最後の念押し
「あんた……一体なんなの!?突然現れて!」
下出みどりがヒステリックに騒いでくる。
なんなの、ってなにかしら。
全部あなたが招いたことじゃない。
一人の人間の尊厳を愚弄してそのままで済むと思っていたのかしらこの女は。
鈴木さんのようなこの手の人間というのは、意外と狭いコミュニティで生きている。
それはそうでしょう。高スペックと呼ばれる男性が、無限に湧いて出てくるわけがない。
あっという間に今日のこの出来事は噂が広がるでしょうね。
「なにって?私は慶次くんの元カノのあなたと、ちゃんと別れたかどうかの確認をしに来ただけよ。そこにたまたま知り合いの鈴木さんがいたから少し世間話をしただけ。なにか問題あったかしら?」
「なにか問題って……」
「……と、適当にかわして話すこともできるのだけど……今日この場で全部のケリをつけたいから腹を割って話しておこうかしら。あなた、なぜ誠実に別れなかったの?」
「はぁ?誠実に別れるって?」
「あなたは高校を卒業し進学して、そこで今までとは違う生き方を見つけた。それで、価値観の相違から今までいた彼氏とは付き合えなくなって別れる。それは全然いいわよね。ありふれた話よ」
「……そうよ。私はもう慶次とは違う世界の……」
「さっきの忠告を忘れたのかしら?」
「……田沼さんとは……もう違う世界の……」
「ならなぜそれをきちんと伝えなかったの?私は今日慶次くんと会ったばかりだけどね、彼の人となりくらいは分かっている。あなたがそう誠意を持って伝えて別れを切り出したのなら彼は了承してくれたはずよ」
「…………」
「それを、『まだ付き合っていると思いたいのなら思っていてもいい?』?もし地元に帰って自分にその気が残っていたら付き合ってあげる、だったかしら?あまりに卑劣、浅ましい、さもしい……」
「それってそんなにいけないこと?私に惚れているんだからチャンスを残してあげたほうが慶……田沼さんのためになるじゃない。別にその時に私の気が変わっていれば、また私と元通りに付き合える。それってただのメリットにしかならないじゃない」
「そこよ。『気が変わっていれば』?つまり、その時点であなたは慶次くんを愛していなかった、気持ちが離れていた。私もね、世間様に褒められるような生き方はしていない。何人もの男と交際している。だけどね、一度たりとも愛情を失くした彼氏をキープのために残しておくようなことはしたことないわ。……まあ、そもそも愛情を失くしたことなどないのだけど」
「はぁ?何人もと付き合っている?二股?三股?じゃあなにを偉そうに言っているのよ。キープだってなんだって結局やってることは一緒じゃない」
「あなたにとっては一緒に思えるのでしょうね。心こそが重要だというのに。後から付き合えるチャンスを与えているのだから相手の男にとってもメリットになる……そんなことを言えるのは心を無視しているからよ」
「こんな冴えない男が私みたいな女性と付き合える可能性はもうないわ。いえ、私とどころか二度と女性と付き合うことすらできなかったかもしれない。だったら僅かでも可能性を残してあげたほうがいいじゃない。本当に私が心変わりする可能性だってゼロじゃないんだから」
「そう。じゃあその予想は外れたわね。慶次くんは私と付き合ったわよ。私はあなたより格下の女かしら?」
「そんなのはただの結果論じゃない。あの時はそうじゃなかった。だから私はメリットとチャンスを与えた」
「あなたさっき縋りつかれても面倒だから別れ話をしなかっただけって言ってたじゃない。言ってることがコロコロ変わりすぎよ」
「そ、それは両立することであって……」
「本音は分かっているわ。メリットがどうこう縋りつかれてどうこうは全部あと付けよね。あなたは昔のパっとしない自分から脱却して新しい世界に踏み出せた、住む世界が上がったと思った。そしてそれを一番実感できるのは過去の彼氏である慶次くんと話している時だったのでしょうね。だから完全には切らないで置いておいた」
「…………」
「それで極めつけに間男との情事の様子を電話越しに慶次くんに聞かせた、というわけね。さぞ自尊心は満たされたでしょうね性的な興奮も得ながら。心というものが理解できないとそういった行動もできるようになるのかしら」
そこまで言ってふと思った。
まさかこの中の男に……
「ねえ、鈴木さんたち。まさかあなたたちの中に今言った間男は……」
「「「いない。そんな品性下劣な行為は誓ってしていない」」」
すぐに返答してきた。
よかったわ。
鈴木さんが言う。
「君も分かっていると思うけど、これはただのギャラ飲みだ。暇つぶしだよ。話題の内容もつまらないから二度目はないなと思っていたところだ」
「よかったわ。もしそうなら本当に絶縁しなければならないところだったわ」
