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広島の向日葵 〜アメリカ人の血を引く少年、戦後を生き抜く〜  作者: フクロウ


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第一話 向日葵の芽吹き

「葵、お前は向日葵のように光のある所へ向き続けるんだ。たとえ、どんな暗闇に満ちていようと、日の目を見る事を諦めなければ、きっと花の咲く人生を歩めるはずだ」


 父親は、葵に一生の歩み方を教える。ただ幸せに生きて欲しいとそれだけを願って。


 とある昭和の時代、日本という国に幸せな家族がいた。貿易商のアメリカ人の父と、日本人の母を持つ葵という少年がいたのだ。母は葵に尋ねる。


「葵は将来何になりたい?」

「僕は大工になりたい!この国にたくさん家を作りたいんだ!」

「まあ、立派ね」

 

 そう、少年はどこにでもいるごく普通の夢を見る者だったのだ。葵は家族と夢を語り合い、ずっと共に生きていたかった。しかし、幸せな日々は突如として終わる。


 太平洋戦争が始まった。アメリカ人は日本で憎まれる存在となり、葵の一家は周囲から迫害を受けた。家に落書きをされ、非国民と罵られる。


「葵、今は辛抱のときだよ。きっとこれを乗り越えれば幸せな人生が待っている。人生は山あり谷ありだよ」


 と母は励ます。こんな状況であろうと、それでも葵には元気を出して欲しかった。しかし。


「母さん……僕達はいったいいつ幸せになれるんだ……」


 葵はそれを綺麗事と思い、憎しみを胸に秘める。その後、葵の両親は病気に罹り、誰にも診てもらえず、そのまま亡くなってしまう。幸せを約束されたはずの葵の人生は、崩壊する事になったのだ。


 一九四五年八月十五日、この日地獄が終わった。本当にそうだろうか。終戦の日は、地獄が終わった日ではない。戦争で心に傷を負った者達の戦いは、まだ終わっていなかった。


 そして時が経ち、原爆によって更地と化していた町、広島。徐々に再建が進みつつあるこの町で、復興活動をサボる不届き者達がいた。


「おい葵、まーた壁にペンキ塗って落書きしてんのか。皆に怒られるぞ。ちゃんと働け働け」

「ふん、これは落書きじゃなくてアートですよ、時和さん。っていうかそういうあなたこそ、良い年した大人なのに働きもせず、チンチロばっかやってる賭博中毒者じゃないですか。僕に偉そうにものを言える立場なんですか?」

「へっ、チンチロだってお金を稼ぐ為にやってんだ。俺は金になるものはみんな労働だと思うぞ」

「賭博が労働なわけないでしょ」

「ですよねー」


 葵には時和という、知り合いができていた。葵と時和が言い合う中、血相を変えた市民達がやってきた。葵の落書きは美術品としては、認められなかったようだ。


「あー!またこのクソガキ!」

「またこいつか!」

「まずい、急いで逃げるぞ葵。ちゃんと後でこいつには壁掃除をやらせますからー」


 時和は葵を抱えて逃げた。無職とは思えないほど、時和は筋力も体力もあったようで無事逃げ切れた。その力をちゃんと働く事に活かせばいいものを。


「葵、どうしてお前はこんないたずらばっかするんだ。怒られるだけだし良いことないだろ」

「賭博中毒者の時和さんに説教されたくないですよ。まあなんでこんないたずらするかって?ムカつくからですよ。あいつら、僕が悪い事をしなくたって責めてくるから」


 葵は金髪の頭を掻く。その見た目は彼がアメリカ人の血を引く者だと一目で分かるものだった。


「そこにいる人達を見てください。皆、僕を睨んでいる。僕がアメリカ人の見た目をしているってそれだけの理由で。人の命を奪おうとした事なんか一度もないのに、皆が僕の事を親の仇って憎んでいる。僕が原爆を落としたわけじゃない。なのに、皆、僕を悪者にしようとするから、本物の悪者になってやってやり返しているんです」


 葵は憎しみに対して憎しみで返していた。たとえ、それが虚しい行為であっても、仕返しをやらずにはいられなかったのだ。だが時和は。


「やり返したら何か良い事はあったか?」

「ない……。だけど、僕だって両親を亡くしているんだ。なのに誰も慰めてくれないですよ」

「まあそのなんだ、今日は俺がうどん奢ってやるよ。丁度チンチロで勝った所だしな」

「えっいいんですか?ありがとう時和さん!」


 葵はスキップして、うどんの屋台へと向かった。捨てる神あれば拾う神ありなのだ。母の人生は山あり谷ありという言葉通り、ちゃんと葵の苦しみを理解し助けてくれる存在はいたのだ。


「ごちそうさま!」


 葵はあっという間に食べ終えた。そこは、よく味わって食べるべきだったのに、あっという間に平らげてしまったのだ。


「なあ葵、嫌われているからと言って自暴自棄になるな。そんな事をしても意味はないぞ。人の迷惑になる事をするよりも、人の為になる事をするんだ。そうすればきっとお前の事を認めてくれる人は現れるさ」


