美しさの頂点
───少し昔・お嬢視点───
「ねえあなた。いまさらだけど名前を教えてもらえるかしら?」
連れ込んだホテルで私は彼に尋ねた。
「僕は田沼慶次っていうんだ」
「そ。慶次くん。まず謝っておくわ。あなたには私の能力である『交際している男性に対しての強者権』が既に発動してしまっているの。これは、私が彼氏に対して絶対無敵になる能力なのよ。」
「……交際している男性に対して?一体どういうこと?君と僕とはさっき会ったばかりで、しかも僕は……君みたいな美しい女性は……正直苦手なんだけど」
「『シャンプー買いに行くのに付き合って』と私が言って、あなたはそれに同意したでしょ?それできっちりと発動してしまったみたいね」
「……なぜそれで交際していることに?」
「さあ。この能力を授けてくれた神様に聞かないとそこは分からないわね。でも発動してしまったものはしょうがないわよね。あなたが鉄パイプで私を殴ろうが、なにをしようが、私は無傷。逆に私は、小指一本であなたをどうとでもできるようになってしまったの。」
「ちょっと意味が分からないかな」
「そうでしょうね。ま、試しに痛めつけるわけにもいかないから、そこは頭で納得してちょうだい。で、ここからは未来の話、ここから先どうするかの話よ」
「未来?」
「ええ、正直、私はあなたに縁を感じている。私を見て逃げ出そうとした男なんて初めてだったし、それにあなたの話を聞いていてあなたの彼女……私、勝手だけど非常に腹が立ってしまったの。その女を見たことも話したこともない、それも相手の言い分も聞いていない、それは分かっているわ。だけどね、不思議ともうあなたとの縁はこれからも切れない気がするし、その女に対する嫌悪感も本物だと思っているのよ」
「……僕が、ただ誇張して話しているだけかもしれないよ?自分の非を隠して」
「そうかもしれないわね。ま、人なんてそんなものよ。それで……そういうことを確かめるためにも……あなた、本当に私の彼氏にならない?」
「……君と?」
「ええ、私と」
「……君とは会ったばかりだし、それに話したでしょ。僕はまだ彼女とは別れていない」
「ああ、そうだったわね。『付き合ってると思いたかったら別にそう思っていてもいい』って言われたのだっけ?それで、彼女が短大を卒業して地元に帰ってきて、それでもし彼女にその気があったら付き合ったままでいてあげてもいいって、そう言われたのよね」
「……………」
「そんなことまで私に話してしまったことを後悔している?そうよね初めて会った得体のしれない女に普通はそんなことまでは話さないわよね」
「……………」
「あなたも、私に縁を感じているのよきっと。そう思わない?」
「君との……縁」
「そ、縁。人ってね、縁が人生の大きな割合を占めるのよ。縁、縁。どんなに優れた人でも縁に恵まれないとダメになっていく。逆に縁ができた人が自分を引き上げてくれることもある」
「そう……かもしれないね」
「私はたまたま、さっきの西友に安物のシャンプーを買いに来た。そしてあなたと会った。あなたは私を見て逃げ出し、私はそれに興味を持って追いかけた。そしてあなたとこうして話している。あなたは今までの人生で一番大きかった経験を私に話して、私はそれを聞いてしまった。これって立派な縁よ」
「うん……」
「騙し討ちにならないように、あらかじめ言っておくわ。私はとんでもない女よ。彼氏は複数人いる。二股どころではないわ。つまり私と付き合った時点で、あなたは私の彼氏のうちの一人」
「えっ?」
「事実よ。そう、あなたの彼女と似たようなものよね。だけど、一つだけ決定的に異なる点がある」
「……?」
「私は彼氏たちを全員公平に愛する。全員が一番。心から愛情を注ぐ。嘘偽りのない愛を生涯誓うわ」
「…………」
「その上で言うわ。あなた、私と交際なさい」
