第十八話 長く伸びた影の先
絞殺未遂の表現があります。
この様な表現が苦手な方は、申し訳ございませんが。お読みにならないで下さい。
第18話を読まず、次の話から読んでも何があったか解るように書く予定です。
香澄は、子猫の皓輝とリーフレッドに癒されて、ほっこりとした時間を堪能していた。
バリバリバリバリ!!
突然、何かが感電した様な凄まじい音が、廊下から室内にまで響いてきた。香澄は何事かと驚いて、リーフレッドと顔を見合わせた。彼女は生温い目をして、半笑いで大丈夫だというように頷いた。どうやら、緊急事態ではないらしいと、香澄は判断した。
暫くして、扉がコンコンと叩かれ、黄檗の声が聞こえてくる。
「香澄様、よろしいでしょうか?」
「は、はい!」
香澄が返事をすると、黄檗を先頭に続いて三人の竜族が開かれた扉から入ってきた。室内から、リーフレッドの姿はすでに消えている。
しかし、香澄はリーフレッドの気配を感じとっていた。『主従の誓約』で、皓輝との間に繋がりが出来たのと同じように、香澄と『誓約の精霊』のリーフレッドとも繋がりが出来ているようなのだ。
香澄にも理屈はよく分からないが、『誓約』とは、こういうものだと思うしかない。便利な機能だから、あれこれ悩みより受け入れてしまっている。香澄は、悩むより慣れろの精神でいたが、竜族よりもよほど『脳筋』だった。筋肉はないが …… 。
「香澄様、体調はいかがですか? もし、よろしければ、ファルザルク王国との話し合いにお越しいただけますでしょうか?」
「体調は、大丈夫です。ぜひ、お伺います。あの、黄檗さん。さっき、凄い音がしていたみたいなんですが?」
「ああ、大丈夫です。藍白が仕掛けていった、結界に触れたので、攻撃魔法が発動しただけです」
「えっ?! 黄檗さん、攻撃魔法だなんて大丈夫だったのですか?」
「はい。香澄様を御守りする為でしたら、この程度の結界や仕掛けでは、まだまだ十分ではありません。藍白にしては甘いですね。後で、きつく説教しておきます。香澄様が心地よく過ごすには、この家では不十分だというのに、あの馬鹿は …… !」
「あの、黄檗さん?」
「香澄様の身の回りの世話をする女性でさえ入れたがらず、護衛すら嫌がる始末。いくら白竜だといっても、我がままが過ぎます! まるで、自分のつが …… 」
「黄檗さん!」
「はっ! 香澄様、失礼いたしました!」
「 …… いえ、いいんです。では、話し合いの場所に連れて行って下さい」
香澄が皓輝と『主従の契約』をしてから、黄檗はずっと変だと香澄は思っていた。色素の薄い長い金髪を腰まで伸ばし、モノクルを右目に挟み、立ち姿の美しい文学青年風の黄檗は、初めて会った時の様な、クールな頭脳派の印象が崩壊して、皓輝と同じような病んだ空気を振りまいている。早く治って欲しいと、心から香澄は願った。
「香澄様、申し訳ございません。それは置いていって下さい」
黄檗は、香澄が皓輝を抱いたままついて行こうとしたのを見て言った。
「皓輝も一緒じゃ駄目ですか? まだ、目を覚まさないので心配なんです」
「香澄様と、『主従の誓約』を締結した事や、我々の敵『異界の悪魔族』と多少異なる存在であると、キプトの町の竜族も聞き及んではいます。しかし、一部の者には不信感を拭えない者も、まだ多数おります。香澄様の安全を考慮いたしますと、まだ目覚めない役立たず …… ごほん! 従者など必要ないでしょう」
「黄檗さん。本音が駄々漏れです …… 」
香澄は、迷った。黄檗の言い分も、理解できた。竜族達の立場や気持ちになれば、確かにすぐには皓輝を信じられないだろう。
しかし、香澄は皓輝を一人にするのは不安だった。逆に、香澄も竜族達を完全に信用していなかったからだ。香澄の留守中に、竜族の誰かが皓輝に危害を加えない保証もないのだ。
黙々と考えている香澄に、ふわりとリーフレッドが囁いた。
『私が、皓輝を見守っていましょう。『誓約』の厳守の為に必要ならば …… 皓輝を敵から隠す事くらいならば許されるでしょう』
香澄は、皓輝を布でくるみ椅子のクッションの上に寝かせた。目覚める気配のない子猫の頭をそっとひと撫でして、立ち去ろうとした一瞬、リーフレッドが頷き微笑む姿が見えた気がした。香澄も頷き返して、心の中でリーフレッドに皓輝の事をお願いした。
「皓輝は、置いて行きますが、どうか、皓輝には危害を加えたりしないで下さい。わたしも、皓輝には悪い事はさせませんから、どうかよろしくお願いします」
「承知いたしました。では、参りましょう」
香澄は、黄檗達と藍白の家から出て歩き始めた。
ゆるやかな下り坂は、ほんの少し魔霧の森の縁に近づいて街の中心へと向かっていく。
夕暮れが、徐々に空を茜に染めはじめていた。キプトの街は、魔法て修復されたらしく、すっかり元通りに見えた。香澄は、魔法の便利さを実感していた。
ーーーー ドサリ!
