第八話 和解
気絶していた蒼太は夢を見ていた。初めて晴と会った日の事を。蒼太は原爆症を患ったせいで、ピカの病がうつると周囲から差別を受けていた。その上、ABCCという施設に言葉巧みに誘われて、アメリカの最新鋭の治療を受けられる事を期待していたが、実際は体中を調べられただけ。つまり核実験のサンプルにされただけで、何もしてくれなかった。そのせいで蒼太は酷く人間不信と化した。
「人なんかもう二度と信じてやるか」
だが悪い事ばかりではなかった。道端でボーっと座っていた所を、西王が組に誘ってくれて収入を得る場所を手に入れる事ができた。もう虫を食べる生活からおさらばする事ができたのだ。
「お前暇そうだね。良かったら私の所で働かないか?」
しかし、葵に出会って、争い、殴られ、遠くまで逃げてしまった。気がつくと、蒼太は見知らぬ街へ辿り着いていた。
そこで蒼太は泣いている女性に出会った。蒼太はとある事を思いついた。どうせ原爆症のせいで短い人生なのだから、最後くらいは女遊びをしてやろうと、下心で女性に近づく。
「そこのお姉さん……泣くぐらいなら俺と遊んで笑いましょうよ」
「えっ?」
「名前なんて言うの?」
「晴です」
「俺、蒼太っていうんだ」
蒼太は晴とエスキーテニスという、戦後の広島から生まれたスポーツをした。これは、子どもたちに楽しみや希望を与えたいという願いを込めたとある実業家が考案したものだった。しかし晴は下手くそだった。中々球に当たらず、失敗するたびに蒼太が根気強く教えて、ついにちゃんと飛ばせるようになった。二人は一緒に喜んだ。その後も、二人は一緒に遊んだり生活を共にする幸せな暮らしを過ごした。
しかし蒼太の原爆症は、とうとう晴にバレてしまう事になる。幸せな日々は、どうなってしまうのか。
「ゲホッゲホッ!」
蒼太は血反吐を垂らしてしまった。もはや言い逃れなどできない。
「大丈夫?蒼太君……えっと……もしかして原爆症なの?」
蒼太は、とうとうバレてしまったか……と思った。ピカの病を患っている人間なんて、近づけばうつるかもしれないという恐怖で結局彼女も逃げてお終い。そう思っていたが。
「黙ってて悪かったな、俺は原爆症なんだ……うつるかもしれないからもう俺には関わらない方がいい」
しかし晴は蒼太の予想を超えた。晴は心配そうな顔で蒼太を見る。
「蒼太君、関わらないなんて無理だよ……うちはね、蒼太君が初めて声をかけてくれたとき、戦争で家族を失った事で酷く泣いていた。でも君が遊びに誘ってくれて、そして楽しい日々を過ごせたのが幸せだった……一人ぼっちだったうちを救ってくれたのは君なんだよ……きっと病気の事は大丈夫……これだけ一緒にいてもうつらなかったし……それにもし本当にうつる病だったとしてもうちは君のそばにずっといたいから……」
蒼太が夢から覚めかけていたとき、葵はソルへ殴りかかった。しかし、またしても止められてしまう。全く通じる様子がない。
「何度やっても無駄だよ。君は僕から逃げられない」
またしても僕は負けてしまうのか。葵がそう思いかけていたとき、倒れていた蒼太がいつの間にかソルの脚を引っ張り転ばせた。今だ!と思った葵は全力でソルを殴る。ソルは気絶し倒れた。葵はその隙に急いで晴の拘束を解除した。
「葵……晴を助けてくれてありがとうな……」
「蒼太さんは原爆や原爆症で苦しんでいたと前に教えてくれましたよね。だからこそ、僕はこれ以上あなたが傷付いて欲しくなかったんです」
蒼太は確かに時和に対して悪い事をしようとした。だが、だからと言ってこれ以上苦しんで欲しいわけではなかったのだ。
「は……お前馬鹿みたいに人が良すぎるな……俺は酷い事をしようとしたんだぞ」
「それでも……同じ西王会の人間である事に変わりはないですから……仲間を大切にしたいと思って何が悪いんですか」
「……本当にありがとうな」
葵と蒼太は、晴を連れて西王会へと帰った。晴はどうやら無事なようで、二人はすっかり安心した。そして時和と出会う。
「おっ、久しぶりだな蒼太。まずは俺に対する詫びとして、褌一丁で土下座して貰おうか」
「ああ……」
蒼太は本当に服を脱ごうとした。どうやら冗談の通じない男らしい。
「えっ、ちょっと待て本当に脱がなくていいって冗談だっつーの」
「……すまなかった時和……それと西王……今まで黙ってたけど俺、原爆症なんだ」
「お前原爆症だったの?……病気の人間に今まで私は無理をさせてしまっていたね……気付けなくてごめん」
西王は真剣に謝る。以前、作業に蒼太が遅れた事を責めてしまっていたからだろうか。
「いや、謝るのは俺の方だ……すまない」
「あのっ、うちは蒼太とずっと一緒にいたんですけど、原爆症は人から人にうつる事はないので、そこは心配しないでください西王さんと時和さん」
「ああ、私は信じるよ。……とりあえず蒼太はもう休んでいな……療養中も私が色々支援する。働けなくても蒼太は西王会の仲間である事に変わりないからな」
「ありがとう西王……」
こうして、蒼太は皆に受け入れられた。牙驢馬のときと同じように、ちゃんと話し合えば人は分かり合えるのだ。
「そうだ葵。お前俺と友達になりたいって言ってたよな。それじゃあ……早速エスキーテニスやろうぜ」
「はい!よろしくお願いします」
葵は初めてエスキーテニスに挑戦する。そして案の定葵も下手くそだった。ずっと空振りばかりを連発する。すると、蒼太が丁寧に球の打ち方を教えた。晴に教えた技術を、今度は葵にも継承するときなのだ。そして、ついに。
カキン!
「やった!蒼太さん!僕打てましたよ!」
「やったなあ!葵!」
かつては恐ろしい争いをしていた二人が、今ではすっかり友達同士となっていた。そう、友情に人種の壁など存在しないのだ。二人の関係は、原爆の被害者とアメリカ人の血を引く人間がこうして仲良くなる事ができると証明した。




