第三話 隠す
「謝ったからなんだよ。それで俺の病気は治るのか?葵、お前にも友達を失う辛さを味わわせてやるぜ。死ね時和」
葵の思いは残念ながら通じず、蒼太は時和に銃を向ける。葵は震えた。時和は葵にとっての唯一の友達なのだ。この金髪を見ても対等に接してくれた時和を失うなんて、そんなのは嫌だ。すると突然、葵に力がみなぎる。細い腕から信じられないほどに力が出る。
「うおお!」
「なっ」
葵は腕を振り解き、蒼太を殴った。全ては時和を助ける為に。渾身の力を出した。
「がああああああああああああああああああああああ!」
生まれて初めて人を殴った葵は止まる事なく、蒼太を殴り続けた。自分でももはや手加減をする余裕などなかったのだ。
「やっ、やめろおお、やめろ馬鹿野郎!痛い痛い痛い痛いいいいいい!っく……クソォォ」
蒼太は葵の拳の雨からなんとか逃げ切り、そのままどこかへと消えて行った。葵は疲れ果てて倒れた。首を絞められていた上に、今まで出した事のない力を出していたからだろうか。
「はっ」
目が覚めると、そこは西王会の事務所だった。西王と時和が疲れているのが見えた。どうやらここまで運んでくれたようだ。
「俺なら無事だ、葵」
「事情は時和から聞いたわ。蒼太の奴め、うちの組員を減らそうとした挙句逃亡するだなんて……」
時和が無事で安心した一方、葵はそれでも自分自身に責任を感じずにはいられなかった。
「僕のせいで時和さんが危険な目に遭った……。僕は友達を傷付けたくないんだ。でもアメリカ人の見た目をしている僕は、今までだけじゃなくこれから何度だってトラブルに遭う。そのたびに誰かが巻き込まれるのはもう耐えられない。」
葵はついに泣いた。自分がアメリカ人の見た目をしている事にこれほど悔しいと思った事は今までなかった。もはやどうすればいいのか。それでも時和は言う。
「泣くんじゃねえ!俺は今日お前のおかげで命を救われたんだ。だから巻き込まれただなんて思わねえよ!」
「弱気だな葵。あのいたずらができる図太さはどこへ行ったのかしら。にしても、ほんとお前の髪の色には困ったもんだねえ」
時和はその時はっとした顔をした。どうやら何かを思いついたようだ。
「俺一つ思ったんだけど黒いペンキで染めるっていうのは」
「バカ。それだと髪の毛が痛むわ」
せっかく思いついた時和のアイデアはあっさり西王に否定された。結構自信満々だったようで時和は少しへこんだ。
「そうだ、カツラを作って金髪を隠すってのはどうかしら?」
「カツラ……そうかそれだ!なあ葵。俺の髪さ、お前にやるよ。この髪でカツラを作ってやるよ」
時和は喜んだ。自分が髪の毛を提供さえすれば、今後葵が金髪で悩む事はない。そうなれば今日みたいな問題が起こる事はないのだ。しかし葵は。
「そんな……僕、時和さんに借りを作れないですよ」
「借りとか気にすんな。友達は損得勘定で繋がるもんじゃないだろ?」
そう、友情に貸し借りなどないのだ。時和は自分が髪の毛を失う事に全く躊躇などなかった。とにかく友達が幸せに生きられればそれでいいと。
「カツラを作るなら職人さんに頼まないとね。私良い所知っているわ。着いてきて」
葵達は広島歌劇団という看板が立てられた建物に着いた。葵はここがカツラを作る事と何の関係があるのか?と思わずにはいられなかった。
「葵は外で待ってて、楽さん!いるかしら?」
「返事がないな、もう勝手に中入っちゃおうぜ」
ドアを開けようとしたその瞬間。
「ばあっ!」
「うわっ!」
「うおっ!」
「わあっ!」
楽という女はいきなり皆を驚かせた。どうやらかなりの変わり者のようだ。葵はすっかり腰を抜かしていた。
