島の怪談
───船長の人視点───
今日の夜はお嬢が眠たいとか言ってとっととテントに引っ込んだから男たちだけで話し込んでいる。
暖かい季節ということもあり、なんとなく怪談話をしようということになった。
墓場で見た人魂の話とかそんなよくある怪談話をそれぞれしていたら、魚捕りのやつが語りだした。
「これはさ、昔の話じゃなくてついこの前の話なんだけど」
「おう、お前も怪談あるのか?いっちょ披露してくれや」
「う、うん……この前、夜中に酷い雨が降った日があっただろ?」
「あったあった」
「そんでよ、雨の音がうるさくて目が覚めちまってよ、なんか寝付けないもんで川に仕掛けた魚捕り用の仕掛けでも確認しようと思って外に出たんだよ」
「真面目だなお前は。雨の日に魚の仕掛けの確認なんて危ないだろうに」
「水に入るわけじゃないからな。上のほうから仕掛けが流されちまってないか紐を引っ張ってみて確認とかそんな感じだ。特に危ないことはしてない」
「なるほどな。それで?」
「うん、そんでさ……仕掛けも流されてなかったし、テントに帰ってもう一眠りできたらいいなとか思いながら帰ろうとしたんだよ」
「うんうん」
「そうしたらよ、帰り道の途中によ、いるんだよ」
「なにが?」
「人が」
「雨が降ってる夜中にか?」
「そうそう。でまあ俺と似た感じで寝付けないやつが暇だから俺についてきたんかなと思ったんだがよ、なんか目だけ光ってるし、髪の毛もうっすら光ってるし……あ、これ人じゃないかもしれねえ、この島にいるなんか得体のしれないものに出会っちまったと思ってよ……」
「こええなそれ」
「そんで、逃げるったって引き返したって川なわけでよ。どうしようもねえから、危なくなさそうならササっと横を通り抜けようと思って近寄ってみたらよ……」
「うん」
「お嬢だった」
「えええええ。なんで?」
「分かんねえ。ほらお嬢の目って独特だろ。なんか宝石みたいでよ。そんで髪の毛も、星の光を集めたみたいな、表現しようのない色だろ。それがさ、雨の中で月明かりに照らされて、うっすら輝いてるんだよ……」
「おおおう」
「俺さ、初めて知ったよ。あんま綺麗過ぎるもんっておっかねえんだよ。人じゃねえんだよ。なんか得体の知れないもんに出会っちまったんじゃないか、とかそんな感じになってよ。ついさっきまで俺らとエロ話してて笑ってたお嬢なのによ、まるで別人というか」
「なんとなく分かる気がする。なんかそういうとこあるよな、あそこまでいくと」
「そんでさ、喋らないの。一言も。『どうしたんだよお嬢こんな雨の中』て言っても一歩も動かずにあの目でずっと見てくるんだよ俺んとこを」
周りの男たちも
「「「こえええええええ」」」
って言いながらぶるぶる震えてる。
「そんで、しばらくしたらお嬢が雨の中座ったんだよ。は?倒れた木とかじゃなくて地面に座るの?この雨の中で?って思ってたらさ、なにも言わずに横をトントンって叩いてよ……つまり『座れ』ってことなんだよ」
「おおう、そんでお前は座ったのか?」
「座ったよ。雨降ってるのに地べたに二人で座ってさ、その後お嬢喋らないからさ、俺のほうから喋り続けてよ……その間、お嬢は目を見開いてずーっと俺んとこ見てくるの。なんも言わずに、だぜ」
「「「こえええええええ」」」
「十五分くらいしてからかな……やっとお嬢が口を開いてくれてよ」
「お、おう。なんて言ってきたんだ?」
「『あなた、自死するつもりだった?』って」
「…………」
「いや俺は雨の音で眠れないからちょっと外に出ただけで、そんなつもりはないって何度も何度も言ってよ。でもその間もずーっとあの目で俺んとこ見てくるの。なにも言わずに」
「……それは……あれだな」
「『心の中は覗けないから、どこで限界を迎えるか分からない。表面上は楽しそうに見えても心は限界かもしれない。もう終わりにした方が楽と思える瞬間があるのは知っている』って言ってきてよ……ああ、お嬢は俺を心配して追ってきたんだな、と分かって少しは安心したんだけどよ……」
「おう、それで?」
「そっと、俺の首に手を添えてきた」
「…………」
