第六話 壮絶な過去 ①
珊瑚は、お茶を入れながら早口で香澄に話し続けた。
「まったく、男連中は腫れ物にでも触るように、藍白を甘やかして育てたんです! 奴ら、適当な距離感がわからない脳筋ばかりで、いくら杜若がしっかり者で藍白のフォローをしても、限界がありますよ! あれはやり過ぎです! 過保護も過ぎれば、何も関心がないのと同じです! いくら『白竜は唯一』でも …… !!」
「竜族は、両親がいないの? 『白竜は唯一』って、どういう意味なのですか?」
「 …… !」
珊瑚は、急に黙ってしまった。いや、口を開けては閉め、息が漏れる音がするのに声にならないのだ。珊瑚は苦しそうに無理矢理声を出そうとしている。香澄は、尋常じゃない珊瑚の様子に驚いた。
「珊瑚さん! どうしたの?!」
「大丈夫よ。香澄さん。大丈夫。珊瑚も焦らないで、聖印の魔法が発動しただけよ。大丈夫 …… 」
亜希子は珊瑚の肩を抱き、落ち着くように背中を撫でさすりながら言った。
「珊瑚は、少しおしゃべりが過ぎてしまったようね。香澄さん、この寮は『囁きの森』って呼ばれるでしょう?」
「はい。そう聞いてます」
「契約竜は『竜騎士の契約』の為、他種族との会話に制限があると、表向きされているの。竜族は他種族に語ってはいけない禁忌が幾つもあって、それを脳筋傾向でうっかりさんが多い竜族に守らせる為に、子竜のうちに会話を制限する為の魔法を刻まれているのよ。珊瑚が話せなくなったのは、それでよ」
「珊瑚さん、大丈夫なのですか?」
「 ………… !」
珊瑚は、困り顔だが元気いっぱい、身振り手振りで『大丈夫』と言っているようだ。
「大丈夫。珊瑚は、タブーに触れる事を、香澄さんに話そうとしたから、しばらく声が出なくなっているだけよ。すぐに、声は戻るわ。蘇芳が来るまでに、私が知っている事なら、できる限り話してあげる。ただし、アレクシリスにも聞いて欲しいから、説明はまた後でね」
この後の予定は、香澄の昼食が済んだので、アレクシリスを待って、早めに集まりその流れで夕食をとる。亜希子の話は、それくらい長い話になるようだった。
亜希子と珊瑚は用があるので、部屋を出て後で呼びに来てもらう事になった。
香澄は、リーフレッドに手伝ってもらいお風呂に入った。そのあと小一時間ほど仮眠を取り、身仕度を整えた。リーフレッドは、香澄の髪をご機嫌でアレンジしている。今日は、ゆるいアップで、おくれ毛をクルクルとカールさせている。
着替えは、ファルザルク王国の衣装だ。香澄は、アレクシリスの正装の制服を見て、昔のベルサイユ宮殿にいたような、いわゆるお姫様ドレスを想像していた。
しかし、時代が違って、中世のクラシカルなお姫様ドレスだった。意外とスッキリしたシルエットのロングドレスは、それでも豪華なことに変わりはない。
上質で軽いドレスは、襟高で肩をおおう長袖の上品で慎ましいデザインと思いきや、総刺繍の濃い紺の布地の胸下の切返しから大胆にスリットが入っている。ギャザーを寄せて、何枚も色違いの薄絹を重ねた下地が、ヒラヒラと動きに合わせて見えるのが、絶妙な色っぽさを演出していた。
香澄が仕上がると、タイミングよくノックの音がして、珊瑚が迎えに来た。
「香澄ちゃん、迎えに来ました」
「珊瑚さん、良かった。もう声が出るんですね」
「心配かけて、ごめんなさい。香澄ちゃん、ファルザルク王国の衣装がとてもお似合いです!」
「ありがとうございます」
香澄は、珊瑚に案内されて、黒猫皓輝と一階の会議室に向かった。
廊下や階段で、女性の契約竜と何人かすれ違った。みんな、香澄を見ると端に寄って、先に通してくれた。そして、香澄をしばらく観察して、ガックリと肩を落としていくのだった。
珊瑚が、そんな契約竜の女性達の様子を見てニヤニヤしている。香澄は珊瑚が何を知ってるのか、聞きたいけど、聞かないほうが身のためのような気がした。
世界樹の脇を通り過ぎて、廊下を進んだ所が会議室だった。世界樹の枝の先端に見える天井の空は、陽の光が和らいできてあと数時間で陽が暮れるのだとわかる。枝が風にそよいでザワザワと葉ずれの音をたてていた。
会議室では、亜希子とアレクシリスが先に待っていた。
「香澄、ファルザルクの衣装がよくお似合いです。 …… とても、きれいだ」
「ありがとうございます」
アレクシリスは、キラキラの笑顔を香澄に向けた。香澄は、ストレートに褒められるのには慣れていない。今までは、どこか他人事のように感じていたが、照れくさくて赤くなった顔をおさえた。
会議室の半分は、会議用のテーブルと椅子が整然と並び、もう半分は、大きなソファーの応接セットが置かれていて、こちらに座るようだ。
一人がけのソファーは背もたれが高く、香澄が座るとすっぽりとおおわれてしまった。向かい側の三人掛けのソファーに亜希子が座り、アレクシリスは香澄の隣のソファーに座った。
香澄は、皓輝の意見を直接聞きたくて、少年の姿になってもらった。子猫皓輝は、意思の疎通が何となくわかる程度なので不便だったからだ。