 時和は葵の為を思って話した。憎しみに憎しみで返すのではなく、どれだけ虐げられても真っ当に生きればきっと報いはあると。しかし、まだ葵には綺麗事のように聞こえた。


「ほんとかなあ」

「ほいじゃまたな。あっ、怪しい人には着いて行くなよ」

「さよなら時和さん」


 葵は嬉しかった。時和だけは唯一自分の味方でいてくれたから。これからは少しだけ真剣に生きて行こうと思う事ができた。

 余韻に浸りながら少し歩いて突然、謎の女が現れた。


「ちょっとそこの少年、君の絵を色々見せて貰ったよ。君は芸術家だ。是非スカウトをしたい。名前聞かせてもらえるかな」


 なんとあの落書きに芸術性を見出した人が現れたのか。葵は大変驚いた。自分にとってはただの落書きのつもりだったから。少し葵は浮かれつつあった。


「いいんですか?あっ、僕の名前は向日葵(ひゅうがあおい)です」

「着いてきなさい」


 いきなり、女は葵を縛った。葵はわけが分からなかった。どうやらスカウトというのは全くの出鱈目のようだ。


「ううっ……」

「よくも、うちの事務所に落書きをしてくれたな……」


 葵はそのまま建物の内部に連れ去られ、柱に拘束されていた。女の正体はヤクザだった。葵は喧嘩を売ってはいけない相手を、怒らせてしまっていたのだ。

 一方、時和は先程の葵の落書きを見かけていた。


「ん?そういえばあの落書きが描かれた建物って、まさか、これはかなりマズイぞ、西王会の建物じゃねえか……。葵の奴ヤバイ事しちまったな……」

「誰か助けて!」

「建物から葵の声が聞こえる!急がないと!」


 時和は建物の中へ入った。葵がどんな目に遭わされたかと思うと気が気ではなかった。

 いきなりやってきた時和を見て、女ヤクザは不思議そうに問いかけた。


「ん?誰お前」

「俺は時和花寧成(ときわかねなり)だ。葵を返してもらいたい。」

「そう、私は西王雅馬(さいおうがうま)」

「時和さん!」

「俺が来た。もう大丈夫だからな」


 葵はほっとした。時和が助けにきてくれたからだ。でもすぐに不安になった。時和がヤクザと戦う事になったら命懸けになってしまうのではないかと思う。自分のせいで時和が苦しむのは耐えられない。


「大丈夫かどうかはこっちが決める事よ。うちの事務所を汚したんだ。ケジメはしっかりつけないと」

「どうすれば許してもらえるんだ西王。教えてくれ、何でもする覚悟だ」


 何でも……。葵はゾッとした。ヤクザなら文字通り本当に何でもやらせるつもりなんじゃないかと。時和がこれからどんな目に遭うか想像するだけでも居ても立っても居られなかった。


「そうね時和、あんたこの短刀でこの金髪のガキの小指、切り落として貰えるかしら」

「待ってくれ、そのケジメ、俺が代わりに受ける事はできないだろうか。俺が指を落とすというのはどうだ」


 指を落とす、それがどんなに痛々しい事か。ヤクザに喧嘩を売ってしまった自分が落とすならまだいい。だが時和が指を代わりに落とすだなんて、なんて不条理だと。


「何言ってんだ時和さん!指なら落書きした僕が落とせばいいでしょ!どうして迷惑ばっかかけている僕をそこまでして助けてくれるんですか?」

「友達を助けるのに理由などいるかい?」


 時和は前に人の為になる事をするんだ、そうすればきっとお前の事を認めてくれる人は現れると言っていた。だが、葵はまだ自分は誰かの為に生きた事などないと思っていた。それなのにも関わらず、時和は自分を助けてくれる。この気持ちを何と言えばいいか、葵には分からなかった。時和が覚悟を決める中、西王は冷徹に言い放つ。その目には憎悪が滾っていた。


「ねえ、時和は戦争で何を失った?」

「両親だ」

「私も母親、それと大切な弟を失ったわ。ねえ、この子を助けなくてもよくない?アメリカ人に家族を奪われたお前が、アメリカ人を救うべき理由なんてないでしょ?」

「友達を助けたいと思って何が悪い」


 アメリカ兵によって家族が奪われようと、それでも時和はアメリカ人全体を憎む事はなかった。たとえ、葵がアメリカ人であろうと、時和にとっては問題ですらなかったのだ。


「あらま随分と深い友情なこと。じゃあさっさと指を落としなさい」


 西王は相変わらず、指を落とせと命じる。時和がどれだけ覚悟を見せようとそれでも動じる事がないのはまさにヤクザそのものだった。葵は叫んだ。


「ちょっと待った!ごめんなさい!指は僕が落とすから!時和さんが犠牲にならないで!」

「はあ、やっとごめんなさいって金髪のガキから謝罪が聞こえたわね。私はその一言が聞きたかった。指を落とせっていうのは冗談だ」


 急に西王は態度を変えた。単に謝罪の言葉が聞きたかっただけのか?葵はただただこの代わりっぷりに困惑せざるを得なかった。


「許してくれるの?」

「いやまだ許してないよ、まずは落書きした壁を綺麗にして、それから西王会の活動も手伝ってくれたら許してあげる」


 案の定ただでは許してくれなかった。西王会の活動?どんなことをやらされるのかと思うと、やっぱりまだ不安が消える事はなかった。


「その償い、俺も一緒にやらせてもらえないか?」

「ええもちろん、西王会は戦争の影響で人手不足だからね。新人は歓迎するわ」


 思わぬ形で就職先を見つけた時和と葵の二人。ただし何をするかは全く分からない。どんな汚れ仕事をさせられるのか。果たしてこれから彼らの人生はどうなっていくか。

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