お嬢とユニコーン
「この島って野生生物はいるの?」
彼氏たちが集まった焚き火の前で尋ねてみた。
食事にたまに肉のようなものが出ることがあったのでなんとなく予想はしていたがきちんと確認したことはなかったのよね。
地図を作る人が答えてくれる。
「いるでござるよ。それも結構豊富でござる。ヤギみたいなのとかイノシシ、それにでかいトカゲとかがいるでござる。それに驚くなかれ、馬もいるのでござるよ」
「馬!それは凄いわね」
「そうでござろう。まだまだ地図は作成途中でござるが、この島はかなりの広さがあるでござる。ヤギやイノシシ、トカゲは在来種でござろうが、馬はもしかしたら過去に人間が持ち込んで野生化したものであるかもしれんでござるな」
「馬、見たいわ」
「そうなのでござるか?食料にするつもりでござるか?」
「そうじゃないわよ。乗ってみたいのよ」
「鞍と鐙もなしに素人が馬に乗るのは無理でござるよ。それに野生の馬でござるよ?飼いならされた馬ですらなかなかに難しいと聞くでござる。やめておいたほうがいいでござるよ」
「そうなの?残念ねえ」
「遠目に見るくらいで満足しとくのがいいでござる」
「そうね、美少女と馬……なかなか絵になると思わない?」
「そう……なのでござるか?」
「ええ、野生の荒い気性の動物ですら魅了してしまう私……なかなか素敵だと思うわよ」
「そんなもんでござるか」
「それにユニコーンと美少女というのは鉄板の組み合わせでしょう?角は生えていないけど、馬だって似たようなものでしょう」
「ユニコーンは処女厨でござるよ?お嬢はむしろ不倶戴天の敵扱いされてもおかしくないでござるよ?」
「あなたを馬代わりにして乗り回してもいいのだけど?」
「やはり美少女にはユニコーンでござるな!処女かどうかなど些細な問題でござる!お嬢には馬が似合うでござるよ!」
「そうでしょう。なら早速馬を見つけに行きましょう」
「ええ……行くのでござるか?今から?」
「そうよ。善は急げというでしょう。あなたたち、5人くらい付いてきなさい。私が馬を魅了するからその隙に捕まえるのよ」
「「「へーい」」」
さ、いつもの森へ分け入って川に着いたらそこを下ってみましょう。
イノシシやヤギもいるというから見てみたいわね。
……トカゲはどうでもいいわ。
なによトカゲって。
◆
「なかなかいないわね」
「おそらく数はそれほど多くないでござるよ。今日中に見つからない可能性もあるでござる」
「えー、嫌よ森の中で野宿とか。あんたたちしっかり探してちょうだい」
「うーん、森の中より海岸のほうに出て少し平坦な場所に行ってみたほうがいいかもしれないでござる。馬がこんな鬱蒼とした森の中で走り回るとは思えないでござる」
「なるほどね。じゃあそっちへ行ってみましょう」
いつもいる海岸とは別方向の海へ向かってみる。
なるほど、この島はずっと森というわけじゃなくてある程度開けた場所もあるのね。
ウサギなどの小動物もたまに見える。
……ん?あの先に見えるのは……もしかして……
「いたでござるよ。馬でござる」
「……本当にいるのね……探しに来ておいてなんだけど本当にいるとは思わなかったわ」
「牧場とか動物園で見るのとはやはり迫力が違うでござるな。自然の凄みがあるでござるよ」
「と言っても馬は馬よ。さ、私のマスコットとして捕獲しましょう。これからは私の足になってもらうわ」
「えー……本当にやるのでござるか?」
「当然よ。さ、あなたたちも持ってきたロープとか出してちょうだい」
「「「へーい」」」
彼氏たちがもそもそと準備を始める。
じゃ、私は一足先に馬を魅了してしまうことにしましょうか。
馬に近づき声をかけてみる。
「お馬さんお馬さん、こちらを見てちょうだい?」
私が言うと馬は本当にこちらを向いた。
言葉が通じるのかしら?
「私ね、あなたとお友達になりたいの。ねえ、ダメかしら?私……実はとっても淋しいの。あなたがいてくれたら私はとっても嬉しいわ」
彼氏たちにするのとは違う声のトーンで話しかける。
顔の前でお祈りのポーズをしてちょっとクネクネしてみる。
これで落ちない男……オスはいないはずよ。
(俺たちに対する態度と違いすぎるだろ)
(なんだあの猫なで声は……なんかが憑依してんのか?)
(淋しいって、彼氏30人の逆ハー作っといてなにがどう淋しいんだよ)
(まぁ初見であれを見たらどんな男でも落ちるだろうが……普段のお嬢を知ってると不気味だとしか思えん)
「あなたたち、後でちょっと話があるからね」
「「「なにも思ってません」」」
馬は最初は警戒していたが、少しずつ距離を詰めてきてくれた。
私の思いが通じたのね。
「さ、怖がらなくていいわ。これからはあなたが私のフェラーリよ」
馬はさらに近寄ってきて……私の匂いをクンクンと嗅いだ。
なにかしら?なにかを確認しているのかしら?
