いってらっしゃい
「あー疲れた!もう限界」
正面を見ると机に突っ伏す彼女が見えた。
「確かに結構な時間やってたね」
時計に目を向けると七時を指していた。
「ちょうどキリもいいしそろそろお暇するよ」
「えーもう帰るの?もうちょっと話そーよー。もっと楽しい話しよー」
「いや、もう帰るよ。時間も時間だし」
「えーつれないなー。時間を気にしすぎだよ」
「親にも迷惑かかるでしょ」
僕は立ち上がって荷物を持ち、扉を開けようとする。
「あーあ、仕方ない。君はそう言ったら聞かないもんね。でもこれだけ交換しよ」
彼女はスマホを出してメールアドレスを見せてくる。それぐらいはと思い、交換してあげた。彼女について行き、階段を降りて靴を履く。
「また来てね」
「きっとね」
そっけない返事だけして、家を出ようとする。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい?どういうこと?」
「子どもが家を出る時に親はいってらっしゃいって言うでしょ?それは、この挨拶が親が子どもに言える最後の言葉かもしれないからさようならって意味も含んでるんだよ。何が言いたいかっていうと人はいつ死ぬか分からないし、最後に会えるのがいつかも分からない。だからさようならってこと。まあ君は余命が分かるからそんなことを言う必要もないか。ふふふ」
それならば「さようなら」でいいのではないか、そう突っ込もうかと一瞬考えたがめんどくさいのでやめる。
「ふーん、そうなんだ」
少しだけ悩んだ。
「行ってきます」
「え?なんて?挨拶っていうのは相手に聞こえないと意味がないよ?」
「行ってきます!」
わずかに声をはる。
結局耐えられなくなって、扉を開けて外に出た。「じゃっ」と言われたような気がするがドアの閉まる音に掻き消された。
辺りはすっかり暗くなったようで、僕の顔を照らしてくるやつはいない。僕は無論、昼よりも夜の方が好きだ。静かで暗い雰囲気が心を冷やしてくれる。淡々と歩いて自分の家を目指す。この辺は街灯が少ないようで、足元がよく見えない。
「いってらっしゃい」か......。
先ほど彼女に言われた言葉を頭の中で連呼する。なぜ「さようなら」ではなく「いってらっしゃい」なのだろう。その辺が彼女のよく分からい所だ。たまにつかみどころのない発言をする。
「ふぅ......」
今日は疲れた。
公園で彼女の思いを聞いたが、彼女はとにかく彼女は優しい。
しかし何が彼女をそこまでさせるのだろう。
そしてどうして僕と関わろうとするのだろう。
......。
強い風が後ろから体を押す。
顔を上げると桜の並木を歩いていた。
最も今はもう桜は咲いておらず、暑い時期に備えて緑のつぼみが準備を始めている。
華のように、さくらのように......。
少しだけ、甘い香りがした。
そんな気がした。




