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第十七話 未必の故意

 


 香澄は、例のキャバクラ風『在沢司法書士事務所』のソファーで、眠る子猫の皓輝《こうき》を膝に乗せてモフりながら座っている。モフモフ最高! と、心のなかで叫んでいるが、向かい合って座る『誓約の女神』に筒抜けなのを忘れていた。

 そして何故か、『誓約の精霊』達は香澄を取り囲んで、何かと世話を焼きたがった。

 藍白《あいじろ》は、また別空間に跳ばされたらしい …… 。 


 そして、『誓約の女神』在沢真幌《ありさわまほろ》は、香澄にバカ真面目に教えてくれる。


「貴女に仕掛けれた、精神支配系の魔術を少々利用させてもらいました。迷いながらの誓約は、お互いの精神に余計な負担を与えます。緊急措置とご理解いただけないでしょうか? お詫びに、二度と同じような精神支配系の魔術の影響を受けない耐性を、強化処理しておきますから安心して下さい」

「全く、安心出来ないです。むしろ、不安が増しました! それは、認識阻害の魔術の事ですよね? つまり、 わたしの意識を、他人が操れるんですよね? そんな、怖い魔術をそのままにしないで下さい。お詫びと言うなら、ぜひ解除して下さい。お願いします!」


 香澄は、『誓約の女神』が、皓輝と誓約するように、自分の意識を操った事に内心怒っていた。だが、結果オーライでモフモフを手に入れたので、深く追求するのをやめただけだ。こんな、精神支配を受けるなんて、二度とごめんだ。


「う〜ん。その魔術はかなり複雑です。完全な解術は女神の神力をもってしても難しいですね。申し訳ないが、ご自分でなんとかして下さい。この世界でも魔術に関して、あの海野遊帆氏ほどの実力者はいないでしょう。ヤバイくらい魔術に適性があるので、大概の事は出来ちゃうそうです。魔術チートだなんて、ただの危険人物でしかないですよね。わざとじゃなくても、結果が意図していたよりも過剰になるようです」

「海野さんは、悪意があって認識阻害の魔術をかけたわけじゃないって事ですか?」

「そこまで、確証はありません。本気で貴女を操るつもりなら、方向性の違う別の魔術になってたと思うだけです」


 香澄は、別の魔術にどの様な物があるのか見当もつかなかった。『誓約の女神』を信じるのならば、海野遊帆が香澄に悪意を持って仕掛けた魔術ではないのだろう。

 だが、海野遊帆という魔術師は、意図したよりも過剰な結果を出してしまうならば、そこに香澄を操れるかもしれないという可能性を、彼らは知っていたのではないか? 香澄は、『未必《みひつ》の故意《こい》』という、最近知った言葉を思い出していた。そこに、悪意は存在したのか、否か …… ?


「我々、異世界人はとても利用されやすいのです。『神の盤上の駒』にされないように、気をつけて下さい。望まない選択なら、はっきりと拒んで下さい!」

「わかりました。でも、わたしを散々利用しといて言う台詞じゃないでしょう ……!」

「あははは、その通りですね。でも、少なくとも我々『誓約の女神』と『誓約の精霊』は、川端香澄と敵対しない。 …… 誓います」


 香澄は、『誓約の女神』が、誓うと言ってくれたのはありがたいと思った。が、少々引っかかる言い方だ。


「 …… 味方だとは、言ってくれないのですね」

「だって、貴女はまだ何も選んでいないでしょう? 流されて受け入れてるだけですよ」

「手厳しいですね。否定は、出来ません。でも、こんな強制的な選択は、遠慮したいです!」


 香澄は、魔力切れで眠る子猫皓輝の肉球を、プニプニ優しく押しながら、この癒やしがなければ、きっとぶち切れていたと思った。


「あ、そう言えば、竜族の長の蘇芳《すおう》さんが、わたしの事を、世界の為の『鍵』って言ってたんですが、なんの事だかわかりますか?」

「さあ、何の比喩でしょうか? 私は知りません。なかなか、大変な役割のようですね。ぜひ、頑張って下さい!」

「冷たいですね。まったくの他人事ですか?」

「貴女には貴女の選択が、私には私の選択があります。限られた条件で、理不尽な運命を受け入れながら選択し、後悔しながらも、私達は生きてゆくものでしょう?」

「 …… 」


  ただの女子高生が言ったなら、なんて小生意気な小娘だと、香澄は思うだろう。

 しかし、彼女は『誓約の女神』と成るまでも、成ってからも、八百年以上の月日を重ねてきたのだ。理不尽の一言で、済まされない運命を受け入れながら …… 。


「さあ、川端香澄さん。そろそろ誓約の結界が解けます」




 ………… この後、とにかく大変だった。


 藍白は、香澄から子猫の皓輝を取り上げようとした。


「香澄ちゃん! それは駄目だ! 『異界の悪魔族』なんて、飼いきれないから、捨ててきなさい!」

「嫌です! 皓輝は、私が責任をもって、最後まで面倒みると決めたんです!」


 香澄は、とことん藍白から逃げまわり、子猫の皓輝を抱きしめて抵抗した。すると、藍白は、…… 泣いた。悲しげにぽろぽろ泣く美青年に、香澄は衝撃と罪悪感でいっぱいになったが、これだけは譲れない。