「複数人の彼氏のうちの一人、か……」
「ええそうよ。嫌悪感は当然あるでしょうね。当たり前よ」
「それでいて、心から愛情を、嘘偽りのない愛情を注ぐ」
「ええそうよ」
「そんなことが、人にできるのかい?」
「人は知らない。私はそうする。そして事実としてそうしているわ」
「凄い話だね」
「でも本当のことなの」
「彼氏たちの愛も受け止めて?」
「当たり前。それは当たり前なのよ」
「……縁、か」
「そう」
「確かに、その言葉以外にしっくりくるものはないね。君に担がれてホテルに連れ込まれた時は何事かと思ったけど、それも含めて……か」
「ああごめんなさい。こんなところに連れ込まれてその気になってしまった?もしそうなら後できちんと相手をするわ。でも、その前にまずは気持ちの確認は必要よね」
「気持ち……そうだね」
「『あなたの正直な気持ちを聞かせて欲しい』なんて言わないわ。頭のおかしい女に拉致されてホテルにいるようなものでしょうからね。『正直に言う。君を愛してる』なんて言われてもピンとこないわ」
「ハハ、確かにそうだ」
「だからね、なんとなくでもいいのよ。好きとか愛してるとか君とならやっていけそうだとか、そういうのは今はまだいらない」
「うん」
「なんとなく、この変なおかしな女なら、話していて、一緒にいて、ギリギリ許容できるかな?その程度で今は十分」
「そんなもんなのかな」
「だって会ったばかりだもの。そんなものじゃない?」
「君と話していて……美人だけど、なんか、もう怖くない」
「うん」
「嫌悪感がない」
「うん」
「彼氏が複数いる美人……本当なら僕が一番苦手な人間のはずだ……でも、不快感も嫌悪感も湧いてこない。不思議だね」
「うん」
「きっと君は複数の彼氏と、そういう関係も当たり前にしているんだろうね。僕が一番怖い話だ。でも……拒絶感が湧かない」
「うん」
「もし本当に君が僕に対して縁やつながりを感じてくれているのなら……君と一緒にいたい」
「うん」
「僕から言うよ。交際して欲しい。受けてもらえるかな?」
「一切合切全部承知よ!これで私は慶次くんの彼女。慶次くんは私の彼氏よ」
「よろしく頼むね」
「ええ、死が二人を永遠に切り裂くまで」
「ハハ、大袈裟だな」
「私と付き合うということはそういうことだから。そこだけは覚悟しておいてちょうだい」
ここだけは私の譲れない一線なので、きちんと念を押しておく。
「うん分かった。末永くやっていこう」
「おいで」
私は慶次くんに両手を差し出す。
不思議と慶次くんは長年連れ添った彼氏のように、当たり前のようにこちらに身体を預けてきてくれた。
◆
「で、その女と私はどっちが美人?」
「なに突然」
「その女は慶次くんと付き合って高校で突然垢抜けてはっちゃけたのよね。それで、元々の顔立ちがいいから一気に化けた、とそういう話だったわよね」
「化けたって……いやまあそうだけども」
「で、どうなの?」
「うん、本当は女性の容姿に優劣をつけるのはよくないのだろうけど……まぁ正直比べるのも馬鹿らしいよ。路傍の石とダイヤモンドだ」
「そう」
「なんだろうね。ちょっと現実感が湧かない美しさだよね。それ、どうなってるの?こういう関係になってから言うのもなんだけど、僕なんかが君と関係を持ってしまって良かったのか不安になってきたよ」
「あなたのものよ?この顔も身体も」
「うん……ありがとう」
「否定するのも嫌味になるからちゃんと言うけど、世界中に私より美しい女は存在しない。過去現在未来含めておそらくずっと、ね」
「多分本当にそうなんだと思う。いや、多分じゃないな確実にそうだ」
「で、その私が、これからあなたの人生を躓かせた路傍の石相手にきちんと挨拶しに行くわ。慶次くんを貰い受けました、もう手を出すな、連絡もするな、頭の中で思い浮かべることすらするな、そう言いにね」




