第十六話 葬列
自分の犯した罪からは決して逃げられない。どれだけ現実逃避しようと。言い訳をしようと。
宏という男は弱虫だった。いつもいじめられていた。そんな中、いつも庇ってくれたのは可憐という女性だった。可憐は勉強も運動も強く、宏にとっての憧れの人であったのだ。
だが、そんな人を……。
麦畑を宏と可憐は歩いていた。その麦を見て可憐は言う。
「宏は麦のようになってね」
「麦?どういう事?」
「踏まれても踏まれてもそれでも伸びる強い人になってねって事。いつまでも私が守ってあげられるわけじゃないんだから、自分で自分を立てられる、そんな人になるんだよ」
「……うん」
自分で自分を立てる……か……そんなのは無理だ。いつまでも可憐に庇って貰いたい。そう思う宏は可憐に依存しきっていた。果たしてこの男は一人で生きていく事ができるのか。すると。
「艦載機だあ!」
突如として、叫び声が聞こえる。空から艦載機がやってきたのだ。機銃の爆音が響く。宏はすっかり腰を抜かして立てなかった。
「速く逃げるんだよ宏!」
「あわわっ」
宏は咄嗟に考えてしまった。今、立っている可憐は目立ちすぎる。機銃に真っ先に狙われて二人一緒に死んでしまうのではないか。そう恐れた宏は可憐を突き飛ばした。
「キャッ」
可憐の悲鳴が聞こえる。その声が一生、宏の頭の中でなり続けるとはこの時知るよしもなかった。突き飛ばされた可憐は機銃に狙い撃ちされ重傷を負った。ずっと腰を抜かしていた宏は姿勢が低かったからか、機銃の攻撃を運良く避けれていた。だが目の前には血塗れの可憐が……。恐ろしくなってようやく宏は立ち、その場から逃げた。そして現実からも逃げたのだ。
そして舞台は戦後へ。
とある葬列ができていたのを葵は目にしていた。そしてそれを影からコッソリ見ていた謎の男が葵は気になった。
「あのう、そこで何をしているんですか?」
「ああ、怪しい人だと思われてしまったかな。俺は宏という者だ。俺はただ……あの葬列が誰を弔っているのかが気になっててな」
葬列は可憐と思わしき人が遺影として飾られていた。あれから結構時間は経っている。もし可憐が機銃が原因で亡くなっておらず別の理由で亡くなっていたら……。自分のせいで亡くなったわけじゃないのだとしたら……。宏はそれでようやく悪夢の日々は終わる。そう思っていた。
「じゃあちょっと僕が様子を聞きに行きましょうか?宏さん」
「いいのか?それじゃあ頼んだ」
葵は葬列の元へと向かった。真実を確かめる為に。
「すいません……この葬列って誰を弔っているんですか?」
「ああ……この遺影に飾られている人は可憐っていう子の母親でね……。その可憐って一人娘を艦載機で亡くしてしまってからずっと気を病んでしまっていて……。でもその苦しみからやっと解放されたんだろうね……これでようやく親子は再会できるんだ」
子どもが親より先に亡くなってしまう。それはあらゆる死の中でも一番悲しい事だ……。何としてでも避けたいその事態は無慈悲にも起きてしまうものだ。葵は葬列から戻り、宏に真実を伝えに行く。
「あの葬列は可憐という人の母親だそうです。可憐は艦載機によって亡くなってしまってて……それで母親も後を追うように……」
「……そうか……そうだったのか……俺の悪夢は結局終わらないんだな……」
「何かあったんですか?」
「可憐が亡くなったのは俺のせいなんだ……俺が臆病だったから……突き飛ばして……それで」
「いえ……よくは分からないけど、でもあなたのせいではないと思います……全部戦争が悪いんですよ」
「慰めてくれる気持ちには感謝するよ……だけどそれでも……俺は俺を許せる気になれないよ……俺なんかに生きている価値なんかないんだ」
宏は拳銃を取り出した。まさかそのまま……。
「いえ……あなたはむしろ生きるべきだと思います……自分が悪いと思っているなら尚更……。あなたは生きるという名前の地獄で自分の罪を燃やすべきなんです」
「生きるという……地獄?」
「そうです……この世界を地獄だと思ってそれでも生きる事こそ贖罪になるんだと思います……ここで亡くなった所でただ無になるだけなんだ。死んでしまっては何も償えない。どんな人間でも……生きる事でしか罪は償えないんだ」
宏は拳銃を少し下げた。葵はあともう一押しだと思った。
「可憐さんもあなたがここで亡くなる事はきっと望んでいない」
宏は思い出した。可憐は自分に対して麦のようになって欲しいと。踏まれても踏まれてもそれでも伸びる、そんな人間になって欲しいと願ってくれていた。なのに自分はひたすら現実逃避しかできていなかった……。今からでも遅くないだろうか。
「今からでも遅くはないんです。可憐さんの想いを継げるのはあなたしかいません」
宏は拳銃を捨てて葵に背を向けた。ただ、一言を残して。
「ありがとう」




