第九話 冤罪
濡れたタオルを壁に叩きつけ、ペッタリ張り付くとそれによじ登る。
「脱獄だー!」
ある男は必死に逃げていた。捕まれば死刑は確実だからだ。やがてある場所へ辿り着く。
「西王会……俺が頼れる場所は、もうヤクザしかいない……」
戸を開ける。中には西王がいた。相変わらず豆の小説を読んでいた。
「ノックもせずにいきなり誰?今良い所なんだけど」
「わしの名前は袴だ。どうしても頼みたい事があって来た。すまん、わしは今警察に追われているんだ。どうか逃亡を手伝ってくれ」
「いや自首しなよ。悪い事したならさ」
「本当に悪い事をしたならわしだって大人しく自首するよ……でも俺は無実なんだ。どうか話を聞いてくれ」
「まあ西王さん一応話だけでも聞いてみませんか?」
と、葵は提案する。本当に冤罪なら可哀想だと思った。だが、証拠もなく情報量がまだ少ない。とりあえず聞いてみる事にする。
「お前ら、軍事裁判って知っているか?」
「軍事裁判?」
「戦争が終わってからいろんな軍事関係者が責任者として罰せられたんだ。俺も軍の人間だから裁判にかけられた。だが、俺はアメリカ兵の捕虜にお灸を据えてやっただけだ。それなのに火あぶりにされたと嘘を吐かれて、死刑という判決が下ったんだ。そんなの納得できるか!」
ドン!と壁を叩いた。西王会の事務所が少し揺れる。
「まあちょっと落ち着いてください」
「ああ……威圧してすまない」
「話は分かったわ。でも協力するにはまだ情報が足りない。お前の事をもっと調べさせてもらうよ」
葵達は警察に向かった。袴という男に救う価値があるかを確かめる為に。
「すいません。袴という男について教えてくれますか?」
「袴?……ああ、あの逃亡犯ね。何か情報があったら教えてよ」
「……袴という男は何をしたんですか?」
「あいつも可哀想な男だよ……。アメリカ兵の捕虜にお灸を据えてやっただけで死刑になるだなんて」
袴が言っていた事は本当だったのか。たったそれだけで死刑になるだなんて。
「あなたは悔しくないんですか。何の罪もない人が罰せられて……」
「悔しくても仕方のない事は仕方がないよ……。だって、日本は戦争に負けたんだから。敗戦国は何をされても逆らえない。それはいつの時代だって同じ事だ」
警察はもうとっくに諦めているようだった。仕方がない?たったそれだけの理由で理不尽を諦めてしまってもいいのか?本当にそれでいいのか?葵は納得できず西王会の事務所に帰る。
「袴さん、僕はあなたの事を信じます。冤罪というのは本当だったようですね」
「おお……ありがとう……わしの事を信じてくれる人がいるだなんて、まだまだ世の中捨てたもんじゃないな」
「ただ、一つ、逃亡を手伝うには条件があります」
「なんじゃ……言ってごらん」
「お灸、僕にもやってくれますか?」
袴はどこかへ出かける。しばらくすると道具を持って帰ってきた。
葵は上半身裸になって、椅子にうつ伏せになった。お灸とはどんなものなのだろうか。葵はワクワクした。すると、背中に何かが乗せられた。
「熱っ……でも時間が立つと何だか暖かくて気持ち良いな」
「それは良かった」
「ほんと……こういうのを受けさせてもらったのにも関わらず、なんでアメリカ兵の捕虜は袴さんに冤罪を被せたんだろう」
「その事はただただ悔しい限りだ……だがわしの腕がもっと良ければこんな事にはならなかったのかのお」
「いえ……袴さんは充分上手いと思いますよ」
やがてお灸は終わった。葵は大満足だった。
「ありがとうございます……ダメもとでしたけど、まさかあなたがお灸の道具を持っていたなんて……気持ち良かったです」
「満足してもらえたら何よりだ……君のその顔を見たら……わしは考えが変わったよ……やっぱりわしは自首する」
葵は驚く。どうして急に……。自首するという事はつまり……。
「そんな……僕本気であなたの事を助けるつもりだったんですよ……どうして……捕まってしまったらあなたは死刑になってしまうんですよ?」
「決して諦めたわけではないんだ……これから弁護士を付けてもう一度戦う……冤罪である事を証明してみるよ……わしは君にお灸を据えていくうちに、わしは何もやましい事などしていないと確信したんだ……だからこそ無罪判決を勝ち取ってみせる」
「……分かりました……ただ一つ約束させてください……絶対にもう一度、僕にお灸を据えにきてください」
「分かった……釈放されたら必ず君のもとへ向かうよ」
袴はかつては自分の人生を諦めかけていた。このまま理不尽に人生を奪われて終了だと。だが、こんな自分を助けてようとしてくれた。また、お灸を据えたいと約束してくれた。その気持ちが袴にとって嬉しかった。だからこそ、真正面から現実と戦わねばと思わずにはいられなかった。
「袴です。自首しにきました」




