祖母、祖父
僕は車に揺られ、田舎とも言えない都会とも言えない街に来ていた。今日は親戚が集まる日らしく、今は亡き母の方の祖母と祖父の家に向かっている。言うまでもないが、僕はこういう親戚が集まる系の趣は好きではない。わちゃわちゃしている中で、自分だけどんな立場をとればいいか分からないし、向こうは向こうで死んだ母のことを気遣うためとても過ごしづらい。どうしたものか......。視線を外に向けると見慣れた景色にやって来た。
今更どうすることもできない。
......仕方がない。
いつものようにしておこう......。
「お昼ご飯できたよ〜」
遠くでそんな声が聞こえた気がするため、不本意ながら本を閉じる。
目の前の机にはサラダやらからあげやら豪華な物がたくさん並んでいる。どれもさして好物ではないが。
「あ、輝生君、麦茶でいい?」
「あ、はい、大丈夫です」
この人はいわゆる叔母に当たる人だ。
「ぎゃははは、捕まえてみろよ」
「なにー!待てー!」
ドタドタと喧騒がすごい。僕にはいとこが二人いる。小学一年生と三年生だ。この時期の子どもが一番うるさい。僕もまだ子どもか......。
年下たちのバトルをくぐり抜け、机につく。平静を装っていたが、バレていたようだ。
「ごめんね輝生君。うるさくって」
「あ、別に全然大丈夫です」
申し訳なさそうな表情をしながらこちらを向いているのが分かる。いくら僕が「大丈夫です」と言っても通じることはないだろう。こういうのが面倒だ。
そんなの今更だけど。
雑念を振り払い、お箸をとる。
「いただきます」
儚い数字を持つ人達にも聞こえるように言った。
僕がこのような環境下に置かれて困ることはもう一つある。それは「会話」だ。
祖母というのはどうしてこうも孫の近況に興味があるのだろう。それにより家に来た際には学校の様子や、勉強について飽きもせず話しかけてくる。これが僕にとってはとても困る。僕はもとより無気力な人間だし、学校生活に力を入れているわけでもない。勉強も決してできる方ではない。総括すると僕は自分の普段の生活について話すことが何もないのだ。そのため「最近学校どうなの?」と聞かれた暁には「まあ普通だよ」と苦しげに答えるしかない。しかしながらそんな僕を横目に「校外学習はどうだったの?」とか「文化祭でどんなことしたの?」とか目をキラキラさせて聞いてくるもんだから困ったもんだ。めんどくさくて仕方がないため最近は適当に流しているが......。
そんなことを考えている僕は今、縁側に腰掛けている。この家はいわゆる昔ながらの家で、土地もそこそこ広い方だと思う。目の前には草木が生い茂っていて、奥を覗けば川が顔を出す。騒がしい声が聞こえないのから察するに、年下たちは外に遊びに行ったようだ。この部屋には僕しかおらず、居心地が良い。こんなにもゆったりとした時間を過ごすことは久しぶりなため少し機嫌が良くなる。
その機嫌もすぐに悪くなるが......。
「輝生〜?」
後ろでドアが開く音が聞こえる。祖母だ。
「どうしたの?」
仕方なしに後ろを向く。
「スイカ切ったから食べない?」
「あー、ありがとう。そこに置いておいて」
立って机に近づく。嫌な予感はしていた。
「最近学校はどうなの?新しいクラスとか。仲がいい友達とかはできたの?」
皮肉ながら予想通り。
「普通だよ。友達もいるし」
「そうなの?何か変わったところもなく?」
座って話しかけてくる。僕も向かいに座り臨戦態勢に入る。
「何も。変わりなくだよ」
少しぶっきらぼうに言う。顔は見ずにスイカにかぶりつく。
「修学旅行とかどうだったの?海に行ってたんでしょ?お父さんから写真を貰おうと思ってたんだけど忘れちゃってね」
修学旅行じゃなくて、校外学習だって......。さらに嫌気がさす。
「特に何も。面白いことはなかったし」
「そっか」
声のトーンが落ちているのが分かる。
「じゃあ文化祭とかは?クラスの子と回ったりしたの?」
「だからそんなこと......」
目に映るのは、切なげに微笑むおばあちゃんだった。
「っつ......文化祭の時は......クラスの子と回ったよ」
「あら〜いいやん。どんなことしたの?」
顔は見れない。必死にスイカに目を向ける。
「まあいろいろ」
「楽しかった?」
「まあそうだね。普通......」
「それはよかった」
それだけ言い残すとお盆を持って出て行ってしまった。
安堵感と後悔が相反する中でスイカをもう一度スイカを手にもち、一噛みする。
苦い。
「はあ」
ベトベトする手を億劫に思いながら、扉を開けた。
隣の部屋を覗いてみると祖父が縁側で寝ていた。数字が一つ減っている。最後に会ったのが正月なため、正月から夏の間のいずれかに旅立つのだろう。詳しい日時までは分からない。
祖父は比較的静かな人だ。祖母がよく話しかけて来るのに比べて祖父は滅多に口を開かない。僕も自分から話しかける性分じゃないため、最後に話したのはいつか分からない。
......数字は「九」だ。
長いと感じてしまった。
まだ大丈夫って思っている自分がいる。
そんな自分が......。
僕は祖父を起こさないようにそうっと後ろに立つ。表情は見えないけれど、生きているってことが分かるだけでよかった。
風が草木を撫でる。
ほんのり甘い香りがする。
それだけで良かった。
何もする必要がなかった。
ただ、そこにいる事が。
心を暖かくした。




