第十三話 原爆ドーム解体反対運動
「だからこそ、前を向いて行く為に、振り返らない為に原爆ドームを解体する必要があるのです」
葵は選挙活動を聞いていた。原爆ドームって、あの広島県産業奨励館の事か。かつては、特産品や商工業の振興に美術展が開催された場所だった。それを解体?
「悲しみの象徴を残した所で虚しいだけだ。我々は広島を全てゼロから作っていくのです」
葵は今目の前で選挙活動をしている男の名前を思い出した。その男は鮫沢という。奴はかつて太平洋戦争に賛同して、反対する者を非国民といじめをしていた人だった。だが。
「私は初めから戦争に反対だったのです。尊き命を奪い合う事になど何の意味もない。だがそれを唱えても、終戦前の世間では同調圧力のせいで黙殺されるだけだった。それでも私は非国民と罵られようと懸命に戦い続けたのです」
ふざけるな。鮫沢、あなたは戦争賛成派で同調圧力で人を苦しめていた側の人間だっただろうと葵は思う。何故こんな奴が選挙に出ているのだ。すると、隣にいた人も葵と同じく憤っていた。
「調子の良い事ばかり言いやがってこの野郎。ムカつきますよねえ」
「ええ、僕もそう思います」
「これ以上奴の好きにさせてたまるか。俺は絶対に原爆ドームを解体なんかさせないからな。あっ、紹介が遅れた。俺は鰐川という者だ。原爆ドーム解体反対運動の署名活動を行なっている」
原爆ドーム解体反対運動か。そうだ、あの原爆の悲しさ悲惨さを忘れない為にも、絶対解体させるわけにはいかない。
「そうなんですか鰐川さん。あのう、僕も署名してもいいですか?っていうか、なんなら署名活動一緒にやりましょうか?」
「いいのか?じゃあ早速一緒にやろうぜ」
こうして葵達の署名活動が始まった。まずは闇市でやってみる。
「原爆ドーム解体反対運動でーす!鮫沢市会議員による解体をやめろー!」
「解体をやめるんだー!」
その大声に興味を持ったのか、続々と葵達の前に署名をしてくれる人達が現れた。原爆の悲劇を忘れたくない、忘れさせるわけにはいかない、という人達は多かったのだ。
「俺達は決して忘れてはいけないんだ!」
「あの悲劇を二度と繰り返さない為に!」
すると、前から怪しげな男が現れた。男は何かを持っていたようで。
「お兄さん達。この運動をするって事は、おそらくあの鮫沢の事が嫌いだろ」
「はい、僕は大嫌いです」
「だったら面白いものをやるよ」
「ん?」
男は新聞紙を持っていた。鮫沢が戦争に賛同しているインタビュー記事だった。
「なっ、これは……どうしてこんなものを」
「最初から戦争に反対していたわしの家族を非国民といじめた奴に復讐する為に、必死に奴の粗を探したんだ。この新聞は日本が戦争に負けた事によって、表には出ずに没になったものなんだ。だが、奴を陥れるには十分な証拠だ。だが、ただでやるわけにはいかん」
「お代はいったい何ですか?」
「絶対に原爆ドームを解体させるな。約束してくれ。それができるなら渡してもいい」
「……分かりました。約束します」
葵達は、再び鮫沢の選挙活動場所へ戻った。そして、大量の新聞を思いっ切りバラ巻いた。
「な……君達いったい何をするんだ」
「これがお前の正体だ!」
「な……何故こんな物が残っているんだ!確実に揉み消したはずなのに」
会場はざわついた。戦争反対を唱え続けていた聖人君子の面の皮が剥がれ落ちる瞬間だった。
「最低!」
「俺達を騙していたんだな!」
「非国民はお前じゃ!」
次々にヤジが飛んでいく。だが鮫沢も負けじと応戦する。
「こ……こんなのデマだ!きっと対戦する議員候補が私を陥れる為にこんなものを作ったに違いない!」
しかし、鮫沢の健闘虚しく、闇市から大量の鮫沢に反対する者達が現れた。
「お前がかつて戦争反対者を非国民と人をいじめていたの見ていたからな!」
「お前だけは絶対に許さない!家族の仇だこら!」
「広島から出ていけ!」
鮫沢は議員になるにしては、敵を多く作りすぎていた。バレないと思っていようと、どれだけ隠蔽をしようと、過去が消える事は決してないのだ。おそらく鮫沢は選挙に落ちるだろう。そして、葵達はとある場所へ向かった。
「私達は決して悲劇から目を背けない!絶対に核兵器の悲しみを忘れさせない為に、この原爆ドームを残す必要があるのです!もう二度と原爆が落ちる事のない世界を目指す!過去は決してなかった事にはならないけど、未来はきっと変えられる!」
原爆ドームを残す事に賛成する議員の選挙活動を葵達は聞いていた。そうだ、戦争の悲劇を決して忘れずに、最初から最後まで平和を祈り続けた者こそが、選挙で選ばれるべき人なのだ。




