうとするも、その焦点は定まらずにまたもやスマホをベッドに投げ捨てた。




