第二話 対立
森の奥の小屋で葵は寝ていた。夜は明け、真夏の眩しい日差しにより目が覚めた。
「ふわ〜」
硬い床に横たっていたので、葵は全身が凝っていた。なので、全身をよくほぐして起き上がる。そして、亡くなった両親が写っている写真を見る。
「今日から西王会でお仕事か……はあ、いったい何をやらされるんだろうか……結局時和さんまで巻き込んでしまったし」
葵には不安があった。ヤクザといえば汚れ仕事が思い浮かぶ。自分は鉄砲玉にされて、どこかに襲撃することになるのかもしれないのか。葵はおどおどしながら、西王に指定された場所へと向かった。
「今日は家の建築をやるわよ」
「え?」
葵は驚いた。やる事はまさにカタギの仕事だと思ったからだ。しかも建築だなんて子どもの頃夢に見ていた事だった。少し葵はワクワクせざるを得なかった。ついさっきまでは緊張していたのにもう落ち着きを取り戻していた。
「僕はてっきり他所の組にカチコミしにいったりするもんだと思ってたんですが……」
「葵、お前じゃ鉄砲玉として役に立たないわよ。私は人の能力に合った仕事しかやらせないわ。」
葵はほっとした。人生で一度も人を殴った事のない葵は、組同士の喧嘩になったら真っ先にお陀仏になると思っていた。こんな棒切れみたいな腕でどうやって人と戦えばいいんだと。
「だークソ暑いな……こんな中作業とかやってられないよ」
「家を建てるのってこんなに大変なんだ……僕今まで結構悪い事しちゃってたんだな……」
真夏の中、時和と葵は作業をする。一人は今までのいたずらを反省し、もう一人は文句を垂れていた。ついに夢を叶えられると思っていたものの、実態は超が付くほどの肉体労働。夢と現実は違うのだと分からされていた。
「もう家なんて全部適当に草とかで作ればよくない?ほら竪穴式住居だよ。縄文時代に戻ろうぜ」
と、時和はボヤいた。この男は広島を縄文時代に戻したいらしい。冗談じゃない、せっかくここまで進んだ人の文明を退化させる気なのか。すると西王は。
「ほらそこやる気だせ!適当にやらず、真心込めて家を作るんだよ!」
「真心込めてって、お前そんな事言う人だったんだな西王」
「悪いか?」
「良いと思うよ」
西王はヤクザに似合わない言葉遣いをする。どうやら仕事に対する熱意は本物のようだ。色々話し合いながら、ひとまず壁の一部分が完成した。そして相変わらず時和は。
「よしっ、これでもう完成でいいな。壁さえできればもう家だ。雨が降っても水浴びができると思えばいい。今は夏だし気持ち良いだろうな」
「ダメに決まってるでしょ」
「ですよねー」
時和はこれから建てる建物を全室入浴部屋にする気だった。そんなものを家と呼べるか。一方葵は、朝から作業続きでヘトヘトだった。ブツブツ言いながら建てていた時和とは違い、ずっと真剣に働いてたからだろう。
「西王さん、そろそろ休憩してもいいですか?」
「あー、いいよ」
「うおっ、西王って以外と優しい所あるんだな」
「さっきから一々うるさいわね」
西王はそこまで鬼ではなかったようだ。葵には優しくする一方、時和に対しては。
「っていうか、時和が担当している部分、なんか微妙に曲がってないかしら?」
「細え事はいいだろ」
「よくない」
「ですよねー」
西王は真面目に仕事をしない人にはしっかり厳しいようだ。西王はヤクザとは思えないほどに普通であった。つい昨日子どもを縛り上げた人と同一人物とは考えられない。
そして、西王と時和が建物の完成度で言い合う中。
「すまん、遅れた〜」
「蒼太遅い!」
「道歩いている途中で具合悪くなっちゃって。ん?その二人は新人さん?」
「紹介するわ、こっちのバカっぽい奴が時和花寧成で、チビの方が日向葵」
「そっか、俺雲開蒼太。よろしく」
葵は一瞬ギョッとした。蒼太が自分を睨んだような気がしたからだ。だが蒼太は白髪の混じった髪をポリポリしながらすぐニヤけた。しかしそれでも葵の警戒は解けなかった。
「私達は今休憩中よ、それが終わったらお前も遅れた分の倍の力で働いてもらうから」
「了解。今は休憩中ね、そうだ、ここから先に丁度日陰になってて涼しい所があるからさ、葵君だっけ。俺と一緒にそこで休憩しない?色々仲良く話し合おうよ」
「えっ、はい分かりました」
「ちょっと待った、俺も着いていってもいいか。俺も結構疲れちゃってさあ」
「ああ、時和もいいよ」
時和と葵は蒼太の後を着いて行った。わざわざ涼しい所に案内してくれるだなんてやっぱり良い人なのか。さっき睨まれていたのは気のせいだったのか。やがて、三人は暗闇の行き止まりに着いた。時和は心地よく伸びをした。
「確かに涼しいし静かな場所だなあ。良い所を教えてくれてありがとう蒼太」
「どうだ、人通りのほとんどない閑静な所だろう。だからこんな事をしても大騒ぎにならない!」
蒼太はいきなり葵の首を腕で絞めて銃を突き立てた。やはり葵の違和感は当たっていたのだ。睨まれていたと感じていたのは気のせいではない。
「な……何をするんですか蒼太さん」
「復讐できる機会をずっと探してたぜ。このアメリカ人がよお」
「俺の友達に何をしやがる!」
「へー、こんな奴がお前の友達かあ、お前よくアメリカ人と仲良くなれるな」
「蒼太さん……何故こんな事をするんですか」
「何故かって?俺が原爆症だからだよ!俺は二十歳になる前に死んでしまうんだ。だから死神が俺を迎えに来る前に絶対に復讐してやるって誓ったんだ」
原爆症……二十歳まで生きられない……葵は蒼太の事を可哀想に思う。自分が同じ目に遭ったら耐えられるかどうか分からない。
「葵が原爆を落としたわけじゃないだろ!」
時和は蒼太に対してそう言った。その通り、原爆を落としたのは葵ではない。しかし憎しみに細かい理屈などなく、蒼太は変わらず反論をする。
「ふん、俺はアメリカ人全員に原爆の責任を取ってもらうと決めたんだ。誰が落としたかなんてどうでもいい」
葵は恐怖で力が抜けており、蒼太の腕を解けずにいた。やはりこの腕じゃ人と戦う事などできない。そう思い込んでいると。
「なあ葵、俺みたいな原爆症患者が他所でどんな目に遭っているか知っているか?ピカの病がうつるって差別されるんだよ。何も知らねえ奴は平然と罵ってくる。家族や友人を奪われ、病気に絶望し、差別される俺の気持ちが分かるか?」
「……ごめんなさい、蒼太さん。僕があなたの病気をどうにかして、二十歳以降も生きられる体にしてあげられたらどれだけ良かった事か……無力な僕でごめん」
葵は全く悪くない。それでも葵は謝らずにはいられなかった。いろんな意味で自分の無力さを知ったからだ。蒼太の事をどうにかしてやりたいという気持ちは本物だった。




