第七話 壮絶な過去 ②
一度に、四百名近い人数が、異世界転移してきたというだけでも大変な悲劇だと思うのに、一割弱しか魔素に適応出来なくて死んでしまっただなんて ……! 学校にいるのは、当然だけど、まだ十代の少年少女がほとんどだっただろう …… なんて悲惨な出来事なの! 亜希子さんは、そんな経緯で、この世界に転移してきた『迷い人』だったなんて …… !
香澄は、亜希子の話を聞いてショックを受けていた。
「私たちが異世界転移してきた当時、この世界はまだ『異界の悪魔族』の襲撃から完全には立ち直れていなかった。竜族の国は人族の国々に干渉するほど余裕は無かったし、人間も小さな国々が、戦乱に明け暮れたひどい時代だった。そんな世界の、人族の比較的大国にあった森に、学校は転移したの。何が起きたのかわからないうちに、私は崩れた校舎の瓦礫に埋れて動けなくなっていた。………… そして、人族の軍隊がやって来た。救助してくれると、希望を一瞬でも持った事を後悔させられたわ。軍隊の指揮官は、生存者を拘束するように命じて、まるで追い剥ぎの様に、遺体から衣服を奪い取り、金目の物や学校の備品を集めさせた。そして、遺体はまとめて穴に入れられて焼かれた。『落ち人』の私たちに、人権なんてなかった …… 。生存者は、怪我人も生きてさえいればいいと、強制的にみんな連れ去られた。あとで知ったのだけど、軍隊は、みんなを奴隷にする目的で連れて行ったの。隠れていた者や、瓦礫の中で生きていた者は、後から来た竜族に保護された。私も助け出されたのだけど、重体で、その時の事は、よく覚えていないの …… 」
ここまで話して亜希子は、ぽとりと涙を落とした。
香澄は亜希子の隣りに座り、そっと寄り添って手を握った。かすかに震える手と、さっき見た事の様に語る口調からも、亜希子にとって、どんなに時間が過ぎようとも、忘れられない出来事なのだと、香澄に感じさせるのだった。
亜希子は、香澄に視線を合わせると、無理やり微笑んで見せた。
「香澄さん、ありがとう …… 。話を続けるわね。竜族に保護されたのは、私を入れて五人だった。二十数名が大国に連れ去られてしまったけど、正確な人数は、結局わからなかった。竜族は、私たちを『迷い人』と呼んで、手厚く保護してくれた。私たちが、十代の子供だった事もあって、様々な教育を惜しみなく与えてくれたのよ。ただし、竜族の国から出て行く事だけ禁止された。竜族は、人族の国に関わることを厳しく制限していたの。だから、連れ去られたみんなの消息を、探し始めるまでに、三年の月日が経っていた。人族に干渉しないという頑固な竜族の説得に時間がかかったのと、みんなを連れ去った大国が、直後の戦争に敗れて滅んでしまった為だった。奴隷だったみんなも、ちりぢりになってしまって、捜索は困難を極めたわ。転移後の生存者の正確な人数は分からなかった。連れ去られて、すぐに殺されたり、怪我の為に死んだ者もいたし、奴隷商人に売買された者は、記録が戦争で焼失して行方が分からなくなってしまった。 …… 奴隷と言っても様々で、魔力が多い者は、奴隷魔術師に、武に秀でた者は、奴隷戦士にされた。そして、美しい者は男女問わず王宮の奴隷にされた。他の者は、奴隷商人に売買されて、買い手しだいで奴隷の扱いも違ったそうよ」
アレクシリスは、黙って亜希子の話を聞いていたが、何か腑に落ちない表情をしていた。亜希子の語る歴史と、アレクシリスの知る歴史に大きな違いがあるのだろうか?
「結局、生存が確認されたのは、わずかに八人だった。鉱山に売られて死んだ者もいた。逃げ出して、捕まって、拷問に耐えきれず狂い死んだ者もいた。魔術師にされた者は、強制的に魔力を提供させられたり、魔術の研究の成果が無ければ、厳しく罰せられた。戦士は、全員既に戦死していた。王宮に召し上げられて、気に入られた者は、妬まれて毒殺された …… 。真幌は、奴隷商人に売られて …… やはり酷い扱いを受けていたの……!」
香澄は、『誓約の女神』在沢真幌の姿を思い出していた。クラシカルなセーラー服を着た痩せ気味な少女。永遠の十七歳だと語ったサバサバした口調に、そんな悲惨な過去を思わせる暗い影など感じなかった。
「毎日、退屈なくらい平和だったのに ……! 明日は文化祭だったのに …… ! みんな、同じ高校生だったのに、どうしてこんな目に合わなきゃいけないの! …… この世界を恨んだわ! 竜族の保護が無ければ、蘇芳がいなければ、私はこの世界を滅ぼしたいと願ったかもしれない …… !」
亜希子の涙は、ポツポツと次々に落ちていき、巫女装束の袖を濡らしていた。
香澄は、何と言葉をかけていいのかわからなかった。どんな慰めの言葉も、上辺だけの陳腐な言葉になりそうで、手を握っているだけしか出来ない自分を責めた。
亜希子は、香澄の手をやんわりと押し戻して涙を拭って話を続けた。
「 ここからが、肝心な話なの。取り乱してごめんなさい。消息が掴めた生存者の中には、努力して奴隷から解放されて、それなりの立場や地位を得た者もいたの。竜族の保護を、必要ないと拒否した者もいたわ。そんな、一人が世界を歪めてしまったの …… 私が話すより、そいつの影に語らせるわね」
亜希子は、スッと、右手をあげて指差した。部屋の隅に小柄な青年の影が立っていた。
アレクシリスは、一瞬驚き腰を上げたが、亜希子と影を交互に見て、ため息をついて座りなおした。
香澄も、影の正体は亜希子の仕業だと何となく感じていた。
皓輝は、いつの間にかソファーに移動して、香澄の隣りに座っている。
そして、しっかりと香澄の腰に甘えるように抱きついている。香澄からは、茶髪のつむじしか見えないが、皓輝の体温は、香澄の心奥にまで届いて、とても安心できた。
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