「すまない。これからはこういった遊び方も控えるよ。もしこんなことが原因で君と二度と会えないようなことになったら悔やんでも悔やみきれない」
「そこら辺は別に気にしないわ。あなたたちにしてみれば居酒屋で焼酎を飲んでいるのと同じ感覚なのでしょうし。ただ、これからも下劣な行動はしないで欲しいわ。私の知り合いなんですもの」
「ああ、誓ってしないよ。……それに、そうだね。交際してはいないけど、君と知り合いで、連絡も許してもらっている身だ。これからは普段の遊び方も改めるよ」
そこまでは望んでいないのだけどね。
別に彼氏でもなんでもないのだし。
さて、最後の念押しね。
「さてみどりさん。あなた、随分と自分に自信がおありになるようね。高校を卒業して進学してこういった男性に囲まれてさらにその思いは深まった、といったところかしら」
「そういう生き方をしてきた。努力もした。美しさを手に入れるために投資もした。それがいけない?」
「全然いけなくないわ。私もね、恥ずかしながら自分には結構自信があるほうなのよ。奇遇よね。似た者同士というわけ」
そう言って、私は彼女の頬に両手を添えた。
優しくこちらを振り向かせる。
「同じ美人同士、ね?」
ニコっと微笑む。
相手は身動きもできない。
ええ、意地悪よ。ただの意地悪。
だって私は世界の美しさの一番上にいると自覚している。
事実そうなのだからしょうがない。
その私が、『同じね』と言って微笑む。
この女にしてみればどう答えていいのかすら分からないだろう。
「……なんなの、あんた……その顔……女神とでもいうつもり?」
「ただの慶次くんの今カノよ?ちょっとばかり普通より愛情が深いだけの人の女よ」
「…………」
「慶次くんは私がきちんと生涯をかけて幸せにすると誓うわ。あなたは今日この場で退場してちょうだい。可能ならばもう慶次くんのことを思い出すことすらして欲しくない。青春時代の思い出として美化して記憶することすらして欲しくないわ。おばさんになって若い頃の思い出話をしている時に『私も幼馴染の元カレがいてさー』なんて話題にすらして欲しくないの。慶次くんのことは過去から全部私のものにしたい。だけどそれは不可能だから、あなたには忘れて欲しいの。それで我慢できるわ」
「……あんたたち……今日出会ったばっかりなんじゃないの……?狂ってるわ」
「そう?彼女なのだからこれは当たり前よ?」
───孤島・お嬢視点───
「………ということがあったのよ」
船長の人が答えて言う。
「お、おう……」
「どう?」
「どうって……というか、確か嬢ちゃんのモテなかったエピソードじゃなかったのか?なんか途中から路線変更した気がするんだが」
「序盤は慶次くんが私の顔を見て逃げ出したのだからモテなかったエピソードカテゴリよこれは。だってこれ以上にモテなかった話とかないわよ」
「そんなもんかい。というか……これは分かってはいたことなんだが……愛が深すぎない?」
「そう?普通よこんなの」
「普通じゃないんだよなあ」
「あなたたちにだって同じ愛情を注いでいるわよ?」
「そうなんだけど、逆にそれが怖いというか……えーっと、本当に今のエピソード並に俺たちのことも愛しちゃってるわけ?」
「そりゃそうよ何度言わせるのよ彼氏全員に同じ愛情を持ってるって」
「でも、嬢ちゃんの昔の話聞くと日本の彼氏たちのほうが大切にされてない?なんか俺らのほうが酷い目にあう確率高くない?」
「別にあんたたちならいいかなーと思って」
「なんでだよ!!」
そこに罠を作る人が割り込んできた。
「あのよ、お嬢……確かに愛情深いいい話だとは思ったんだが……」
「そうでしょう。愛情深いのよ私は」
「はたから見ると、『スーパーで出会った初対面の男に強者権発動させて無理やり過去の話を聞き出して拉致ってホテルに連れ込んで口説いて付き合って一発やってその勢いのまま元カノの所に乗り込んでボコボコにした』ってことだよな?」
「…………」
「やっぱお嬢はパネーぜ。惚れ直したわ」
「……スープレックス系とドライバー系、どっちがいい?」
「え?」
「タイガースープレックス'85とタイガードライバー'91、どちらか選ばせてあげる」
「だからなんで受け身不可のやつばっかなんだよ俺の時は!!決め技すぎるだろどっちも!!」
(お嬢の過去話はすげーな、軽くドラマ超えてくる)
(まあドラマだったら第一話で事案発生で放送休止だからな)
(というか俺たちも同じ扱いってことだよな?これ)
(別に俺たちも好きだからいいけどさあ)
(別れても離れはしないとかよく分からんこと言ってたぞ)
(じゃあやっぱり一生一緒ってことじゃん)
(罠のやつがぴくりとも動かねーぞ)
(つか、お嬢の恋愛観って、その場のノリとか自分に酔ってるとかじゃなくて本気で言ってるんだよなあ)
「「「「「ま、いっか」」」」」