「こんばんは、西王さん。ん?そこの二人は新しいお客さんかな?初めまして、うちは楽です」
「あっ、葵です」
「時和だ」
葵は自分の姿を楽に見られた事を気にしていた。ある事を質問せずにはいられなかった。
「あの、初めにお伺いしたいんですけど、僕は見ての通りアメリカ人の血を引く人なんです。僕のことが憎くないですか?」
「なーにを言ってるの、あんたがアメリカ人であろうと、うちのお客さんであることに変わりはないじゃない。お客さんを憎いだなんて思うわけないでしょ」
その言葉が嘘を吐いているようには到底思えなかった。曇りなき眼で楽は笑いかける。葵はこの人を信じてみたくなった。
「そっ、そうですか。なんか変なこと聞いてすいません。ありがとうございます」
「さて、西王さん。今日はどんな御用で?」
「葵の金髪を隠すカツラを作って欲しいの。このチビがアメリカ人の見た目をしていると色々面倒事が起きるからね。髪の毛はこの時和のを使ってね。お代としてこれから、何度か楽さんの劇を何度か見に行くから」
「了解であります!じゃ早速中へ入って。髪の毛の切り取りと採寸をやるから」
葵達は建物の中へ入った。内装は、様々な衣装や道具が置かれておりまさに舞台の裏側であり工房でもあった。楽はメジャーを取り出して葵の前に立つ。
「さて葵君、作業しながら色々質問させてもらうよ。髪の毛はどんな形がいい?宇宙人みたいに全部逆立てちゃう?」
いきなりふざけた事を言う。でも金髪に比べれば変な目で見られるだけで済むか?と葵は思った。だが結局。
「えっとおかっぱでいいです」
「そんな地味な髪型でいいの?」
「今の金髪でさえ目立つのに、全部逆立てたら変な目で見られますよ……」
「だよねー。それじゃ二つ目の質問ね。西王さんの事はどう思っている?」
改めて西王について葵は考える。確かに仕事中に休憩をくれる人ではあるが、初対面で縛られた事もあって、葵はまだ微妙な印象であった。
「えっと、怖い人かな……」
「やっぱりそう思う?相変わらず、怖がられやすいのね、あの子。でもね、あの子は敵とみなした人には容赦ないけど、仲間は大切にする。そんな人だから」
そうなのだろうか。葵は西王の事が気になってきた。彼女はいったいどんな人なのだろうと興味を持つ。
「そうですか。逆に楽さんは西王さんの事をどう思っているんですか?」
「以前、この歌劇団の団員がつきまといに襲われたときに、真っ先に助けてくれたのが西王さんなんだ。自分より強そうな相手に、勝てるかも分からない喧嘩、それでも彼女は立ち向かってくれたんだ。だから、うちらの中では英雄かな」
西王がそんな事をしていたのか。葵の中で怖い人という印象が少しだけ薄れたようが気がする。
「凄いなあ」
「それじゃ最後の質問ね。葵君は好きな子いる?」
「なっ、なんですか!急に……」
「いいじゃん恋愛話しても」
恋愛話と言われても葵にとっては微妙だった。葵はこれでも少しだけ人見知りな方なので、自分から異性と関わる事などおそらく殆どなかった。だから恋愛など発展しようがない。
「好きな子はいませんよ……っていうか僕を好きになってくれる子なんているのかな」
「カツラで日本人の見た目になれば、きっと葵君はモテると思うよ。うちが最高のカツラを用意するから楽しみに待っててね」
「ありがとうございます……僕は実はちょっとモテたいって思ってましたから助かります」
「そうだ葵君。せっかくこの広島歌劇団までやってきたんだし劇を見ない?」
劇……葵は興味を持つ。音楽はわりと好きだからどんなものが見れるか楽しみになった。




