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悪女

「はじめまして、みどりさん」


 私はニッコリと笑って話しかける。

 隣には座らない。


「あなたの彼氏だった慶次くん、私とお付き合いすることになったの。だから、一応まだ交際が続いているという扱いになっているあなたに、挨拶をしに来たわ。」


「はぁ……?」


「ああ、あなたの中ではもう終わっていたのでしたっけ?それで別れ話をするのも面倒だから『付き合っていると思いたければ思っていていい』、そう言ったのよね。でもね、私そういうあやふやなのは嫌なのよ。何度も見てきているの、その手の話は。あやふやにしておいて、後から状況が変わった途端に手のひらを返すような話」


「な、なに言ってるの。今さら慶次のところになんか戻るわけないでしょ。私はもう住んでるステージが……」


「呼び捨てにするな」


 じっと相手の目を見据えながら怒気をまとわせた声を出す。


「下出(しもで)みどり、もうお前は慶次くんの彼女でもなんでもない。二度と慶次くんを呼び捨てにするな。名字にさんを付けて呼べ。それと私はお前をはっきりと敵だと認識している」


「…………」


「あら、少し言葉が乱れてしまったわね、ごめんなさい。でもそれだけ私は慶次くんのことを大切に思ってしまっているの。それに、私だって呼び捨てになんてしていないのよ?慶次くん、そう呼んでいるわ。だからね……お前ごときが馴れ馴れしくするな」


 鈴木さんも他の男たちも声を出せないでいる。

 あら、慶次くんもかしら。

 ごめんなさいね怖がらせてしまって。

 昔『君みたいな美少女が怒ると本当に怖い、男にしてみたら世界から否定されたように思える』って言われたことがあって、言葉遣いには普段から気をつけているのだけど……この女相手ならどうでもいいでしょ。


「鈴木さん、ここはステージの高い人間しか来れない集まりなの?」


「え、あ、す、ステージ?なんだいそれは」


「この女がね、慶次くんに言っていたらしいのよね。私はもう住んでいるステージが違うって。ここはステージの高い集まりなのでしょう?ならば、慶次くんの彼女である私なんかが踏み入っていい場所じゃないってことよね。ごめんなさいね?ステージの低い私が土足で踏み入るような形になってしまって」


 私は鈴木さんに向かってにっこりと微笑みながらそう言った。

 他の男たちに向かい直して言う。


「あなたたちもごめんなさい?二度とあなたたちの前には姿を現さないと誓うわ。高ステージにいるっていうこのみどりさんと今後は楽しんでね?」


 私がそう言うと鈴木さんが慌てたように言ってくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。二度と……二度と姿を現さない?つまり二度と君に会えない?」


「そうなるわね」


「ぼ、僕はね、何度君に袖にされても、もしかしたらいつか君と交際できるかもしれない、いや食事を一緒にできるかもしれない、それを頼りにして必死に頑張っているんだ。仕事も何もかも全て!」


「あらそうなの。なら今後は他の生きがいを見つけないとね?」


「君という存在以上の生きがいが男にあるわけないだろう!君がこの世界にいると考えるだけで心が満たされる!いつか食事をできたら何を話題にしよう、得意の仕事の話なんかしたら嫌われる、つまらないと思われる、だから必死に知識も付けるし、生きた経験をすることも欠かしていない!重厚な男になれるよう常日頃から意識している!」


