第五話 キャノン機関
葵が仕事から戻り西王会の事務所に戻ると、西王は本を読んでいた。葵は西王が読書が趣味なのかと意外に思う。
「西王さん、何の本を読んでいるんですか?」
「あーこれはね、豆の小説なの」
「面白いんですか?」
「つまらないわ」
「つまらないんですか……」
バッサリ言われて葵は思わずズッコける。つまらないのに何故読むのか疑問に思った。
「でも酷すぎて逆に面白いって感じかな」
「どっちなんですか……」
さらに葵はズッコけた。つまらなすぎて逆に面白い?いったい何を言っているんだと。
「暇なとき読んでみなよ。書斎には色々小説いっぱいあるから」
葵は早速、書斎に向かって豆の小説を読んでみた。すると世界観の説明でいきなり十頁もあり、もう読む気がなくなりかける所だった。その後も、ひたすら引き伸ばされているだけの中身のない冗長な物語で、葵はひたすら呆れて見るしかなかった。
「おー葵凄いな。豆の小説最後まで読み終えたのか。俺なんて序盤でもう飽きて読まなかったぜ」
「僕は時間を無駄にしてしまいましたよ」
時和はどうやら、途中で飽きてしまったようだ。それなのに自分は最後まで読み切って凄いと葵は自負した。
そんな中、トントン。西王会の事務所を叩く者がいた。誰だろうか。葵は扉へ向かった。
「あっ、あの初めまして。あたし豆です」
葵は驚愕した。豆ってあのクソ小説の豆なのかと。本物が目の前に現れるとはさすがに予想外だった。
「えっ、本物ですか!さっき僕読んでいた所です。あっ、僕の名前は葵です」
「あっ、ありがとうございます。えー。今日はえっとえっとえっと」
豆はやたらとタジタジしていた。どうやら人と話すのは苦手そうだ。
「ちょっと落ち着きなよ」
「すっ、すいません。あたし結構人見知りなんで、初めて会う人と話すと緊張しちゃって」
「それで今日はどんな御用ですか?」
「実は、あたしの事を守って欲しいんです。用心棒になってください!」
小説家という職業に何故用心棒が必要なのか?そもそも何故わざわざヤクザを頼ろうとするのか?時和と葵は疑問に思わずにはいられなかった。
「どういう事だ?」
「葵さん、あなたさっき人を警察の食糧没収から天狗のお面を被って守ってましたよね。その腕を見込んで用心棒を頼みたいんです。あたし、これから広島の原爆の被害の実態を告発する小説を出したいんです。でも今そういうのを出すと……」
「出すと?」
「アメリカのスパイ組織に襲われるんです」
スパイ組織?そんなものはまさに小説の世界でしか見ないようなものだ。本当にあるのだろうか。
「……そんなの実在するのか?」
「するんです!名はキャノン機関と言って、日本人を誘拐して無理矢理アメリカのスパイにしたり、アメリカに都合の悪い情報を工作で消したりするんです」
「……うーんまるで小説に登場する架空の組織みたいだなあ」
時和はやはりまだそれを現実のものとは思えなかった。それはそれとして、スパイといえばどこか物語の主人公でカッコいいイメージがあったが、豆の話を聞く限りただの悪党にしか聞こえない。
「ちょっと、時和さん真面目に聞きましょうよ。まあそれで豆さんは広島の実態の小説を出して、僕等はその告発を守ればいいんですね」
「そうです」
「おう!俺等に任しておけ!」
「豆さん、皆に見せる前に僕にその小説を見せてもらってもいいですか?」
葵は豆の広島の小説を読んだ。原爆の被害に遭った人達がどんな姿になったのかが書かれており、今でも原爆症で苦しむ人達の問題が記されていた。そう、作家は自分で体験した事は鮮明に書けるのだ。
「豆さん、よくできています。僕は広島の現状を告発するのを妨害しようとする人達がいるなら許せません」
「俺等が必ず守ってやる」
「あっ、ありがとうございます」
早速、葵と時和と豆の三人は闇市へと向かった。葵は小説の山を持ち高らかに宣言した。この実態をより多くの人に知ってもらう為に。
「豆先生の新作です!買いませんか?」
「豆ってあのクソ小説の?どうせ今回も駄作だろ」
「まあまあ、騙されたと思って見てみなよ」
小説は次々に売れていった。広島の実態に興味を持つ人は多かったらしい。本を読んで被害の悲惨さに涙する者もいた。そう、戦争の被害に一番遭うのはいつだって弱者なのだ。
「戦争ってよくないよな。戦争がしたいなら、国の偉い人同士で勝手に殴り合えばいいのにって俺は思う。国民を巻き込むなよ」
「老い先短いジジイが決めて未来ある若者達ばかりが犠牲になる。僕は本当にこの無意味な戦争はいつなくなるんだって思う」
「あたしもあなた達と同意見です。本当不思議ですよね。悪って皆分かっているはずなのにどうして自然現象のように戦争は起きるんでしょうか……」
無意味な戦争は、今までもそしてこれからも、なくなる事はない。しかし、戦争の被害を訴え続ける事にきっと意味は宿る。小説は無事に完売し、葵達は帰る。
「結局、キャノン機関ってのは現れなかったな。やっぱり噂は噂でしかないんじゃないかな」
「まあ僕はその機関は噂でしかなく、存在しなかったっていうのが丸く収まるオチだと思いますね」
すると突然、アメリカ軍の車が葵達の前に急停止した。中から謎の男が現れた。その男はまるで西王にそっくりだった。
「えっ、西王さん……じゃない。でもそっくりですね」
「へえ、あの馬鹿姉貴を知っているのか」
「お前はいったい何者なんだ」
「俺は西王牙驢馬。キャノン機関の諜報員だ」
「キャノン機関……実在したのか!」
「さてと、お前らやってくれちゃったなあ。今この日本で原爆の悲惨さを知らせるのは大罪なんだぜ。偉大なるアメリカ様を貶めようとしたんだ。どう落とし前つけようかな」
キャノン機関が実在した……時和は本物のスパイを見る。やはり、カッコいいスパイというのは所詮フィクションでしかなく、目の前にいるのは戦争の被害を知らせる事を妨げる悪党だ。豆は声を張り上げた。
「あの人達の無念を伝えようとして何が悪いんですか!罪を犯したのはあたしじゃない……戦争を始めた日本と罪なき民間人を大量虐殺したアメリカこそが悪だ!」
「悪だと?アメリカは悪じゃない、正義だ。この世はいつだって勝者こそが正義を作っていくんだ。負けた日本が文句を言う資格なんてねえんだよ」
「つまり、てめえに勝てば俺等が正義って事でいいな牙驢馬」
「そうだぜ、勝てるものならな」
こんな所で妨害されるわけにはいかない。勝者という正義を名乗る事などどうでもいい。ただ僕達は戦争の被害者の無念を伝えたいだけなんだ。時和と葵は牙驢馬に殴りかかった。しかし牙驢馬は素早い動きであっさり躱す。
「こいつ……姉の雅馬より動きが速い!」
「おらあっ!」
牙驢馬は時和を左手で殴り、右手で葵の腕を掴み投げた。一度に二人も相手をできる牙驢馬は、中々の強者だった。
「この人……雅馬さんよりかなり強そうです」
「マジかよ……俺等でこいつに勝てるか?」
「……勝たなきゃいけないんです。戦争で亡くなった人の無念を伝える為にも」