久しぶりの少年皓輝を目にして、香澄は黒猫皓輝と同じように抱きしめてモフりたい衝動を抑えて、ソファーに座るように言った。
だが、皓輝は香澄の座るソファーの肘掛けに、斜めに浅く腰かけて軽く足を組んだ。やだ、うちの子カッコイイかも …… 。香澄は思考が大丈夫じゃないようだ。
香澄は、珊瑚がお茶を用意してから部屋を出て、扉を閉めた途端、何かが厳重に閉ざされた感覚がした。
「『死者の王』が結界を張りました。契約竜の無粋なのぞき見ぐらいは防げるでしょう」
皓輝は、香澄の耳元に囁いた。香澄は、亜希子の話そうとしている事が、それほど重要なのだと考えて緊張が高まった。
アレクシリスは、難しい顔をしつつ亜希子に尋ねた。
「亜希子、香澄に話すのは当然として、何故、私にも話す気になったのですか?」
「アレクシリス、あなたには香澄の支えになってもらいたいの。一人で何かを抱え込みながら生きる孤独と恐怖がどんな物か、少なくとも私は知っているつもり。だから、今から話すことは、竜騎士団の団長でも、王弟でも、ハイルランデル公爵でもなく、だだのアレクシリスという一個人として聞いて欲しいの。そして、例え女王や杜若にも話さないで欲しい。 …… それを、誓約して下さい」
「 …… 承知した。誓約しましょう」
「アレクシリスさん! そんな約束していいんですか?!」
「私は、香澄の『管理者』です。貴女に関わることを知る義務があります」
「そんな …… 」
アレクシリスの言っている事は矛盾している。 彼は、もちろん全てわかっているのだろう。アレクシリスが任務を遂行する為に、そこまでする必要はないだろう。香澄は、女王陛下に報告出来ない事が、彼を苦しい立ち場にしないか心配だった。
しかし、香澄はアレクシリスが味方になってくれたら心強いとも思った。亜希子が、そこまで配慮する秘密を皓輝がいるとはいえ、一人で知るのは怖かった。
アレクシリスは魔力を使い、亜希子と簡易誓約を交わした。
「これから話すことは、私が知る竜族の『禁断の秘術』に関わる話よ。蘇芳は、隠せるなら香澄に話さない方がいいって言ってる。でも、私は、香澄に与えられる情報は全て教えるべきだと思ってる。私は『異界の悪魔族』に支配されたように、私自身の力がとても弱まっているの」
亜希子は、目を閉じていた。そして、皓輝をチラッと見た。
「香澄さん、『異界の悪魔族』と竜族の戦いの歴史を知ってる?」
「以前、皓輝と『主従の誓約』を結んだ時に、藍白に少しだけ聞いてます」
香澄は、傍らの皓輝を見た。皓輝は、香澄ににこりと天使のように微笑みかけた。どうやら、皓輝は亜希子の話に参加するつもりは無いらしい。
「太古の昔、蘇芳の親世代がまだ生まれる前の頃、地上は竜族の皇国が支配していたそうよ。ある日、この世界に異界から侵略者達『異界の悪魔族』がやって来た。彼らは、一つの大陸をたった一夜で消滅させて、世界は滅びかけた。五千年前だとか、二千五百年くらい前の事だとか諸説言われているけど、正確な記録はないそうよ。『異界の悪魔族』と竜族の皇国や多くの種族が総力戦を仕掛けて、古代竜族が多くの命と魔力を引き換えに、やっと異空間に封印した。その場所は、『封印の扉』と呼ばれたの。長い間の戦いで、竜族は数を減らして文明も衰退してしまった。滅んだ種族も数えきれない。魔族と呼ばれる一族が存在していたから、侵略者を悪魔族と呼んでいるけど、彼らが何なのかはわからないそうよ。ここまでの話で、アレクシリスの知っている人族の歴史と違いはあった?」
アレクシリスは、張りつめた空気を吐き出すように、ため息をついた。
「そうですね ……『封印の扉』は、初めて聞きました。人間族の伝承では、古代竜族が『異界の悪魔族』を滅ぼした事になっています。だから、人族の国々の認識で『異界の悪魔族』は、公式に存在しません」
亜希子は、お茶を一口含んでから、話を続けた。
「古代竜族は、『異界の悪魔族』を封印して、ほとんど滅んだ。生き残ったのは、戦いに参加できなかった、子竜の数人だけよ。やがて、子竜達は成人して、それぞれ人間族の伴侶を選んだの。そうして、純血の古代竜族は滅亡した。寿命や、魔力は古代竜族よりも劣ったけど、竜族は、世界最強の生き物に変わりなかったのよ。蘇芳は、この頃生まれたはずよ。やっと竜族が、国を造れるほど人口が増えた頃、異世界から『災厄』が、再び落ちて来た。約八百十数年ぐらい前の話ね。異世界からの『迷い人』が一度に、四百名近くやって来たの。いわゆる、学校丸ごと異世界転移ね。私たちは、文化祭前の学校から、集団異世界転移をしたの」
亜希子は、何かに耐えるように目を閉じて、深いため息をついた。そして、自分の膝上で握り締めた両手を見つめながら話を続ける。
「 ………… 酷いものだったわ …… 目覚めると、ほとんどの生徒は魔素に適応出来ないで、冷たくなっていたのだから …… 。私を含めて、三十数人魔素に馴染んで生き残った。 在沢真幌は、私のクラスメイトだったの。そして、生き残った者も幸運だったとは、とても言えなかった …… !」
お読みいただき、ありがとうございます。