「お嬢、もしかしてこの馬ユニコーンタイプなのでは?」
「……なによユニコーンタイプって。飛行タイプみたいな?」
「いやそうじゃないでござる……処女厨かもしれないでござるよ?」
「一体なにを言っているの。処女厨の馬ってなによ。それにだとしたらなんだというの」
「お嬢は多分この世で一番ユニコーンから遠い存在でござるよ」
「あなたね……」
私が言いかけると馬は突然鳴き始めた。
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒヒヒヒーーーーーーーーーン!!!!ブ、ブ、ブ、ブルオオオオオオオ!!!!!」
耳をつんざくような狂気じみた嘶きが、青空の下の静かな海岸に響き渡った。
「……な、なになに急に!? 私の美しさに感動して歓喜の雄たけびでも上げているの!?」
「いや絶対に違うでござるよ! あれは『汚物を見る目』でござる! なんなら『よくも俺のピュアな聖域を穢してくれたな』っていうブチギレの表情でござる!」
「なによそれ!匂いかいできただけよこの馬は!」
「それがダメだったのでござるよ! 野生の鋭い嗅覚で見抜かれてしまったのでござる! お嬢のその……芳醇すぎる『最もユニコーンの理想とは遠い存在感』を!」
「芳醇ってなによ!!」
思わず叫んだ私の前で、馬の目が血走っていく。
先ほどまでのお馬さんの面影はどこへやら、前脚で猛烈に砂浜を蹴り上げ、バリバリと大地を削り始めた。明らかにこちらを攻撃する気のようだわ。
「ヒヒヒヒヒーン!ブブブ、ブルルオオオオォォォンンン!!!」
「ちょっと待ちなさいよ! 私をなんだと思ってるのよ!?」
「事実を察しただけでござる!この島に来てから、男30人を順ぐりに振り回して好き放題やってきたお嬢の生態を ! 処女厨のユニコーンが許すはずがないでござる!」
「え、ユニコーンで確定なのこの馬!?どちらかというと農耕馬寄りのルックスなのだけど!」
「外見は関係ないでござるよ。今はまさにルッキズム排除の世相。農耕馬でありながら心はユニコーンなのでござる。アップデートするでござるよお嬢」
「馬の癖に人のステータスを勝手に判定してんじゃないわよ! 処女じゃなくて何が悪いのよ! きっとこの馬は生粋の童貞馬よ!」
「お嬢、野生の生き物にガチの暴言を吐かないでほしいでござる」
そう言っている間に馬は本当にこちらに突進してきた。
「お嬢!例の強者権は馬には効かないのでござるか!?」
「馬にどうやって交際の同意取れっていうのよ!」
「それもそうでござるな」
連れてきた彼氏たちが決死のダイブで私を突き飛ばし、間一髪で馬の踏みつけを回避する。
ドガッ!と砂煙が上がり、私たちがいた場所には深い窪みができていた。
「な、なによあいつ! 本気で私を殺しにきてるじゃない!」
「当たり前でござる! ユニコーンにとって非処女の接近は存在の根幹を揺るがす禁忌! ガチ勢の処女厨を舐めてはいけないでござる!」
「ガチ勢処女厨の農耕馬はなかなかユニークな存在ね……馬刺しにしたくなってきたわ」
「ヒヒーーーン!」
馬は狙いを外すと、くるりと向きを変え、今度は砂を巻き上げながら彼氏たちに向かって突撃を開始した。
「うわああっ!? こっち来た!?」
「待て! 俺たちは関係ねえ!」
「待つでござる! 冷静に考えるでござるよ! なぜ馬が拙者たちまで攻撃するのか!」
「えっ、そりゃお前、お嬢の取り巻きだから……」
「違うでござる! こいつは『お嬢を非処女にした元凶ども』として拙者たちを不倶戴天の敵認定しているでござる!!」
「「「俺たちと会う前からとっくに非処女だったっての!!」」」
「お嬢!なんとかしてくれでござる!」
彼氏たちが逃げ回りながら助けを求めてくる。
私は地面に座り込み、乱れた服を整え、ふんと鼻を鳴らした。
「……もういいわ」
「えっ?」
「あんな選民思想の塊みたいな処女厨馬、こっちから願い下げよ! 自分の都合のいい理想だけを押し付けて、私の魅力を理解できないなんて、審美眼ゼロのニセモノユニコーンだわ!」
「ユニコーン系であることは完全に認めたのでござるか!?」
「だいたいね! 清純派だのなんだの言ってる男ほど、いざとなると役に立たないのよ! あんな気難しくて扱いにくい馬に乗るくらいなら、あなたたちを縄で繋いで馬車でも引かせた方が100倍マシだわ!」
「「「ええーー………」」」
私たちが話していると、暴れ回っていた馬がふと足を止めた。
そして、ドン引きしたような目で私を一瞥すると、哀愁漂ういななきをひと声残して、森の奥へと猛スピードで走り去っていった。
「……どうしたのかしら一体」
「処女厨としてもうお嬢の相手はしてられないと思ったのではないでござるかな」
「…………」
「お嬢の美しさも野生生物には通用しないということでござるな。なんかちょっと安心したでござるよ。これで漫画のように馬まで手懐けていたらちょっとやりすぎでござる」
「動物と心を通わせ合うのは聖女として当然の嗜みなのに……」
「「「性女かな?(でござるかな?)」」」
「あんたたち、帰ったら本気で覚えてなさいよ?」




