美人さんに会いにいくとしましょう
「で、あなたの元カノの名前はなに?」
着替えをしながら私は慶次くんに尋ねた。
「名前かい?下出みどりっていうんだけど……ねえ、本当に会いに行くの?」
「当然よ。だって一応はまだ慶次くんとその女は付き合っていることになっているのでしょう。ならご挨拶は必要でしょう?今後の念押しもね」
「……正直、もう君と付き合っているのだからこのまま連絡しなければいいような気がするんだけど」
「ダメよ。そういう女はもし今のキラキラ生活が破綻して困窮したら、安パイのあなたのところに来る可能性があるわ。『やっぱり私にはあなたしかいなかった』って言いながらね。私、そういう可能性は完全に消しておきたいの」
「そんなことあり得るのかなあ」
「あり得るのよ。そんな事例は何回も見てきているの」
「それに、もしそうなってもその時に断ればいいんじゃ……」
「あなたね、気づいていないようだからハッキリ言うけどただのキープ以下よ?あなたと電話した時におっ始めたという話、あなたにしてみればただの間男なのでしょうけど向こうにしてみれば本命なのでしょうね。それで、そういう状態を理解した上でその男はその女に触れておっ始めた。女は声を隠そうともしなかった。電話も切らなかった。あなた、完全に舐められてるのよ。その場の盛り上がりのための舞台装置にされていたの。向こうの二人はさぞ興奮したでしょうね」
「…………」
「さっきまでは慶次くんは他人だった。だから、世間話としてそれを聞いていた。だけどもう今は違う。私の彼氏が侮辱された。キラキラ女の性的興奮のための材料にされた。私、腸が煮えくり返っているのよね。このままで済ますつもりはないわ」
「……どうするというんだい?」
「待って。調べさせる」
私はそう言うと連絡アプリを使って伝手がある人間に連絡をする。
慶次くんの元カノの名前と情報を伝えると、数分したら返信がきた。
「分かったわ。あなたの元カノのこと。どうやら今夜は高スペック男性との会合に出席するみたいね。連日そんなようなことをしているみたい」
「えっ?なんでそんなことが分かるんだい?」
「そのうち嫌でも分かるようになるから、今はそういうものだと思っておいてちょうだい。私は何一つ隠し事はしないから、私に関することは慶次くんはこれから全部知ることになるのだから」
「あ、うん……」
「場所は……新幹線ならそれほど時間はかからないわね。予約するからちょっと待ってちょうだい」
私は電車の予約と駅からのハイヤーの手配を済ませた。
夕方には現地に着けるだろう。
それと並行して、その下出みどりという女が出席する会合にも出られるように手配する。
会合と言っても、ただのギャラ飲みなのだから手配は簡単に済んだ。
もちろん慶次くんも一緒に入れるようにしてある。
「準備は全部済んだわ、じゃ行くわよ慶次くん」
「君は……一体何者なんだい?」
「私?ちょっとばかり愛が重いただの女よ?」
◆
「このホテルね。まあいっちょ前に最上階ラウンジなのね。静かな大人の社交場気取りかしら。会員制バーで馬鹿騒ぎでもしてればいいのに」
「こんなホテル、僕入ったことないよ。本当に行くのかい?」
「ここまで来てなにを言っているの。それに別に会合に出席しておしゃべりなんかしないわよ?あなたの元カノを見つけてそれで話をつけるだけ。そうしたらすぐにこんな所はオサラバよ」
ホテルマンと話し、エレベーターで最上階へ行く。
自動扉が開き、私たちは最上階のラウンジへと足を踏み入れた。
全面ガラス張りの向こうには、夕刻のグラデーションに染まる都会の街並みが広がっている。
ピアノの生演奏が静かに流れる空間。
その奥の、一番広いソファー席に「彼女」はいた。
下出みどり。
数人の男たちに囲まれ、高価なシャンパングラスを片手に、上品ぶった笑顔を振りまいている。
何人か女はいたが、その女が慶次くんの元カノだろうと私は一目で分かった。
「慶次くん。あの女はあなたを自分の引き立て役、ただの舞台装置だと思っていた。でも、そんなわけないでしょう? あなたはこれから私の隣に立つ男なのよ。あんな安い女に、いつまでもあなたの人生を縛らせておかないわ」
「でも、僕は……」
「いい? 最初の一歩はあなたが踏み出しなさい。後のことは全部私がやる」
慶次くんの背中を押す。
ここは間違えちゃいけない。
全部私が済ませたら彼の心の靄は一生晴れない。
あくまで最初は慶次くん。
私は慶次くんの彼女としてフォローする。
私の言葉に、慶次くんの瞳に小さな、だけど確かな光が宿った。
彼は深く息を吸い込み、力強く頷くと、自らの足で歩き出した。
「――みどり」
慶次くんの声に、ソファー席の連中が一斉にこちらを振り返る。
その女は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの落ち着きを取り戻したようだ。
「え?嘘、慶次?なんでこんなとこにいるの?ストーカー?あのさ、ここってあなたが来るような所じゃないのよ。というかなんでここまで入れたわけ?」
「ストーカーじゃない。君に、最後の挨拶をしにきたんだ」
慶次くんの声は、ラウンジのピアノの音に負けないくらい、静かで、凛としていた。
「下出みどり。君とは今日で完全に終わりだ。……いや、最初から終わっていたんだね。今までありがとう。君との思い出は僕の青春そのものだった。でも、今日で終わりにしてくれ」
「なにを言っているの?ああ、私が付き合ったままでいてあげるって言ったのを勘違いしたの?あんなのはただ別れ話をしにあなたに会うのが面倒だっただけ。縋りつかれてもウザいから。とっくに終わってたっての」
「……そうか」
予想していたこととはいえ、それを慶次くんを前にして言うかこの女は。
でもよく頑張ったわ慶次くん。
そこで男の一人が話し始める。
「何やら今日の会合にどうしても新規の参加をねじ込んでくれと電話があったから許可したけど……君は誰だい?みどりくんの関係者……いや元カレかな?なぜそんなことを言いにこんなところま……」
男が言いかけたところで私が前に出る。
ここからは私の仕事。
「お久しぶりね鈴木さん。元気にしてらした?」
私がその男に声をかける。
すると男は目を見開いて驚愕する。
「……は?なんで君がこんなところに……?」
「ごめんなさいね。ただ私は今の彼氏とその元カノとの関係を精算しに来ただけなのよ。ほんの5分で済むから少しだけ時間を頂けないかしら?」
「え、新しい彼氏……?え、そこの彼がかい……?君、いくら僕が懇願しても付き合うどころか一緒に食事にすら行ってくれなかったじゃないか……なんでこんな冴えなさそうな男と……?」
「ああ、ただの縁。そう、縁よ。彼とは繋がったの。あなたとはそれがなかった。ただそれだけ。それで5分間の会話の許可はくださるかしら?男性陣の面々を見る限り、あなたが主催者よね?」
「あ、ああ。もちろん。5分と言わず何時間でもいてくれていい。こちらからお願いするよ」
「ありがとう。でもそんなに時間はかからないわ」
私は鈴木さん以外の男性にも目を向け許可を得る。
「ごめんなさい。少しだけお邪魔させてもらうわね?」
男たちはただただ私を見て驚いているようだ。
さあ、さっさと用を済ませて、こんなしょうもない場からは退散するとしましょう。