「光栄ね。でも残念ね。私とは生きているステージが違うらしいからこれからは別の目標を持ってちょうだい?」


「いやだ!いやだ!いやだ!」


 鈴木さんは人目もはばからず泣き出してしまった。

 ……ちょっと可哀想なことをしたわね。

 この人を利用しようとしているのは私のほうなんだし、ここまでにしておきましょう。

 そもそもここに鈴木さんがいたのは偶然なわけだし。


「分かったわ。食事の約束も交際の約束もできないけれど、それを私に申し込める立場くらいはこれからもあなたにあげるわ。つまり今後も私に連絡はできる。それでいい?」


「いい!いい!もちろんだ!それだけで僕は生きていける!ありがとう!ありがとう!!」


 一転して満面の笑みが戻った。

 ま、今回のお詫びに、一度くらい食事をしてあげることにしましょう。

 他の男たちにも確認する。


「あなたたちはどう?やっぱり私なんかとは生きるステージが違うから、私とは今回限り、全く縁がなくなる、そういうことでいいかしら?まあ今日初めてここで出会ったわけだからそれが当然といえば当然なのだけど」


「な、なにを!食事とか交際とかそんな夢みたいなことは言わない!もし街で偶然出会うことがあったら、会話をしてくれる、その程度で十分だ!だから今回限りで絶縁とか言わないでくれ頼むから!」


「お、俺も同じだ!連絡先を教えてくれとかそんなことを言って嫌われることすら怖い!今後、何かの拍子に偶然会うことがあったら、その時に無視しないでいてくれればそれだけで十分だ!」


 男たちはそう答えてきた。

 まあそう答えてくることは分かっていたのだけど。

 この男たちのことも私が利用しているだけだから、なにかしらの償いが必要だろう。

 私になにかをプレゼントしてそれを私が受け取ってあげる権利、その程度で十分かしらね。

 口にしないと伝わらないから一応伝えておく。


「そう。じゃあ鈴木さんのように連絡先は教えられないけど、もしあなたたちが偶然私に会うことがあったら、何かしら私にプレゼントしてちょうだい。それを私は拒否しないで受け取ってあげる。それでどうかしら?」


「もちろんだ!ありがとうありがとう!何をプレゼントするかじっくり考えて選び抜いて、いつでも君に渡せるように持ち歩く!」


「右に同じだ!金で買ったつまらない物は送らない!僕はこう見えて木工細工が趣味でね!小学校の頃からの筋金入りだ!一生に一度の渾身の作品を作っておく!それを受け取ってもらえると嬉しい!」


 あら、二人目の男はなかなかに私好みのことを言ってくるじゃない。

 私は宝石よりも貴金属よりもそういう物を好きなのよね。

 原価100円であったとしても落ちていた木を拾って作ったものであっても。

 いいわ、きちんと受け取った上で、私の目に見えるところにその木工細工を置いてあげるとしましょう。


「そ、楽しみにしているわ。……でもそうなると鈴木さんとバランスが取れないわね。鈴木さんも私に何か贈り物してくださるかしら?」


「本当かい!ありがとう!僕は腕時計いじりが趣味なんだ!小型旋盤を使ってパーツの削り出しなんかもできる!この世に一つしかないワンオフの腕時計を作って君に送らせてもらうよ!」


「あら、そういうの好きよ。もし気に入ったらもしかしたら日頃から使うことになるかもね?気合いを入れて作ってもらえると嬉しいわ」


「うん!うん!」


 さて、男たちの対応はこんなものだろう。

 そして、なんのためにこんな茶番をしたかといえば……


「でも、彼氏の許可がないと食事の約束もプレゼントを受け取ることもできないわ……」


 私がそう言うと、男たちは慶次くんに向かってバっと視線を向ける。


「き、君!今の話は……聞いていたのだろう?頼む!許可すると言って貰えないか?」


「頼むよ!今、人生の中でやっと本当に生き甲斐を見つけたと思えた瞬間だったんだ!子どもの頃からの木工の趣味は今まさにこの時のためにあったと思えるほどだ!」


「頼む!頼む!」


 男たちは慶次くんに向かってそう拝み倒した。

 すると慶次くんはこう言った。


「え、ええ。もちろん……そういったことは彼女が判断することですから。僕が拒否する権利はありませんから。すべて彼女の意思次第です。ですから僕みたいな若造に頭を下げないでください」


「「「ありがとう!ありがとう!!」」」


 はい、終わり。

 そしてここからが本番。

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