第十八話 神風特攻隊
葵は橋の塀に立ってる男を見つけた。まさか飛び降りるつもりか?
「ちょっと、あなた何をしようとしているんですか!」
「今から天国にいる友達の元へと行くつもりです。止めないでください」
「生きてさえいれば良い事があるかもしれないじゃないですか!」
「そんな典型的な綺麗事を言われても……。俺は生きた所で意味なんかないですよ」
葵は困り果てた。自殺をしようとする人を助けようとする事はときには偽善扱いされる事もあるのだから。本人の意思だから止めるべきではないとか、これ以上苦しませるべきじゃないとか、色々な意見がある。だが、理屈ではないのだ。目の前で亡くなろうとしている人を放っておいたら後悔が生まれそうだから。相手の為でもあるが、自分の心を守る為に助けるのだ。
「とりあえず話を聞かせてください。相談すればどうにかなるかもしれません」
「……分かりました」
一旦、男は葵の元へと降りた。ひとまず止められた事で葵は少し安心した。
「私の名前は朴です」
「朴さん……いったい何があったんですか?」
「私はね……友達を全員失ってしまったんですよ……私の友達は特攻隊でして……」
神風特攻隊か……。敵に向かって自爆する事が前提の悲しい作戦だと葵は思っていた。自己犠牲というのも度が過ぎれば手放しに美化していいものではないと。
「友達は皆自分の意思で志願したけれど、私は怖くなって逃げてしまってね……上官にはその事でひたすら責められ続けて……それで自分はなんて根性なしなんだって思うようになって……友達は皆勇敢に立ち向かったのに」
「朴さんは悪くないです。自爆なんて怖くてできないのは当たり前だ。それを責める方がおかしいんだ。自己犠牲というのは誰かに強要されるべきものではないんです」
「励ましてくれてありがとう。でもやっぱり何度も思うんです。あの時自分に勇気があったなら……。もしもやり直せるなら私は今度こそ特攻をしたい。でもそんな機会はもうないんです」
「戦争はもう終わったんです。そんな機会はないに越した事はありませんよ」
「分かってはいるんです……でもこのモヤモヤをどうすればいいのか……友達のいない孤独な世界なんかで、どうやって生きればいいのか分からないんです」
「……じゃあ僕と友達になりませんか?」
「えっ?」
「少なくともそれであなたは孤独ではなくなります」
葵は早速、朴にエスキーテニスを教える事にした。蒼太が教えてくれた技術を今度は自分が教える番だ。朴はビックリするぐらい飲み込みが早かった。少し教えただけであっという間に葵より上手くなったのだ。
「楽しい……楽しいですよ葵さん!」
「でしょう!心がどうしようもないときはとりあえず運動をして気を晴らすんです!」
楽しい時間はあっという間に過ぎて夕方になる。二人は帰り道を歩いていた。
「葵さん……あなたのおかげで今日は楽しかったです」
「どういたしまして」
二人が会話を交わす中、何やら目の前で騒動が起きた。いったい何が。
「放してください!」
「可愛い子ちゃん……これから俺と良い事しようぜえ……なあ」
変態のアメリカ兵が女性を誘拐しようとしていた。少なくとも、放っておけば女性が何をされるか分からない。葵は止めようとした。
「やめるんだ!」
「ああ?俺の邪魔をするんじゃねえよ」
訓練されたアメリカ兵相手に、葵は手も足も出なかった。ソルと戦ったときと同じように、葵は苦戦していた。一方、朴は目の前の戦いに怯えていた。自分より強そうな相手に、ただ怖気づいてしまうしかなかった。
「一対一じゃ勝てない。朴さん!あなたは僕と違って軍で訓練した人だ!あなたが加勢してくれれば勝てる!」
「で、でも怖い」
葵はどうにかして、朴をこの争いに参戦させたかった。そこで、葵は発破を掛ける為に声を張り上げた。
「また逃げて後悔する気ですか!やり直せるなら特攻をしたいと言っていたあの気持ちは嘘なんですか!気張れ朴さん!」
葵の言葉に朴は、はっとした。そうだ、あの子の言う通りここで怯えてしまってはあのときの繰り返しでしかない。もう二度とあの地獄のような想いをしない為に。立ち向うんだ!朴は勢い良く参戦し、アメリカ兵をなんとたった一撃殴っただけで気絶させた。
「凄い!これが朴さんの本気」
「はあはあ、やった、葵さん。私やりましたよ!」
助けられた女の子はあるものを持って朴の前へ立つ。いったい何だろうか。
「あのっ、助けてくれてありがとうございます。あなた、朴さんですよね。あなた宛てに手紙が届いているんです」
「手紙?こっ、この名前は僕の友達の」
朴は特攻隊員の友達の手紙がある事に驚いていた。そんなものが残っていたとは。
内容は、朴へ、できればお前とは戦争のない平和な時代で出会いたかった。お前と夢を語り合い、友として過ごした日々は、俺の人生で掛け替えのない瞬間だった。どうか、平和になった世の中でお前がたくさんの素晴らしい縁に満ちる事を願っている、と書かれていた。
「うう……」
朴は号泣した。友達は私の人生が幸せに満たされる事を願っていた。自分はなんて馬鹿な事をしようとしていたんだと思わずにはいられなかった。
「朴さん。この世の中は確かに生きてさえいれば良い事があるとは手放しには言えません。けれど、あなたが今生きていた事でこの手紙へと辿り着いたんです。結局幸せを掴む為には残酷な世界を生きるしかない。生きる事を諦めないでいてくれてありがとう」