「『どうしても無理なら、私が終わりにしてあげる、一瞬の苦しみも与えない』って言ってよ……俺は心底チビりそうになった。あ、これもしかしてここで俺の人生終わりか?ってよ。だって俺は悲壮な感じとかまったく出さずに話してたんだぜ?だけどお嬢の中では俺の心が限界になってるんじゃないかってよ、そういうよ、もう上手く言えねえけど、お嬢って話通じないとこあるだろ?一旦思い込むと」
「ああ、めちゃくちゃあるなそういうとこ」
「お嬢って普段は、瞳自体は大きいけどちょっと目尻が心持ちあがった感じの目してるだろ、それをさ、まん丸に見開いて言ってくるんだよ。その目が光っててよ。んでさ、お嬢がその気になれば俺らのこと一秒もかからずにあの世行きにできるだろ?そういうことが分かってるからよ……」
「そんでお前はどうしたんだよ」
「いやもう言い訳というか、そんなつもりはないんだってずっと説明したよ。だって本当に自殺する気なんてまるでなかったんだからよ。でもお嬢はどうしても信じられないみたいでよ……『自分でやって苦しみながら死ぬくらいなら私がやってあげる』ってまだ言っててよ」
「「「こっわ」」」
「まああんな土砂降りの夜中に川に向かった俺が悪かったんだろうな。そりゃ誤解してもおかしくないってもんだ。お嬢の思い込み気質と相まってひでーことになった」
「そんでどうしたんだ」
「乳を触った」
「…………ん?」
「もうなに言っても信じてもらえそうになかったから、なんか打破できるかなと思って乳を触ってみた」
「すげーよお前」
「そうしたら『……そういう元気があるなら、今、この場は、とりあえずは大丈夫そうね』って言ってやっとこさ首から手を離してくれてよ」
「おお、良かったな」
「いや、よくねえんだ。お嬢は続けてこう言ったんだ。『本当に、本当に、ダメになったら、いつでも言いなさい。その時はまた、ここを触らせてあげるから』って」
男たちの間で、ごくりと息を呑む音が重なった。
もちろん悪意ではない。歪んだ母性……でもない。
壊れた救済者のような、純粋で底の抜けた善意だ。
「お嬢の中ではさ、俺のあの命がけの悪あがきが『死ぬ前に女の乳を揉んでおきたかった男の執念』に見えたらしいんだよ。だから、次に俺が死にたくなった時のための『現世に繋ぎ止める餌』として、自分の身体を登録したというか、そういう感じなんだろうな」
「じゃあ、ここんとこやたらお前が明るく振る舞ってたのって……」
「ああ、そう。俺が落ち込んでたりしたら、お嬢は『ああ、またその気になってしまったのね』って、あの綺麗な目を見開いて、胸を差し出して、それでもダメだと判断したのなら首に手をかけてくるんだろうぜ」
「これ、怪談カテゴリでいいのか?ちょっとジャンル違わないか?チビりそうなんだが」
「だからよ……頼むから、俺の前で『死にたい』とか『もう駄目だ』とか冗談でも言うなよ? お嬢がどこで聞き耳立ててるか分かんねえんだから。もし誤解されて連帯責任にでもなってみろ、全員あの世行きだぞ。俺は正直あの人の価値観がいまいち分からねえんだが、俺達が苦しんでどうしても死を選ぶような状態になったら、苦しんで死なせるより自分でケリつけたほうがいいくらいに思ってんだよ」
俺たちが青い顔で深く頷き合った、その時。
パサリ、と近くの草むらが揺れた。
全員の身体が、石のように硬直する。
ゆっくりと首を巡らせた先、俺たちが囲む焚き火の明かりが届くか届かないかの暗がりに、人影が立っていた。
お嬢だった。
いつの間にかテントから出てきていたらしい。
寝間着のまま、銀の髪を揺らしている。
月明かりを浴びたその髪は、星の光を集めたように淡く輝いていた。
そしてその瞳は、昼間の愛らしさはどこへやら、夜の闇の中で宝石のようにらんらんと丸く見開かれ、じっとこちらを見つめていた。
「ひっ……」
魚捕りのやつが短い悲鳴を飲み込んだ。
お嬢は一歩も動かず、ただ焚き火を囲む男たちの顔を、一人ずつ、値踏みするように順番にねめ回していく。
その視線が最後に魚捕りのやつに留まった。
お嬢は、何も言わずに。
自分の胸の前に、そっと両手を添えた。
「ガチなのは禁止でござる!怪談は面白おかしいの限定でこれからは頼むでござるよ!!」
地図のやつの声が響き渡った。