「藍白、ごめんなさい。皓輝の事は、どうしても譲れないの。『主従の誓約』が無くても、きっと皓輝を見捨てられなかった」

「香澄ちゃん …… 分かったよ。僕も覚悟を決めた」

「覚悟? 何の?」


 いつの間にか、淡い光の不思議空間は薄れて、もとの壊れた屋敷の居間に戻っていた。香澄は、女神達に別れの挨拶をしておけばよかったと残念に思った。


「香澄様、ご無事ですか? お怪我はありませんか?」

「藍白! ど、どうしたんだ?」


 香澄は、真っ先に蘇芳に心配され、黄檗《きはだ》は泣いている藍白の様子に動揺し、混乱している。


「香澄? 何を抱えているんです?」

「まさか? それは?」

「おい? 黒い霧はどうした?」

「何か誓約が成立したのか?」


 真っ先に、アレクシリスが質問して、周りの竜族は慌てふためき騒ぎが広がっていく。


『 …… どうでもいいが、捕縛の魔術の発動はどうするんだ?』


 ただ一人、竜の姿のままの杜若だけが冷静だった。


 混乱して騒ぐ竜族達に、泣き止んだ藍白が状況を説明してくれた。

 香澄もおそらく、多量の魔力を誓約の為に奪われていたので、それなりに疲れていたのだ。こんな混沌とした状況を、納める気力も残っていなかった。香澄は、藍白を見直してとても感謝していた。


 もう、セクハラ大魔王だなんて心の中で呼ばないと …… 。




 

 騒ぎの後、香澄はキプトの街の外れに建つ、一軒家の二階の角部屋にいた。今朝、目覚めた藍白の家だ。


 ここは、魔霧の森に程近く、窓から暗い森をゆったりと流れる霧と町の敷地の境目がくっきり見える。

 扉の外には見張り役が数人いる気配がする。室内に竜族が誰も居ないのは、藍白が嫌がったからだった。


 香澄の腕の中で、くたくたの柔らかい子猫が、スピスピ小さな寝息をたてて眠っている。おそらく、契約時の香澄が、思い浮かべた理想の猫を、再現した結果なのだろう。シックな焦げ茶色の革張りのソファーに座り、香澄はうっとりとふわふわの毛並みを撫で続けていた。

 小さな体は、香澄の片腕で十分支えられる。皓輝が、ポータブルサイズで良かったと、香澄はつくづく思った。

 そんな事はないと思いたいが、もし逃げなければならない事情になった時、少年サイズより子猫サイズの方が、意識の無い身体を香澄が運ぶのに負担が少ないはずだからだ。


 『主従の誓約』で、『誓約の女神』に魔力を捧げた量が違うのか、皓輝は少し弱っている。『異界の悪魔族』として、敵対していた竜族の街で、香澄の腕の中が、皓輝にとっても一番安全で安心出来る場所だろう。

 香澄は、子猫の皓輝の規則正しい呼吸と、温かな体温に安堵していた。しかし、少年の姿も猫の姿も、元が黒い霧なのに、どういう仕組みで姿が変わるのか不思議に思った。


 さて、香澄は子猫を愛でながら何をしているのか? 答えは、それ以外何もしていない。


 キプトの町の中央の屋敷で、香澄の処遇を巡って話し合いが行われている。参加者は、蘇芳をはじめとする竜族と、ファルザルク王国の大使やアレクシリスだ。香澄は、当人不在で行われる話し合いに大いに物申したかった。

 しかし、香澄の意見を必要としないからと、藍白の家に押し込められている。香澄は、内心不満たらたらだが、皓輝が回復しないうちは、無理をしないで静観する事に決めた。


 香澄は、皓輝の行動に責任を取ると言った。


 皓輝の『主』になったのだから、これからの皓輝の行動は、勿論、過去の責任も香澄は負うべきだと考えていた。

 しかし、命や怪我の責任まで負えるなど、傲慢な事は考えていない。香澄の負えるものなど、たかが知れている。


 キプトの町で、皓輝が暴れた責任を取りたいと、蘇芳に、死者や重症者がいないか尋ねた。


「どうか、お気になさらないで下さい。死者も重傷者はおりませんし、竜族は、多少の怪我はすぐに完治してしまうほど、治癒力が高いので心配いりません。壊われた家の半分は、興奮した竜族が、室内で竜になって暴れたせいですし、家の修理も魔法ですぐに直せてしまいます」

