お嬢のモテエピソード
───船長の人視点───
今日も今日とて島での労働を終え、海岸の拠点に帰ってきた俺たちは、みんなで焚き火を囲んでいた。
もう毎日これだな。
娯楽もほとんどないこの島だから、こういう場で雑談するのが日課なわけだ。
男30人、それぞれ何の接点もない人間同士だから、意外と話を聞くのが面白いのだ。
自分以外の生き方の話とかな。
ま、そんな中でもやっぱり聞いてて一番面白いのは嬢ちゃんの話だ。
悪い意味で予想の斜め上をいくので、聞いていて飽きない。
「なあ嬢ちゃん、今日はお嬢のモテエピソードでも聞かせてくれよ」
「は?なによそれ」
「いやだからモテエピソードだよ。その手の話には事欠かないだろ?」
「そんなの聞いてどうすんのよ。男って女の過去の話とか嫌うもんでしょう?」
「いやもう嬢ちゃんくらいになるとどんだけ過去に男絡みの話があっても不思議じゃないというかあって当たり前というか、別に嫉妬とかはないんだなこれが。だってモテてないとかそんなの嘘っぱちだって100%分かるんだからよ」
「まあそうね」
「だから聞かせてくれよ。普通の女から聞くようなモテ自慢の話よりずっと面白そうだからよ」
「うーーーーん……正直、その手の話はあんまり面白くないと思うわ。道を歩けばナンパされてとかいきなり土下座されて付き合ってくれとか、いきなり泣き出して手を握られてとか、そんな話はありきたりでしょう?」
「ありきたりではねーよ……」
「だから、逆路線の話をしてあげるわ」
「逆路線?」
「そ。モテなかったエピソードよ。逆にこういうほうが面白いんじゃないかしら」
「嬢ちゃんがモテないとかあんのか?」
「まあ男の価値観も色々だからそういうことだって中にはあるわよ。稀ではあるけどね」
「へー、じゃそれを聞かせてくれよ」
「私にとってはあまり面白い話ではないんだけどね……まあいいわ、してあげる」
「頼むわ」
「あれは確かシャンプーが切れて西友にPBのやつを買いに行った時だったと思うわ。西友のPB大容量シャンプーが一番安いから」
「なんで金に全く不自由してないのにそういうところでケチるんだよ……スーパーのPBのシャンプーでその髪の毛を維持できてるってのも凄いけどよ」
「何を使っても一緒なのだから安いほうがいいでしょう。お金はあっても別に無駄遣いする必要はないわよ。一番近いスーパーが西友だったというのもあるし。まあそれはいいわ。それで、西友の中を歩いていたら、気の弱そうな男が前のほうにいてね」
「ふむふむ」
「私の顔を見てビクっとして逃げ出したの」
「顔にスズメバチでも止まってたのか?」
「そんなわけないでしょ……それで、私としてもそんな経験は初めてだったわけよ。私の顔を見て驚いて声をかけてきたり見惚れたりとかそういうのが日常だったから、割と衝撃だったわ」
「いつもと違うことが起きると人間って驚くからな」
「それで私としてもちょっとプライドが傷ついたのよね。なによ私の顔を見て逃げ出すって。失礼しちゃうわよね。だから追いかけたのよ」
「……なんで?」
「イラっときたから」
「お、おう……そうか。それで?」
「追いついて腕を握ってこっちを振り向かせてニコって笑ったの。普通ならこれでどんな男でもイチコロなわけだけど、その男は『ヒッ!』とか言って腕を振りほどいて逃げようとするわけよ。これには温厚な私も怒髪天を衝いたわけよ」
「まあ人の顔見て悲鳴ってのはちょっと酷いわな」
「だからそのまま腕を掴んで西友の中にあるフードコートみたいなとこに連れて行ったわ。フードコートといっても西友の中で買ったお惣菜とかを食べるスペースで飲食店はないのだけど」
「ああそういうスーパーあるよな。んで?」
「小一時間ほど問い詰めてみたんだけどね。なんで私を見て逃げたんだって。普通そんなことないでしょって。私を見たのならまず一目惚れからのボーイ・ミーツ・ガールが始まるでしょうって。ロマンティックが止まらなくて恋心が暴走特急になるのが普通でしょうって」
「言葉で聞くと大したことないが多分ひでー絵面だったと思う。110番されてもおかしくない状況だな」
「60分くらい問い詰めた後だったかしら……その男が語り始めたのよね」
「比喩じゃなくて本当に小一時間問い詰めたのかよ」
「だってなにも言ってくれないんだもの。それで、ぽつぽつと話してくれたんだけど、つまりは『美人が怖い』、そういうことなのだそうよ」
「へー、そういうこともあるのか。まあ正直嬢ちゃんの顔は整いすぎててちょっと怖くなることもあるくらいだからな、少しは気持ちが分かるかな?」
「そういうことじゃなくて、美人全般が怖いらしいのよね。私の顔がどうこうじゃなくて。でもまあそういう特殊な精神状態があったとしても、普通逃げるくらい美人が嫌いなんてことある?苦手とか関わらないでおこうとか、せいぜいその程度じゃない?」
「そうかもな。苦手でも走って逃げ出すとかまではいかないだろうな」
「それで、どうしても気になるからまずは強者権を発動させちゃおうと思って、『私、今からシャンプーを買わなきゃいけないの。付き合ってくださる?』って言ったのよ」
「……?それになんの意味があるんだ?」
「そうしたら相手は『え、は、はあ……分かりました』って言ったからそれで強者権発動したわ。『付き合って』って部分に了承したとみなされて条件クリアしたってことね」
「いくらなんでも酷すぎない!?騙し討ちってレベルじゃねーぞ!?もうそれで一生嬢ちゃんの奴隷じゃんかよ!西友のシャンプー買いに行くのに了承しただけで!」
周りの男たちも口々に言った。
「前から思ってたけど発動条件がガバガバすぎ」「それだと落ちた鉛筆取って、とかでも発動するんじゃないのか?」「発動条件というかそれをやろうとするお嬢の精神性がガバガバすぎる」「倫理の講習会を週一で開催することにしましょう」「しかも解除できるかどうかお嬢ですら知らないんだろ……」「お嬢専用の規制が条例で作られるレベル」
うん、俺も同意だ。
「まあお嬢の道徳観は非常に遺憾ながら一旦置いておくとして、それでどうしたんだ」
「さすがにフードコートでこれ以上話し込むのも気が引けたから、その男を担いでホテルに連れ込んだわ」
「事案じゃん」
「落ち着いて話すにはそれが一番なのよ。で、まぁ事情を聞くわけだけど……予想通り、女に対するトラウマだったわけ。前の女のね」




