第7話:草食の伝説と、路地裏の誘惑
『大地の恵み亭』の店内は
薄汚れた街並みとは不釣り合いなほど
清潔でオーガニックな香りに包まれていた。
「……」
アルフレッドは、目の前に置かれた木製のプレートを凝視していた。
そこに乗っているのは、パサパサの蒸し鶏(味付けはレモンのみ)と
全粒粉のパン……そして山盛りの緑色の葉っぱ、ドレッシングはかかっていない。
オリーブオイルが数滴、申し訳程度に垂らされているだけだ。
「さあ、冷めないうちに……っていっても
元々、此奴は冷製だが……兎に角、食べようぜ! 親父さん!」
ブラッドが豆のスープを美味そうに啜る。
「……俺は、牛だか羊だかの分厚い肉が食いたいと言ったはずだが」
地鳴りのような声でアルフレッドが絞り出す。
「もう、アルったら。
これから組織の拠点を叩くっていう巨大な作戦の前に
胃に負担をかけるような重いお肉はNGよ?
この『大地の恵みプレート』なら
消化に良くてエネルギー変換効率もバツグン!
あたし達のサポートを受け入れたんだから、食事の管理も任せてもらうわよ♪」
カルメンがウインクしながら
アルフレッドの口に無理やり蒸し鶏を放り込んだ。
「モグ……味が、ねえ……ッ! 」
かつて『歩く厄災』と呼ばれ
敵対する組織のボスたちを震え上がらせた男の目から
一瞬だけ光が消えた。
(娘よ……こいつらは俺の精神を破壊するつもりだ……!)
「さすが親父さんだ。文句を言いながらも
任務のために己の体を完璧にコントロールしようとしてるんだな。
俺たちも学ぶところが多いぜ!」
ブラッドの純粋な(ように見える)尊敬の眼差しが
アルフレッドの反論を封じ込める。
(違う……俺はただ、娘の
『次会った時に太ってたら玄関のドア開けないからね』
という言葉に怯えているだけの、哀れな初老だ……)
アルフレッドは虚無の表情で葉っぱを咀嚼し、白湯で流し込んだ。
そして……昼食後。
『オールド・ギア・タウン』の
雑多なメインストリートを歩く三人の姿があった。
蒸気機関の排気と、様々な屋台から漂う匂いの入り混じる路地。
アルフレッドの鼻腔がピクリと動いた。
(……右前方、距離30メートル。
安酒場の裏口から漂う、スペアリブの炭火焼きの匂い。
甘辛いBBQソースが焦げる、悪魔の香りだ……!)
アルフレッドは自然な動作を装い
右の路地へと歩の向きを変えようとした。
「あーっ! アル、見て見てっ!
あっちに凄く性能の良さそうなガンオイルを売ってる店があるわ!
……銃の手入れ、しなきゃでしょ?」
ガシッ、とカルメンが右腕に腕組みをして強引に軌道を修正させる。
「チッ……後でいい」
(……ならば左だ。
左前方、距離15メートル……屋台のホットドッグ。
粗挽きソーセージから溢れる肉汁に、マスタードをたっぷりと……!)
「おっ! ……親父さん! 左の店
スナイパーライフルのスコープのジャンク品があるぜ!
予備のパーツ探しに行こうや!」
ガシィッ、と今度はブラッドが左腕を掴み、力強く引っ張る。
「……貴様ら、俺をどこへ連れて行く気だ」
両腕をホールドされた伝説の殺し屋は
完全に身動きが取れなくなっていた。
「決まってるじゃない。この街で一番安全な
お酒もジャンクフードも出ない健全な宿屋よ。
ゆっくり休んで、明日の『大立ち回り』に備えなきゃね」
カルメンがにっこりと微笑む。
アルフレッドは天を仰いだ。
(……地獄か。ここは地獄の底なのか)
彼がコートの懐に手を伸ばし、せめてもの気休めに
スキットルの匂いだけでも嗅ごうとした、その時だった。
「……おいおい、どこの田舎モンかと思えば。
随分と楽しそうに観光してんじゃねえか、ええ?」
路地裏の影から、下劣な笑い声と共に数人の男たちが姿を現した。
機械化された義手や、違法改造されたスタンバトンを持つチンピラたち。
彼らの首元には、先ほどまでアルフレッドが交戦していた
組織のタトゥーが刻まれていた。
「へへっ、手配書に載ってた『歩く厄災』御一行だな?
こんな街中で呑気に油を売ってるとは!
お前を仕留めりゃ、俺たちも幹部入り間違いなしだぜ!」
チンピラのリーダー格が、下品に舌舐めずりをする。
ブラッドが舌打ちをし、カルメンが臨戦態勢に入ろうとした。
「アル、ここはあたし達が――」
「……退いてろ」
アルフレッドの声は地鳴りのように低く、そしてどこまでも冷たかった。
カルメンとブラッドは思わず息を呑み、一歩後ずさった。
「お、おい親父さん……?」
アルフレッドは、両腕のホールドを振りほどき
ゆっくりとチンピラたちの前へと歩み出た。
その顔には、かつてないほどの『殺意』が満ち溢れていた。
「ちょうどいい……」
アルフレッドは、愛用の魔改造リボルバーを抜いた。
ギリィッ、と撃鉄を起こす音が、路地裏に異様に響き渡る。
「葉っぱと蒸し肉ばかりで……腹の虫が限界なんだよ。
少し……『腹ごなし』に付き合ってもらうぞ、クソガキ共」
美味しいものを食べられず、酒もタバコも我慢させられ
両腕を拘束されて街を連れ回されたストレス。
その全ての鬱憤を晴らすための、哀れな生贄が
今、彼の目の前に現れたのだ。
「ひっ……!?」
チンピラたちは、アルフレッドから放たれる
尋常ではないプレッシャー(八つ当たり)に、完全に腰を抜かしていた。