香澄の前を歩いていた黄檗が、何の前触れもなく膝から崩れ落ちて倒れた。香澄が驚き戸惑ううちに、他の三人の竜族もバタバタと倒れてしまった。
「黄檗さん! ええっ?!」
香澄は、すかさず黄檗に駆け寄った。それから。倒れている竜族を順々に調べていくと、皆ゆったりとした呼吸をしている。全員の身体も、傷や出血がないことを確認した。
「みんな、気絶して眠ってるだけ? どうして? 何が起きてるの?!」
香澄は、丘の上に見える藍白の家まで戻れば、誰かいるかもしれないと思い立ちあがった。駆け出そうとした瞬間、誰かの鋭い視線を感じて魔霧の森を振り返った。
暗い木立の間に、少年が佇んでいた。
香澄は、身構えた。竜族が、数人バタバタ倒れているにも関わらず、少年は何の動揺もなく静かにそこに立っていたからだ。
遠目にだが、アレクシリスが着ていた様な紺のシンプルな軍服姿で、黒い革のブーツが良く似合う、まだ線は細いが背の高い少年だ。
「 …… 誰?」
香澄が声をかけると、少年はゆっくりと近づいてくる。日射しが傾き始めたのか、森の縁に当たって、早々と影が伸びてきている。夕暮れの光の中に現れた顔を見て、香澄は息を飲んだ。
その顔は、アレクシリスにそっくりだったからだ。いや、彼よりも五歳は若く見える。成人前の少年の姿に戻った、金髪碧眼の王子様がそこにいる。彼はアレクシリスと違い、金の髪を長く伸ばして、背中でみつ編みにしていた。それに、憂いをおびた暗い表情をしていて、瞳は光を映さず虚ろだった。
「あなたは、アレクシリスさんの弟さんか何か?」
「俺は、ランスグレイル=ダリウス=ファルザルク。『鍵』は、おまえか?!」
「えっ?」
香澄は、いきなり衿を掴まれ、引き寄せられた後、足払いを掛けられて地面に転がされた。
「おまえのせいで ……! リングネイリアを殺したのはおまえだ!」
ランスグレイルと名乗った少年は叫んだ!
そして、香澄の服の衿元を片手で捻りギリギリ絞めあげていった。香澄は、喉が締まって息が吸えない苦痛に必死に抵抗した。
彼は、片手なのに香澄の両手でも引き剥がせない。苦し紛れに爪を立て、彼の手を引っ掻いた。ランスグレイルは、手の甲の傷から血が滲んでも、香澄の首を締める力が緩むことはなかった。
ランスグレイルは、馬乗りになり、香澄の首に短剣を当てた。剣先がブルブルと震えていいる。香澄は逆光で、彼の表情を見ることができなかった。ただ、上からぽたぽたと顔に落ちてくる水が温かく、しょっぱい気がした。
今日は、男の人の涙をよく見る日だな。ここで、理由も分からず死ぬの? 家に帰らなきゃ、皓輝の事も心配だし、まだ中途半端な事だらけで、こんな最期、後悔しかない!
香澄は、せめてもの抵抗に最期まで相手の顔を見つづけていてやろうと思った。精一杯、眼を開けて相手を睨むつもりなのに、視界にキラキラ小さな無数の光が散らばっていく。ガンガン頭痛がして、生理的な涙が、眼の端から流れ落ちる。口の端からも、涎がダラダラ流れていく。
やがて、ピントが会わずぼやけた視界は霞んで白くなっていき、指先は固く強ばっているのに、体から力が抜けていった。意識が、一気に暗闇に落ちていく。
あ、あ、記憶が、勝手に零れて、溢れ出した。走馬灯ってこれかな? 最期が、忘れたい記憶の再現って、どんな罰 …… だろう …… ね。
「うううっ、! リア?! 何故、俺は?こんな事を?」
香澄の耳に、ランスグレイルの戸惑う声が聞こえてきた。暗闇の中で、香澄の感覚はもう音しか感じていない。
『香澄様!』
「うあっ!」
ザシュッ! と、何かが切り裂かれる音と、何かが倒れた音がした。
もう、静かにして欲しいな。やっと、苦しくなくなって、体もふわふわしてきて気持ちいいのに …… 。
「香澄ちゃん!」
「 ………… ぐっ! ゴフッ! ゴホッ! ヒュッ! ゴホッ! うっ?! グッ、ゴッ! ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ …… 」
「 …… 香澄ちゃん! 息、吸って! 香澄ちゃん! 息! 吸って!そう、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて …… 」
急に、苦しくなった! 気管が! 喉が! 肺が! 頭が! 全身が! 耳鳴りがする! 目から涙が、噎せて苦しいのに、心臓の鼓動が辛い! 息、吸わなきゃダメ?! 吐くの? 苦しい、痛っ! 痛い! 痛い! …… ? わたし …… どうしたの …… ?!
「香澄ちゃん! 香澄ちゃん! 香澄ちゃん!」
『香澄様! 香澄様! 香澄様!』
ーーーー 瞳の焦点合ってきた。香澄は、茜色に染まる空を見上げていた。息をする度に、頭もはっきりしてきた。ゼイ、ヒュー、奇妙な音を立てて息をしているのが、自分だと気が付いた。香澄を覗きこむ二人が、藍白と皓輝だとわかってホッとして、再び気を失ったのだった。
泣かないで、ちゃんと息してるから、もう、大丈夫だよ …… 。
お読みいただき、ありがとうございます。