「それは、不幸中の幸いです。ですが …… 」


 香澄は、家の修理や怪我をさせたお詫びに、何かすべきではないかと悩んでいた。それには蘇芳が答えを出してくれた。


「『異界の悪魔族』は、長年の竜族の仇敵です。何度滅しても復活する、謎の黒い霧に悩まされてきました。ですが、香澄様の下僕(多分、皓輝のこと)を介して、様々な情報を入手出来る可能性があります。『異界の悪魔族』の解明にご協力いただければ、過分なほどの利になります!」


 興奮気味の蘇芳が言うように、『異界の悪魔族』の情報が皓輝から得られれば、賠償になるのかもしれない。他の竜族も同様らしく、香澄と皓輝の『主従の誓約』を歓迎してくれた。大らかな竜族の対応に、『脳筋』?と、思ってしまった事は内緒だ。

 ただし、黄檗の興奮ぶりに、香澄はドン引きさせられた。黄檗は、香澄の前に跪くと、ギラギラとした目で見上げながら、頬を染めて褒め称えた。


「香澄様、歴史に残る快挙でございます。我ら竜族の仇敵を手なづける手腕もさることながら、完全なる『主従の誓約』まで締結なさるとは、こんなに感動いたしました事は初めてです …… 素晴らしい! 実に、素晴らしい! 香澄様を讃えて、キプトの町で感謝の祭りを行うべきでしょう! そして、毎年『香澄様感謝祭』を行うべきです!香澄様、是非とも …… 」

「はい! はい! はい! 黄檗はもう少し冷静になってね。香澄ちゃんは疲れてるんだから!」


 藍白が、黄檗を引っ張って連れて行ってくれなかったら、まだまだ続きそうだったので香澄は助かった。何故だろう? 藍白がいきなり大人びた感じがする。香澄は、『覚悟』と口にした藍白の事が気がかりだった。

 

 正直なところ、香澄は、かなり打算的な考えで皓輝と誓約した部分がある。


 皓輝は、恐ろしく強かった。キプトの街で、あれだけの竜族に攻撃されても互角以上に戦った。しかも、その後で竜の姿で攻撃する藍白とも互角に戦っていた。


 香澄は、異世界で何も知らない女が、強者に利用されず、一人で生きていけるほど甘くはないと考えていた。自分が弱い立場にあると自覚している。ファルザルク王国、もしくは竜族の庇護が必要だろう。

 香澄は、相手を信じることは美徳だけど、相手のいいように利用される可能性だってあると思っている。たとえ、主従関係であったとしても、香澄には絶対信頼出来て、自分を守る実力も兼ね備えた存在が必要だったのだ。


 ところで、香澄は『主従の誓約』の影響で、『主』として皓輝に関して色々と知ることが出来るそうだ。つまり、知識の共有が可能となる。

 だが、皓輝はとても古い時代から存在する精霊のようなものだという。その為、香澄が皓輝の知識を全て共有しようとすれば、香澄の精神が壊れる可能性がある。なので、必要な知識以外を共有しないように、皓輝を眠らせて微調整しているのだ。

 香澄に『主従の誓約』の影響を説明して忠告してくれたのは、『誓約の精霊』だった。皓輝の微調整等も、彼女にお任せしている。


 『在沢司法書士事務所』で、香澄の髪を楽しげに整えてくれた『誓約の精霊』が、微笑みながら香澄の横に控えている。


 彼女の名は、リーフレッド。


 本来、誓約の精霊は姿を顕したりしない。しかし、誓約一件につき、精霊が契約が厳守されているのか、常時監視と報告の為に契約者の双方の傍にいるのだ。『誓約の精霊』とか『盟約の精霊』とか、誓約の内容で呼ばれかたが変わるそうだが、基本的に『在沢司法書士事務所』に所属する精霊だという。彼女が香澄にアドバイスをしてくれるのは、開業八百周年記念月間の特別アフターサービスだそうだ。


 精霊は香澄の専属で、食事も睡眠も必要なく、給料も要らない。香澄の許可なく、姿を他者に見せないから好きな精霊を連れていけと『誓約の女神』に押し付けられた。だが、香澄が選ぶまでもなく、ニコニコ微笑みながらついてきたのが、リーフレッドだった。


 リーフレッドは、ナゼか香澄の世話を甲斐甲斐しくしたがり、紅茶を入れてくれたり、着替えを手伝ってくれたりする。その中で、香澄の髪の手入れに、一番力が入っていた。

 香澄は、複雑に結い上げられ、リボンが編み込まれた自分の髪型を見て、リーフレッドの存在が知られるのも時間の問題だと思いながら、当分の間は内緒にしておこうと考えている。


 リーフレッドは、ウェーブのかかった赤毛をゆったりと結い、垂らした後れ毛が艶めいた美人さんなのに、後で顔を思い出そうとしても、朧げな印象しか記憶に残らない。『誓約の精霊』は、色々なスキルを持っていそうだ。


 ぜひ、少しずつでいいから教えてもらいたいと、香澄はちょっとだけわくわくしているのだった。




お読みいただき、ありがとうございます。


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